hpmi 2 麻天狼

□ペントバルビタール
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「おい観音坂ァ!なんでチェックしなかったんだ!?未然に防げただろう!」

営業から帰って来て、訳も分からず急に課長の怒号が部署に響く。その声の大きさに思わず肩がすくみ元々猫背の背中が余計に丸まった。
くどくどと説教をたらされ内容を聞いているとまるで俺と関係のない書類の表記ミスだった。医療機器は精密機器であり、間違った数値や表記は許されないと言っても過言ではない。
だがしかし。それを作ったのは別の同僚であり俺ではない。ちらりと担当のやつに目線を向ければあからさまに視線を反らされた。どうせ資料制作が間に合わず誰にもチェックしてもらわないままに提出し、間違いがあったと指摘された所に俺にチェックしてもらったと嘯いたのだろう。チェックなんてしてないが。さらにどうせ俺が何も言わないだろうと勝手に名前を出してこの顛末に至ったと想像に容易い。
頭に血を上らせて怒っている課長は何も言わない俺にどんどんと罵声を浴びせてくる。

「すっすみませんすみませんすみませんすみませんっ…!でも俺は何も知らな…っ」
「すぐ簡単に謝れば済む問題じゃないだろ!そうやって責任感がいつまでないとはどういうことだ?いい加減に仕事をすればいいとでも思ってるのか!大体なぁ、そんな陰気臭い顔してぼーっとしてるからこんなしょうもないミスを繰り返すんだ。もっとしっかり仕事に向き合わんか!」

黙っていても謝罪のために口を開いても、口答えも許さず罵声の雨、いや嵐が俺を襲う。
そうだよな、こんな普段からやる気がなさそうな見てくれをしてる俺の言うことなんか誰も信じちゃくれないよな。いや別にやる気が無い訳ではなく俺は俺なりに頑張って仕事に向き合っているつもりだ。ああ、つもりなのは主観であって客観的に見えてなければ意味はないよな、そうだ普段の態度が良くない俺が悪い。
俺が俺が俺が俺が…

『課長、割り入るようですみません。そちらの資料は観音坂さんは関与してませんでした。観音坂さんではなく、リーダーである私の監督不足で、私の責任です。』
「しゅ、主任!?」
「だがしかし…」

90度近く下げた頭に尚も仕事ではなく俺の業務態度や関係のない罵声が鳴り止まない中で凛とした声が響く。声の主は上司である美鷹主任で、彼女が俺の前に立って頭を下げた。それに驚きの声を漏らしてしまう俺と、戸惑う課長。課長はちらりと資料作成した社員に視線を向ける。

『チームとして反省し、次はないよう気を付けます。』
「わ、わかったから顔をあげたまえ」

課長がわたわたと頭を上げるよう促せば、では反省会してきます。と小さな会議室へ美鷹主任が俺の腕を引っ張って行く。

パタリ、と開いていた小会議室の扉が閉まる音が耳に入った瞬間再び俺は頭を下げた。

「すみません、俺のためなんかに頭を下げてもらって…!」
『いや、観音坂さんのせいじゃないよね?ほぼあのハ…課長とあの資料作成した彼のミスっぽいし。』

今ハゲって言おうとしたか?いやまさかあの美鷹主任がそんなことあるわけないよな。はぁ、なんにせよ部下のために頭を下げる上司なんてどんなにできた人なんだ…。今までに遭遇してこなかった力のある上司に感嘆する。
さぁ、休憩してもうちょっと仕事がんばりましょ。と俺の肩を叩く主任がやっぱり聖母マリアに見えた。





「なぁなぁどっぽっぽ〜!何か最近楽しそうじゃね?」
「え…そう、か?」

朝食を摂っている一時にそんな一二三の突然の発言にはてなマークを頭に浮かべる。首を傾げれば、楽しそうっつーか、そんなに出勤を嫌がってなさそうに見えるとのこと。

「は?いや毎日毎日仕事に行くのは憂鬱だしあのクソハゲと会社がある日突然隕石が降ってきて抹消されればいいと思ってるんだが?」
「どっぽなにそれ毎日考えてんの?ウケる〜!でもでもでもでも〜、まだ残業まみれっつっても前と比べれば早く帰って来て徹夜とか泊まる頻度減ってるっぽいじゃん。」

そう、社畜をしている日々には辟易してるのに変わり無い。そんな中で変わったことと言えば…

「なになにー、なんかあったん?おれっちに話してみ?」

妙に納得している様子に一二三が気づいて掘り下げてくるので、頼りになる上司が出来たことをぽつりぽつりと話しだす。

「仕事が出来るし、チームを把握してるぐらい視野が広くて、気配りも出来ればこんな俺にも優しく接してくれて…ついこの間も、理不尽にあのクソハゲに罵られた時に庇ってくれて…、ああ思い出したら腹が立ってきた。なんで俺が謝らないといかんのか、美鷹主任が頭を下げないといけないんだ?テメェのケツぐらい自分で拭けよ」
「ええー!めっちゃ良い子じゃん!よかったなぁどっぽちん!」
「ああ、本当に…何を食べて何を飲んだらあんな聖女ができあがるのか理解できん。同じ人間なのかも疑わしい…」
「めっちゃ好きじゃん。…で、恋しちゃったってワケー?」
「は!?」

こ、ここここここい!?
突拍子もない一二三の言葉に声が裏返った。そんな、まさかあのマリアに俺が恋心を抱くなんて恐れ多い。身の程知らずもいいところだ。それこそ社内で彼女は人気者だし俺とは月とすっぽん、雲泥の差だ。

「だってさ〜、どっぽちんその上司の話してる時の顔、チョー恋するオトコって顔してんだもん。あ、鏡見る?俺っちいっつもポケットに入ってるよんっ」
「いらん…」

なんだよ恋するオトコの顔って。どうせ鏡を見たって陰気臭いおっさんの顔しか映らないだろ。
ていうかどうしてくれるんだ明日から普通に美鷹主任の顔を見れる気がしない。それでも彼女を思い浮かべるとどうしようもなく胸のあたりがざわつくのは否定できなかった。温かいような、落ち着かないようなそんな気持ち。
これが恋…ま、さかな。



6,芽生えた自覚





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