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□マトリとポリス
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朱里に連絡をし、個室のご飯やさんで待ち合わせていた。先に到着したのは私で、緊張で身を固めて朱里を待つ。今日は、彼女に直接話を聞こうと思っている。冷えた指先を、店員に渡された温かいお絞りで握って落ち着かせた。


「ごめん、待った?」
『ううん、さっき来たとこ。』
「何のむ?私生で!」
『じゃあ私も〜』


注文を終え、追加でお冷とお絞りを受け取った朱里はいつもと変わらない様子。うん、そうだよね。私が気づかなかったぐらいだもん。気づけてるならとっくに気付いてたはずだ。
生ビールが届き、グラスを合わせてしばらくすると朱里が口火を切った。


「で、大切な話って何?」
『ああ、うん…』
「さては、彼氏ができたとか!?」
『いや、できてない…』
「なぁーんだ。」


からかうような口調だった朱里も、言い淀む私に事の深刻さを察知したみたいだ。彼女の表情が引き締まる。


「え、真剣で深刻な話?」
『そうだね…』


中々切り出せず、唇は震えるだけで音を発することができない。ふう、と大きく深呼吸とともに声帯をに鞭打ってようやく声になった。


『危険薬物って知ってる?』
「ぇ…?そりゃあもちろん、知ってるよ。」


学校の体育館で説明受けたりしたよね〜、と歯切れ悪く自分のグラスを注視して視線を逸らしている彼女に確信を深める。


『私の職業の話なんだけど。』
「え、突然どうしたの?役場の公務員、だよね…?」


薬物から職の話への突飛な移り変わりに不思議そうな視線をこちらに向ける朱里。


『うん、公務員なんだけどさ、特殊な場所で働いてるの。説明が面倒だったから公言してなかったんだけどね。』
「特殊な場所?」
『……麻薬取締官。よく言われてるのは、マトリとか、麻薬Gメンとか呼ばれてるかな。』
「ま、やく…?」
『、はっきり言うね。潜入捜査先で、朱里をみたの。』
「え、ええ〜!星菜ってば、そんなすごい仕事してたの?」


また視線がうろうろと手元を見ている。そしてビールに口をつけて再び口を開いた。


「…それ本当に私?見間違いじゃない!?」
『………』


じっと朱里を見つめる。私も、どれだけ見間違いかと思ったか。あの暗がりのナイトクラブではその可能性だってある。でも、ちゃんと顔が認識できる明かりの下で、距離で確認した。間違いなんかじゃ、ない。


私の耳に、入間さんの言葉がリフレインする。
私が、正してあげる。まだ間に合うよ。


グラスから離れてテーブルの上で握られた朱里の手に私のそれを添える。微かに震えるその手をぎゅっと握れば、彼女は瞳を潤ませた。


「っ、ご、ごめっ…なさ…っ!」
『うん、』
「最初は、危ない薬だなんて、しっ知らなくっ、てっ…!」
『うん、』
「や、やめよって、ひっ、ぅ、…何度も…!」
『うん、』
「止めたいのに、やめられ、なっ…!ううぅ、」


大粒の涙を溢しながら、しゃくりあげて言葉に詰まりながら朱里は話してくれた。私はただうなずいて聞くだけしかできない。でも、止めたいっていう意志が聞けただけで私も泣きそうになる。


その言葉が聞けたなら、私は全力で助けるよ。


『うん、やめよう。私が、やめさせてあげる。』
「っ、ぐ、ぁ…、星菜っ、星菜〜…、ごめ、ごめんね、」


席を隣にうつして、その震える小さな肩を抱き締める。こんな小さな身体が、心が、薬物に耐えていたんだ。


『一緒に頑張ろう。』
「うん、うんっ…!」



危険薬物だなんてテレビの向こうの話だとぼんやり思っているかもしれないが、案外身近にクスリはある。知らない間に、大切な人が薬物に犯されているかもしれない。一人では中々止めようと思っても止められない。そして破滅へと堕ちていく。だから危険なのだ。だからこそ、きっかけさえあれば。周りが何か気づいて手を差し伸べてあげられたなら、何かが変えられるかもしれない。








朱里には更正施設を紹介し、そのまま情報を得るために協力者として囲い込んだ。危険なことも承知で、彼女も快く受け入れてくれた。
更正施設に通う初日。ありがとう、と告げた彼女の笑顔に、私が救われたような気がした。
頑張れ。そう返して背中を押して送り出した。






まだ、彼ほどの覚悟が持てたわけじゃない。
だって、私はまだ失ってない。失っていない私だからこそ、彼がこれ以上失わないよう。


…彼のことだからいらないお世話かもしれないけど。





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