hpmi 3 MTC

□マトリとポリス
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『ねぇ』

薄暗い路地裏に若い女と下卑た男の声が静かに囁かれる。柄の悪そうな男が、私を見下した様な目で眺めていた。

『全然足りない。もっと量を売って欲しいの…』
「姉ちゃん、かなりスパン短くなってるのわかってんのか?」
『………いいの。どうせ私は一人だし。自分が楽しいことをするのに誰の許可がいるのよ』
「んなもん知ったこっちゃねぇけどよ。」
『働くことしかしてないし、お金はあります。だから、』

大袈裟に震えた手が男の服を握りしめる。面倒臭そうに男は吐き捨てた。

「おーおー、立派なヤク中になりやがって…ここのクラブで多く売ってくれるはずだぜ。俺でもそこそこの量捌いてんのによ」

お嬢さんかわいそーに。と哀れみの目を向けてくる。しかしそれは表面上で、口元はニヤニヤと下品に歪んでいた。

『…ここ、ここで手に入れられるのね…。いつでもやってるの?今日でも?』
「お、落ち着け…第一、第三水曜と第2は不定期だったはずだ。」
『、今日はないのね…。あなたは今日…』
「これなら売ってやれるぜ」
『買う。買うから…』


札束と白い結晶を交換する。いつもは足早に去ろうとする男が、今回は振り返った。

「ああそうだ姉ちゃんはお得意さんだったから教えといてやるよ。それ売ってるのは筋モンだから、気に入られたらもっと手に入るかもな?」
『す、筋モンって…』
「まー精々楽しみな。」


路地裏にはポツリと残った私だけ。はぁ、と長い息を漏らす。ヤク中の演技だ。体重を少し落として手の甲の肉を減らした。禁断症状のように忙しなく眼球を動かし、手を震わせてクスリをせがんで新たに得た情報と薬物。ぐっと握りしめて局に戻るため駅のコインロッカーに向かう。押し込んだ荷物を取り出してトイレでスーツに着替え、髪もひとつにまとめあげた。


局に到着して得た情報を資料と報告書に纏める。明日、局内で共有して捜査の協力体制をつくるため今日中に済ませておきたい。

と、思って黙々と作業を続けること一時間。取引の約束の時間も遅い時間であったため塗られたように黒い空の深夜3時。数時間後にはまた出勤だ。近くのネカフェにでも泊まろう。デスクワークで凝り固まった身体をぐっと伸ばして立ち上がった。





夜中とは打って変わって騒々しい局内。現地捜査や巡回に向かっているチーム、SNSに薬物の売買や使用を唆しているものがないかひたすら画面に向き合うチーム、会議するチーム、デスクワークで報告書を作成しているチーム、などなどそれぞれのチームがそれぞれのヤマの捜査をしている。


麻薬取締官は、基本2〜3人のチームを組んでいる。もちろん大きな案件には数組のチームが協力体制を組むこともある。そして、公務員だが私たちは銃を携帯することができる。まぁ暴力団相手とかじゃないと携帯できないんだけどね。一般人には持っていけない。あと逮捕術の訓練なども一通り受けている。ちょっと、いやだいぶん特殊な公務員なのである。

そんなこんなで昨日得た情報をチーム内で共有をすすめていく。

「やっぱりここはヤクザ絡みだったか。」
『そうですね。情報とれそうですか?』
「この組だとわりかしオオモノだしキツいかも」
「……組対に協力頼むか?」


組対とは組織犯罪対策部のことだ。ぽつりと出た警察の名前にうげぇ、と苦虫を噛んだような表情を浮かべる。


「絶対ないな」
「あいつらコッチを目の敵にしてるもんな」
『………はぁ。でも現状、ダメ元で試しに頼んでみるしかないですよね。』
「ある程度のことは調べてみるわ」
『じゃあ私が協力要請してみます。』
「…いけるか?」
『さぁ。あっち次第ですね…。現場潜入の書類はお願いしてもいいですか?』
「おう、それは俺がやっておく。」



警察への協力要請が私、対象の暴力団の情報収集、潜入捜査承認の書類作成はそれぞれ先輩が。役割分担を決めてしまえば、一同にそれぞれ動き出す。

クラブへの潜入と、協力要請の準備をするか。と私も頭のなかでタスクを細分化して優先順位を組み立てていく。



「我妻さん!漫芦(そぞろ)組の件でなんですが…」
『え?それは鏑佐樹(かぶらさき)さんの案件じゃなかったっけ?』
「組対のやつらが来てるんですが、鏑佐樹さんは今捜査に出てて…」
『……はぁ〜…オーケィ。仕方ない。』


この子が悪いわけじゃない。こんなアポ無しでやってくるあちらが悪いのだ。応接室に案内するよう伝え、私はお茶を淹れて向かった。


応接室に入ると、新人だろう垢抜けない青年と大股開いている強面の男が座っていた。私の姿を捉えるなり、視線が足先から脳天まで這うのがわかる。ああ、これだから嫌なんだ。次に恰幅のいい男の口から出てきたのは予想ができた皮肉だった。

「おーおー、こんなお嬢さんが相手かい。」
『ご用件をお伺いします。』
「漫芦組の情報もってやがるのはわかってんだ、さっさとよこしな!」


バン、とテーブルを叩いて大声で凄んでくる警察官に心の中で大きなため息をつく。机の上は私が出したお茶が無惨に飛び散っている。
大きな声と態度でいれば、怯んで言うことを聞くと思い込んでいるのか。それともただのクソな人柄か。ああ、胸糞悪い。

だが丁度良かった。こちらも欲しい情報があるのだから。

『…でしたら、霜桐(しもぎり)組の情報をお持ちでしょう。こちらの情報をいだだければ漫芦組の情報も渡しましょう。』

「なんで情報をくれてやらなきゃらならないんだ、大人しく渡せ!」

まぁ分かっていた結果だこと。
大口を開けてたたみかかってくる男に嫌気が増していく。口角はきゅっと上げながら笑みと呼べない表情を浮かべてるんだろうな。と自分の顔を想像する。口の形を保っているだけ私は偉い。


『でしたら、この話は無かったことに。お帰り下さい。』
「んだと!?大体、こんな界隈にオンナがいていいところじゃねぇんだ。お茶汲みでもしてデスクに座っとけ!」


はぁ。そんな話ひとつもしてないんですけど。なんでオンナだとかオトコだとか関係あるわけ?というかあなた方警察のお上さんも中王区でしょうが。女の下についてるくせに文句たれてんじゃねぇよ。

お盆に出したお茶を回収し会釈する。

『ご足労いただきましたがお渡しできるものはございませんので、後は勝手にお帰りください。また、こちらは女性の防犯のために録音させていただいてますので身の振り方はお気を付けたほうがよろしいですよ。』


ひきつった表情を浮かべる男を尻目に、パタリとドアを閉めた。
その瞬間に私の口角は真反対になる。眉間にも谷ができていることだろう。
中王区が政権を握り、女性も働きやすくするようにと防犯面がかなり強固にされたものが今回の脅しのネタになった。


クソクソクソクソ。くそくらえ。
安い挑発だと分かっていても腹が立つのは仕方ない。だって女に生まれたことは自分にどうしようもないのだから。
あの男の陳腐なプライドのためだけに、ただ女であるだけの私がそんなにいわれなきゃならない?

…まぁ、だからこそ今の言の葉党が支持されたんだろうけど。


女も男も、麻取も警察も、対等にいられないのだろうか。人間にとって永遠の課題かもね。

はぁ、とため息をついてコップを洗って自分の仕事に取りかかるのだった。






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