hpmi 2 麻天狼

□ペントバルビタール
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美鷹 雪主任。他部署からうちの部署に来てから早1ヶ月近くとなり彼女もある程度 仕事や雰囲気に慣れてきた。まぁ俺と違って社交的だから慣れるまでに時間はかからなかったんだが。何て言ったってこの俺にまで優しく声をかけてくれてくれるんだからコミュニケーション能力は最高値だろ。

そんなタイミングで、彼女の歓迎会を急遽やることになった。ほぼ強制参加だということで仕事も残し宴会場へとやってきた。くそ、この飲み会が終わっても職場に戻らにゃならんなんて考えたくもない。かといって今ペアとして一緒に働く彼女の歓迎会なのだから参加したくない訳ではない。ただそれと酒の入った課長からぐちぐち言われるのが嫌なのは別なのだ。

「さあ美鷹くん、乾杯の音頭を頼むよ」
『え、そこは課長がしたほうが…』
「いやいや今日の主役は美鷹くんなんだから」
『分かりました…ええと、今日は皆さん集まってくださってありがとうございます。皆さん優しくしてくださるので助かってます。か、かんぱい!』
「「「かんぱーい!」」」

たどたどしくも挨拶をしっかりこなして宴会の始まりとなる。課長のまとまりのない、同じ事を違う言い回しで話しているだけなのに俺は良い事言ってると勘違いした耳障りな音頭より数百倍、いや数百億倍いい。ビールが入ったジョッキグラスを申し訳ない程度に持ち上げた。

主役である美鷹主任はグラスを持ってうろうろ挨拶を回った後、定位置をつくって座って飲んでいた。そこに人が集まり、質問責めにあっている。

「美鷹さんってお酒は結構いけるんですか?」
『まぁまぁ、人並み程度かと。そんなに強くはないですけど、弱いって程ではないと思います。』
「じゃあ今日は飲みましょう!注ぎますね!」
『ああ、ありがとうございます。』
「恋人はいるんですか?」
『仕事人間って感じで恋人は中々出来なくて…』
「はいはい!じゃあ俺立候補!」
「お前バカか!」
「いてっ」
「MRの補佐的ってどんなことしていたんですか?」
『そうですね…例えば…』

時には失礼にあたりそうな質問を投げかれられながらもニコニコと対応してえらいなぁとぼんやりその様子を見つめる。

「おいお前、折角の楽しい席で暗い顔しやがって」
「あ…は、課長…」

うわ、来た。1人で大人しく呑んでるってのにわざわざこっちに来るかこのハゲ。どうせストレスの捌け口を見つけて自己顕示欲を満たすためだろ。くそ、何で俺が…こんな陰気臭い顔をしてる俺が悪いのか。俺が俺が俺が…

「グラス空いてます、何か頼みましょうか」
「なんだやっと気づいたのか。ビール。」
「…ほ、他に注文あるひといませんかー?」
「あ、俺ビール!」「俺も!」
「ビールが…」

悪態をつかれながらも店員を呼んで注文をしていく。ちびちび飲んでないで飲めと煽られグラスを呷り、もっと爽やかに笑えんのかなど絡んできた課長も暫くすると飽きたのか騒がしい円に戻っていき平穏が戻ってきた。それからもグラスや卓上の料理の減りなどを見ながら注文係に徹してやりすごす。課長に促された結果、かなり飲まされてしまい少し気分が悪くなってきた気がする。俺の立ち回りが下手なだけでもっと上手くかわせたらこんな事にはなってないんだろうな…はぁ。

ため息を溢しながら壁に背を預けると幾分かマシな気がする。ふと人の気配がして目線を向けると今回の主役が水を持っていた。

『観音坂さん、大丈夫ですか?水持ってきたんですけど飲みます?』
「あ、ありがとうございます…」

水を受け取って口をつける。お冷やを頼むのも億劫だった俺の救いの水である。

『ちょっと休んでいて下さい。私の陰になってていいので。』
「すみません」

こんな席でも周りに気配りができるのか。前世は天使か女神か聖女に違いない。ともすればこの水は聖水か。

『気づくのが遅くなってごめんなさい』
「え!?いや謝らないで下さい!何ならこんな空気みたいな部屋の片隅のホコリ程度の俺にせ…水まで持ってきていただいてすみませんすみませんすみません」
『ええ、なんで観音坂さんが謝ってるんですか。』

気分が悪くなっている俺に早く気づけなかったと謝る主任に逆に申し訳ない。そのまま感情を垂れ流しに言葉にすれば観音坂さんって面白いですよねとおしとやかに彼女が笑う。挙動不審な俺を気持ち悪がらない女性なんているのか。主任はやっぱり聖女なんだな。アルコールでぐるぐると訳の分からんことばかりが頭に浮かぶ。

「今回の主役なのに気を遣わせてしまい…」
『いやぁ、もうみんなお酒が回って主役関係なく楽しんでますよ。私もちょっと質問責めで疲れちゃいました。』
「…すごかったですね。」

彼女を襲う質問の嵐を思い返し、気の毒に思った。ぽつりと溢せば、気に掛けてくれてるって事なんですけどねと苦笑を浮かべる主任の表情に疲れが滲んでいる。お疲れさまですと一言だけ、気の利かない言葉をかけた。

飲み放題が始まって2時間。場はあたたまったままお開きの時間がやってくる。はあ、こっから職場に戻ることを考えると控えめに言って死にたくなるな。二次会だと騒ぐ輪からは安定で俺に声をかけてくることはない。

「主任〜!次行きましょ〜!」
『すみません、遅くなりましたし先に失礼させていただきます。』
「まだ22時なってないですよ!」
『…家が厳しいもので』
「ああ、それは仕方ないですね…」

そう言って主役抜きでも存分に楽しめるからいいじゃないか。そんな会話を背中で聴き、会社へと足を進めると今まで飲み会の後に話し掛けられたことなんて無かったのに声をかけられる。

『観音坂さん、お家はこっちなんですか?』
「あ、いや…ちょっと会社に…」
『あ、忘れ物ですか。』
「はは、まぁやり残した仕事が忘れ物みたいなもんですね。」
『え!?』

ほぼ風呂に入って寝るだけの家より会社にいる時間が長いため、家と言っても過言ではないのではないか。いやいやちゃんと家賃は一二三と折半してるんだからあそこは俺の家だ。会社が家だなんて考えただけでゾッとする。まだ終わりの見えない仕事が忘れ物、なんてな。ははは、はー、笑える。わけないに決まってんだろがくそ。

『終わってなかったのを把握できてなかったなんて…すみません…』
「え!?いや美鷹主任が謝ることではないですよ…むしろ俺が仕事が遅くて迷惑ばかりかけててすみませんすみませんすみません!」
『観音坂さんに迷惑かけられたことないですよ。私も手伝います。』
「ひぇ!?いや、家が厳しいんですよね!?俺のことなんてほって急いで帰ってください!!!」

先程耳に入った話を引き出しやんわりと断ると、ああそれは…と言葉を濁す主任。

『私、独り暮らしですし…二次会にいく体力がないのでちょっとした断り文句みたいなもんです。この歳になって親の干渉なんて流石にないですよ。』

皆は騙されてくれましたけど、酔っ払ってましたしね。といたずらに笑う彼女にドキリとする。美鷹主任でもそんな冗談言うんだな…。それでも遅くに、しかも今回の飲み会の主役に手伝わせるなんてと続けるも上司としてと押されると断れなかった。

…そもそも、残った仕事は今頃二次会で騒いでるやつらの仕事なのだが。申し訳なく思うも、彼女の意思の固さに負けて二人で会社へと戻るのだった。


2.気遣いが出来る人






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