hpmi 3 MTC

□マトリとポリス
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帰宅したのは3時過ぎだった。熱めのシャワーを被って落ち着こうと思ったが、結局あれから眠れず窓の外は白んでいる。今日は休みでよかった。
今日は家で簡易報告書を作って明日出勤して清書し提出しようと思っていたのに。明け方にやっと身体の限界がきてぷつりと記憶が途切れた。



目が覚めると昼をゆうに過ぎていた。ベッドから起きてコーヒーを入れる。ふわりと香るその匂いにどこか安堵を感じる。それでも、私のなかには重りが沈んでいた。胸につっかえて、吐き出したい。なのに吐き出せずに腹に残ったまま。



なんだか、やる気がでない。
ノートパソコンを開いたはいいが、キーボードに置いた指先はノらなかった。おなか、すいた。
起きてから、コーヒーしか飲んでいなかったがやっと空腹を感じてきた。私は生きてるんだなぁ。


よっこいしょと年寄り臭く立ち上がりカップ麺を漁っていると携帯が鳴った。画面をみると、入間銃兎の文字が着信を知らせている。今日は誰とも話す気になれない。そのまま放置すると、着信音が切れたのでカップ麺の準備を続けた。




ピリリリッ

無機質な抑揚のない音が再び鳴る。ああ、これはでるまでかかってくるやつですか。

『……』
〈こんばんは、我妻さん。〉
『……こんばんは、入間さん。』


黙ったままでいれば、挨拶の言葉がいつもと変わりない声で紡がれる。けれどその声はイラついた声ではない様子。

〈一緒に夕食でもどうかと思いまして。〉

もちろん、ご馳走しますよ。と続いた。空腹の今、甘美なお誘いであることは間違いない。

『…今日はそんな気分じゃないので。また誘ってください。』
〈…貴女らしくありませんね。〉
『……私にもそんな日ぐらいありますよ。』

入間さんがそう思うのも仕方ない。だって私はご馳走してくれるとなればいつでもホイホイ付いていっていた。自分1人では食べに行けない少し高いところをねだったり、現金なやつだ。そんな食事を断ったことがない私がそう言えば不審に思うだろう。

〈具合でも悪いんですか?〉
『いいえ…ほんとに、気分じゃないだけです。』
〈なら問題ありませんね。お迎えにあがります。〉

体調不良じゃなけれは問題ない、ってどういう神経してんだ。…まぁ体調不良であれば気を遣ってくれていたんだろう。なんだかんだ紳士的だ。
利害関係でなりたっているだけの彼に、あんな話をしても仕方がない。…まぁ、1人でぐるぐる考え込むよりかはマシか。美味しいものを食べて、気分をあげよう。


はぁ、と長く深いため息をついてカップ麺をもとの場所に戻した。向こうが強引に誘ってきたのだ。高くて美味しいものをご馳走してもらおう。そう思い、薄く、でも上品な化粧を簡単にすませて綺麗めなワンピースをクローゼットからとりだした。






結局回らないお寿司を食べさせてもらって少し気分が浮上する。それから、二人が出会ったBarに場所を移した。ここは二人での常連となっている。
バーカウンターにはぽつりと私たちだけ。


「で、何があったんです?」

ああ、やっぱり聞くんだ。と思ってそのまま伝えると彼はくすりと笑った。

「貴女と私の間に遠慮なんてないでしょう。それに、誰の金で飯食ったと思ってるんだ?」
『、後出しですよ』
「俺の性格ぐらい分かってるだろうが」

ジッポで煙草に火を付けてすぅっと吸って煙と一緒に今さら、と吐き出す彼。まぁそうですね、そんな人でしたよ貴方は。


『……昨日、潜入捜査だったんです』
「どこ…」
『情報はご自分でお調べください』
「チッ…」


話を聞く気あるのか、この人。それでも、眼鏡のグラスの奥の瞳がで?と促すように細まった。


『そこで、親友を見かけました。』
「………そうか。」


はは、まさか麻取の私の親友がヤク中だなんて。と乾いた声で続けた。ぐっと綺麗に整った眉の間に皺が作られる。その表情は悲痛を表していた。まさか彼がそんな顔をするなんて思ってもおらず驚いた。


無言の空間が続く。
そうだ、薬物をやってる親友は今や逮捕される対象なのだ。そんな話を警察の彼にするなんて。それもそうだが、近くに居ながら薬物使用に気づかないなんて私の能力も疑われるだろう。この協力関係も解消かな。彼にとって役に立つ存在でいなければ、この関係は成り立たないのではないか。



「今気づいたのなら遅くはない。」
『え…?』


遅くないって言った?なんでよ。わざわざ来るようなところじゃないクラブにまで赴いて、あのようないかつい顔をした男に話しかけて囲まれても平気なぐらい、薬物を欲しているのに…?薬物に手を染めた時点で、


『お、そいでしょ…』
「少し落ち着いたらどうですか。」
『十分落ち着いてますけど』
「薬物を売るやつはクソだが、やってしまう側には色々事情もあるだろ。やってしまったからといって終わりじゃない。」


何のための更正施設があると思ってんだ、と白煙とともに吐き出される。確かにその通りだ。


「………」
『っ……』


彼が新たに煙草に火を付けた。彼の瞳は自分が吐き出した煙を眺めている。沈黙が続き、大きく入間さんは息を吐いた。


「…貴女にこの話をするべきかどうかわかりませんが…私の両親は死んでこの世にいません。」
『え、』


突然、何の話…?突拍子のない話に彼の表情を伺うも、彼は前を向いたまま。眼鏡のフレームが中途半端に彼の顔を隠して感情が読めない。


「私の両親は真面目で、どこにでもいる善人でした。ところがある日、薬物を使用し錯乱した人間が運転した車に轢かれ他界しました。薬物を根絶したい。そう思い今この職についています。」


淡々と、彼の口から紡がれる話。私はそれを黙って聞くことしか出来なかった。


「しかし、警察になった後にも薬物で大切な人を亡くしました。その人も正義感が強く、警察官の鏡のような人物でした。公私ともに仲良くしており、私に仕事のいろはを教えてくれました。………親友とも呼べる人でしたが、私の知らないところで精神的に追い込まれて薬物に手を染めていた様です。そしてその薬物のせいで命を落としました。」


『…そんな、知りませんでした…』
「ええ。こんな話、誰それと語るものではありませんから。」
『じゃあ、なんで私に…』
「何故、でしょうね…?」


彼は灰皿に煙草を押し付けて火を消した。


「私は失ってしまいました。
けれど、あなたの友人はまだ生きています。
生きてさえいれば、無理やりにでも道を正してやればいい。今、貴女が。私が。やめさせてあげましょう。」

『っ………ぅ、ッ』


そう最後に締めくくった彼の目は私を強く捉えていた。昨日の出来事で私はどうしてとひたすらに友を責めていた。悪は薬物、そしてそれを自らの肥やしにしているやつだ。もちろんそれに手を出したのは彼女の弱さなのかもしれない。それでも、私は彼女が苦しむのを見捨てたくない。親友を救いたい。

私の食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れる。同時に箍が外れたかのようにボロボロと大粒の涙が頬を伝っていく。


彼の薬物根絶への覚悟を知った。
私には、覚悟が足りなかった。
失ったものなんてなかった。


薬物を作る人。薬物を売る人。薬物を求める人。
それぞれの罪を知り、それを罰する。
今までやってきたことと変わらない。
けれど、私は彼の覚悟を知り、教わった。
ならば私は失わないように今までのそれを続けよう。


『…ありがとうございます。』
「貴女にそう言われるのは悪くありませんね。」


礼を伝えると、眼鏡のアーチを指先でもち上げる入間さん。素直にどういたしましてと言えばいいのに。


「ではまた。」
『はい、おやすみなさい。』


まだ、こんな私と会ってくれるんだ。そう安心し喜んだ自分に、少し驚いた。





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