hpmi 2 麻天狼

□ペントバルビタール
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新たな病院設立の案件が進み、かなりの多忙を極めている。エリア会議、管理職会議と会議が重なり、あまり現場仕事に参加できていない最近。そのせいで、営業に出る社員とは顔を合わせない日々が続いていた。

(観音坂さん、ちゃんと食べてるかな…?)

会議資料を纏めている最中、濃い隈をこさえた一人の社員が頭に浮かび はた、と意識が戻る。あれ、私ってばなんで観音坂さんのこと考えてるんだろ。

「あ!美鷹主任〜!休憩ですか?」
『あ、えっと、もうそんな時間ですか。』
「あは、主任ってば仕事人なんですから。良かったら皆で食べませんか?」
『お邪魔していいのなら。』
「邪魔なんかじゃないですよ〜」

ブンブンと頭を振って観音坂さんを思考の端に追いやっていると女性社員から声をかけられる。もう昼休憩の時間かぁと時間の過ぎる早さに驚きながら折角のお誘いなのでのることにした。



やってきたのはお洒落なカフェレストラン。いつもは時短優先である私の昼食はコンビニのおにぎりやみそ汁、酷い時はゼリーで済ませるためこんなランチと呼べるちゃんとした昼休憩は異動してから初めてだ。

「美鷹主任、いつも忙しそうだから中々声かけられなかったんですよ〜」
『そうですよね、今日はありがとうございます。』
「歓迎会以来ゆっくり話せなかったので気になってたんですよ」

それから女子たちは彼氏の話や美容の話で盛り上がる。隈を隠すために付いたお化粧スキルのお陰で化粧については話に入れたが、それ以外は聞くに徹するしかできなかった。久々の女子会感にソワソワと落ち着かない。

「美鷹主任は恋人いないって言ってましたっけ?その後どうなんですか?」
『そ、その後…相変わらずですよ。』
「ええ〜!美鷹主任、部署でかなり人気ですよ。」
『え、なにそれ』
「みんな可愛いキレイだとか言ってますし、仕事してる姿は男でも憧れるとか」
『ひぇ、買い被りすぎです…干物女の自覚がありなんですけど』
「あはは、美鷹主任おもしろ〜い!」
『いや冗談じゃなくて…』

聞いたこともない称賛に変な汗が出てきた。でも仕事が出来すぎて確かに近寄りがたいかも、とこれまた好き勝手いわれっぱなしである。

「そういや、観音坂さんと一緒に営業回ったりしてましたよね?どうなんですか〜?」
「いやいや、観音坂さんはないでしょ。」
「やっぱそうだよね〜」

観音坂さんの名前が出て来て内心ドキリとする。そんな私に気づかないまま彼女たちは話を進めていき、彼はナイとばっさり切り捨てた。

『えぇっと…ナイ、んですか?』
「ナイでしょ〜!いっつもブツブツ何か言ってるし」
「前はコピー機にずっと話しかけてたの見たわ。」
「ええ、何それキモ…」
「それに挙動不審だよね」
「わかる!目が合わないんだよね。まぁ合わなくてもいいんだけど。」

散々な言い種に、ぐっと下顎に力が入り口がへの字に曲がる。ムカムカとどす黒い感情が腹の底にわき上がってきた。黙って居られず口を開く。

『観音坂さんは、困ったときに助けてくれますし仕事もしっかりこなしてくれて良い方ですよ。』
「ええ〜?美鷹主任、優しいですね」

違う、そうじゃない。優しいのは観音坂さんなのだ。そう私が言ってもまたまた〜と真摯に向き合ってもらえずそのまま昼休憩は終わりを告げる。モヤモヤしたまま、午後の仕事に戻った。




今日も今日とて残業している。終業の時間から早2時間が経った。朝イチからハゲに絡まれ1日の始まりから憂鬱な気分になり、それからも激務をなんとか文句を垂れながらもこなしていった。こなせた、と思い込んでるだけかもしれんが。それでも俺は俺なりにやってるし愚痴ぐらいは溢したって良いだろ?もちろん心の中で。…半分ぐらい口に出てしまってるような気もするがそれは知らん。

今日はまだ早い方かと息をついてパソコンの電源を落とすと肩の力が抜ける。いつもより何だか身体が重いなと今朝から思っていたのだがよりそれを強く感じてきた。少しだけ、休憩してから帰ろう。そう思って少しデスクに腕をおいてそこに突っ伏した。

『観音坂、さん…?』

心地よい声に、意識が少し浮上する。それなのに目蓋は重たくて開かない。眠っていたせいかふるりと身体が震えて寒気がする。

『こんな所で寝て…大丈夫ですか?って、熱い…!』

そういや、まだ会社だったか。帰ろうとして、身体が怠くて一休みしようと思ったんだっけ。ころりと綺麗な声が聴こえるが口はぴくりとも動かず返事も出来ない。肩を少し揺らされるも頭が少し揺れて気持ち悪さが増強する…頭が痛いのか、ガンガンと脳が脈打ってるみたいだ。ひやりとしたものが額に当たり、その声も何だか驚いている様子。熱い…?声の主が冷たいんじゃなくて、俺が熱いのか?

『起きれますか?』
「う、…」
『取り敢えず、横になろう。ね?』
「ああ…」

椅子を引かれ、ずる、とみっともなくデスクに顔を埋めたまま尻をつき出す格好になる。ぐっと脇の下から支え上げられ、力の入りにくい足でなんとか歩く。地震かと思うぐらい、ふわふわとして平衡感覚はなくたどり着いた先は多分ソファー。
接待用のものがオフィスの一角にあるそれは革張りで、皮膚に当たるとひやっこくてまた身震いした。

『寒いですか?このソファー、観音坂さんにとっては小さいなぁ、足出てるし。ううーんと、私のだけど、無いよりマシよね…』

薄手だが柔らかいものが掛けられる。それをきゅっと握って身を縮こませるとぽんぽんと頭を撫でられた、気がする。
ようやくうっすら目を開くことが出来て、視界に映ったのは眉尻を下げて心配そうな表情を浮かべる美鷹主任。とっくに社内の電気は消えており、大きな窓から入る月明かりが主任を照らして浮き上がらせていた。
ああ、先ほどからの耳障りの良い声は彼女だったのか。やっぱりな。そりゃそうだ。間違いない。なんなら月の妖精かと思った。

またひやりと小さな手が頬に当てられる。冷たくて、気持ちいい…。

『体調不良に気づけなくて、ごめんなさい…』

そんなに無理させて、上司失格だと漏らす美鷹主任の声にきゅうと胸が締め付けられる。
なんで貴方が謝るんですか。社会人にもなって体調管理ができない俺が悪いんです。しかもここ連日の残業も、主任の立ち回りがいいお陰で自分の仕事はほとんど終わってるんですよ。残ってやってるのはほとんど押し付けられた仕事なので、悪いのは自分の仕事1つ出来ずに他人にやらせて満足する奴らなんです。断れない俺も悪いのだが。

熱で逆上せた頭の中に言葉が回転するも何一つ伝えられない。頬に当たったままの手に、自分の手をもっていききゅっと握る。小さい手だな。

『ぁ、観音坂さん、目が覚めまし、』
「───……」
『ぇ、!?』

やっと反応を示した俺に安堵の表情に綻ぶ。
ああ、やっぱり、好きだ。
こんな俺を心配してくれて、なんていい人なんだ。お願いだから、自分を責めないでくれ。

ぽろりと無意識に溢した俺の言葉のせいで、熱が移ったかのように頬を染める彼女の表情を視界にいれる前に視界はフェードアウトした。



7,無意識に意識





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