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□マトリとポリス
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普段の私たちの仕事は町を歩いて怪しい人物や場所、聞き込みやおとり捜査、通報してくれる人もいるため電話対応といった地道な作業もして過ごしている。一応政務職としての書類仕事もあるけれど。
あとは学校に赴き学生に薬物の危険性を啓発したり、医療麻薬や覚醒剤由来の薬剤の扱いをしている病院の立ち入り検査をしたりもしており、仕事内容は多岐にわたる。
今日も今日とてSNSが開かれたパソコンの画面にかじりついている。若者に薬物が蔓延するのはこうした身近なSNSで簡単に手に入ってしまうことや、有名人や周りがみんなやってるなら大丈夫、という心理からだろう。
特に大麻は覚醒剤などよりも海外で合法であったり医療麻薬という存在があり安易に考えられている節もありゲートウェイドラッグと呼ばれている。ちょっとした好奇心。それが命取りになるのだ。たった十数グラムの葉っぱで、人ひとり、または家族なども含め数人の人生をぶち壊せてしまう…
この国の情勢的にも戦後であることや、中年層であれば元々優位だった男性の地位が下落し精神的に病んでしまい手を出してしまうため蔓延しやすいのだ。
近年、SNSでは大麻は野菜、覚醒剤はアイスと隠されて売買されている。こういったSNSのアカウントはすぐに消しては新しく作り直しのらりくらりと商売を続けている。
他には 唐揚げ=クスリ、冷たいの=覚醒剤、一緒に食べよう=一緒にクスリしよう、変態=危険薬物常用者、変態プレイ=キメセク…など生活に溶け込んで気付けない隠語も蔓延ってるみたい。こんなの気付けるわけないでしょ…
通報された内容と、検索、巡回とサイバーパトロールはただ座ってひたすら画面とにらめっこ。取引に入ると、少し出所を探す。此方の素性が少しでも疑われれば逃げられるので細心の注意を払って。
ブルーライトに長時間曝された目をぐーっと力一杯瞑る。ぱっと開けば涙で乾いた瞳に潤いが足された。いくつかチェックを入れたアカウントは裏に暴力団が関係している案件があるみたい。自己栽培している人は今日はリストの中には居なさそうだった。
報告書をまとめ上げて、デスクの上に化粧品を並べた。以前、バイヤーから情報を得たクラブでの売買がされている日が今日なのだ。潜入のために華やかなメイクを施す。注射痕があるていの腕を隠しながらデコルテを出して適度な露出もしてクラブでも浮かないような服を身に纏った。
疲れ目のところ、今から行く先での爆音に耳も酷使しなければいけないのかと多少うんざりするのは仕方ないだろう。思うぐらい許せ。
◇
DJがスクラッチをかけながら酒の入った男女たちを煽るように声を出す。腹の底に響くようなウーハーが少し心地イイのはテンション上がる音楽が好きなら仕様がない。端の方でドリンクチケットをアルコールと交換してちびちび飲む。あまり眼光を光らせていると怪しまれるし、ぼんやりと人の波を眺めながら怪しい人物に目星をつけていく。
ここで売買が行われていることは間違いない。暴力団ならきっとVIP席からこのフロアを見下ろしているのだろう。
「おねーさん、1人?」
『なぁにー?』
するりと腰に手が周り、耳元で叫ばれる。クラブの音楽が大きいせいで、耳元に寄っても大声で話さなければ相手には伝わらない。けれどその分、その会話は他の人物に届かない。この距離感のなさがクラブ特有でワンナイトだろうが男女の仲ができあがるのだろう。
分かっていたことではあるがその距離感にぞわりと嫌悪感が生まれる。
「今夜の相手探してるのー?」
『ちがうよー!お買い物〜!』
「ここでー?ウケるんだけどー!」
ああ、ハズレ。一般人だ。地道ではあるが、こうして情報をもってそうな人間を探していくしかない。自分からぐいぐい探すと目をつけられかねないし。丁度いい塩梅で、じわじわと相手を追い詰めていく。
その後も数人と話すも有力な情報は得られなかった。あまりにもしつこい男はトイレに逃げ込んで撒いて過ごす。同時に、定期的に売買を行っているとのことで危険薬物常用者が来場しているはずだ。挙動の怪しい人物がいないかもチェックしている。やはり数人、柄の悪い男がちらほら見受けられた。きっと霜桐組のしたっぱたちだろう。
夜も深まり日付が変わる。そろそろ本腰入れようかしら。こちらから、柄の悪い男にアプローチをかけようと動き出す。
が、視界に入った人物に私の身体が止まる。
『朱里…?』
クラブの入り口から入ってきたのは数週間前にグラスを合わせた友人の姿だった。やばい。
顔を見られるとソッコー私だとバレるに違いない。
慌ててライトの少ない暗がりに一歩下がる。大丈夫、距離はある。
…でもなんで朱里がここに…?元々クラブに行くような性格ではないし、彼氏が出来たと意気揚々に笑っていた彼女がこの男女関係の発展場に来るとは考えがたい。
じっと様子を見ていると、彼女は目を付けていた柄の悪い男と数口交わすと奥の扉の先へ姿を消した。
私はそこから動くことが出来なかった。
うそ、でしょ。
その扉は、VIP席へと続く扉だ。
彼女は慣れたように男と会話していたしスムーズに奥へ消えていった。多分、今回が初めてではないのだろう。
頭を石で殴られたような衝撃を受けながらもその状況を分析してしまう自分が恨めしい。事実を把握すればするほど、自分へのダメージを有効にしていく。
どうしてもそれから上手く聞き取りも観察もできず、フロアを出た。ロッカーから荷物を出して、慌てて外へ向かう。
街頭の明るさと、中と比べると静かな街の様子に奥歯を噛み締める。
うそだ、なんで、どうして、どうしよう。
どうしようも、ない。
ヒールが地面を叩く音の間隔が短い。それほど私は焦って足を動かしている。はやく、帰りたい。
そう思ったのは今までで今日が初めてだ。
マトリの友人がヤク中だなんて。
一体、誰に話せるのだろうか。
誰にも言えないもどかしさが、私の中に重石として沈んだ。