hpmi 5 短編*シリーズ

□HB
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年が明け、仕事始めも過ぎてもう街中の年末年始の雰囲気はすっかり消え普段の日常が戻ってきた。かくいう私も休みの間にたまった仕事で忙しい日々を過ごしている。

今日は大切な人の誕生日なのだ。今日は絶対に定時で帰る。そう決めているので私は今日の分の仕事を急ピッチで取り組んで予定通りすすんでいる。私には他の仕事を頼むなと言うオーラを身にまとい、定時の時間をなんとか迎えた。


お疲れ様でーす!と言うのが先か退室が先か。急いで帰って化粧直ししなきゃいけないからね…!今日は彼こと、寂雷さんの誕生日なもんで、ちょっと奮発していいレストランを予約した。歳上の彼を祝うのに、いつも頭を悩ませる。子ども染みたお祝いって何だか恥ずかしくなるような大人の男性相手なんだもん。



家につくなり、仕事用から少しキレイ目なメイクとアップスタイル。そしてシックなワンピースを身にまとう。寂雷さんはお酒は呑まないのでノンアルコールカクテルにしよう。彼に似合う大人な女性らしく、上品を目指して。



ルンルンと準備を進めていると、携帯に一通の連絡が入る。彼からだ。メッセージを開くと、私は固まった。


────すみません、急患が入って時間に間に合いそうにありません。───


そう、寂雷さんは人の命を救うお医者様だ。病院勤務の彼は定時だからはい、さようなら。とはいかない職業。仕方ない。そう言ってしまえばそうなのだが、この日は1年で一度しかないイベントだったのに。責められるわけもなく、私は泣きそうになりながら返事とレストランへのキャンセルの電話を入れた。


─分かりました、仕方ないですね!お仕事頑張って下さい。お疲れ様です。─


悲しい。悲しいけど、本来ならこの断りのメッセージすら送る時間もないはずなのにちゃんとこうして連絡をくれる寂雷さんの優しさに寂しさを紛らわせた。






日付が変わるまであと2時間。私はお風呂も済ませて寝間着でビール片手にテレビを眺めていた。そういえば、お祝いの言葉を彼に伝えていない。思い出し、せめてメッセージだけでもと携帯を手に取れば丁度着信が入った。


『はっはい!!!』
〈夜遅くにすみません、凪さん。寝るところだったかな?〉


思わずすぐに通話ボタンを押してしまい焦る。こんなの待ち構えてたように思われてしまうんじゃないだろうか!?でも出てしまったものは仕方がなく出ると電話越しに、テノールが鼓膜を震わせる。


『いえいえ、起きてましたよ〜。寂雷さんはお仕事終わりました?』
〈なら良かった。はい、終わって…実は凪さんの自宅の近くに居るのだけれど〉
『へ!?!?』


まさかの爆弾発言に驚きを隠せない。やっぱり不躾だったね、また出直すことにしようと言う寂雷さんを引き留める。引き留めたところで、私は寝間着だしすっぴんだし!!!もうどうすればいいの…!



結局どうすることも出来ず、家に呼ぶこととなった。電話を切ってからとりあえず外にも出れるレベルのTシャツとマキシスカートに着替えたが。



「突然すまないね」
『いえ、お疲れ様です。どうぞ上がってください』
「お邪魔するよ。」


温かいお茶と、ホットコーヒーか伺えばお茶のリクエストを受けてお茶を淹れる。狭いリビングに、美しい彼が佇んでる姿は未だに慣れない。一つ一つの所作で、彼の銀に輝く薄紫色の髪がパラパラと流れるのはずっと見ていられる気がする。


「今日は、折角予約していてくれたのに申し訳ない。」
『そ、んな!お仕事だし仕方ないです!てゆーか、寂雷さん謝ってばっかり。謝らないでくださいよ』
「そうだね、ありがとう。」
『あの、うちに何にもおもてなしできるものが無くて…』
「私が突然伺ったのだし、そう気にしないで。」
『っ…でも、折角の寂雷さんの誕生日なのに…』



本当なら、お洒落なレストランでキレイな身なりで彼とグラスを合わせていたはずなのに、私の部屋でケーキすらない現状に目頭がツンと痛む。やだ、折角のお祝いの日なのに。



「泣かないで。」

彼の長い指先が私の目尻に浮かんだ涙を掬い上げる。そう慰めてくれるけど、自分の不甲斐なさに凹む。

『ううう〜!ほんとはもっとスマートにお祝いしたかったのに〜!!!寂雷さんの隣に並んでも、見劣りしない女性にっ、なりたいのに…』


そう言えば、きょとりと寂雷さんが驚いた表情を浮かべて次には笑みをこぼした。



「困ったね。とっくの前から凪さんは私にはとても魅力的な女性にみえているのに。」


そう言って今度は涙ではなく私の顎を掬い上げてちゅ、と唇を落とした。びっくりして、涙は引っ込む。え、やだ、ときめいた。どんどんと熱が顔に集まってくる。きっと顔は真っ赤に染まっているだろう。




『っ…寂雷さん、お誕生日おめでとう。大好きです…!』
「ありがとう、私も好きだよ」



不格好なお祝いと愛の言葉。
それを伝えると再び唇を交わし、このまま日付が変わっても甘い時間を過ごしたのだった。




2021
Happy Birthday!Jakurai!



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