hpmi 3 MTC

□マトリとポリス
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鋭く力強いリリックがその場にいた薬物中毒者を一掃する。その光景をぼんやりと脱力したまま眺めていることしかできない。クスリでトんでラリってるやつのリリックなど支離滅裂で彼らには届かなかった。文字通り瞬く間に勝負がつく。

碧棺さんは霜桐組の男の頭を踏みつけ、毒島さんは倒れている人を担ぎ上げて一ヶ所に集めている。そして、入間さんが私に向かって長い足を踏み出した。


彼は歩きながらジャケットを脱ぎ、それを私の肩にかる。そして失礼、と声をかけられ脇と膝の裏に腕が回り抱き上げられた。力強く私を抱き抱える腕に、私の緊張の糸が切れる。


『っ…ぅ、…っ…』


食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れ、ぼろぼろと勝手に出てくる涙が彼の肩を濡らす。入間さんはそれを咎めることなくそのままクラブの外に向かって行く。

すれ違いに柄の悪い男達が多数入ってきて霜桐組の増援かと思ったが碧棺さんと話して頭を下げている声を聞いて火貂組の者だと分かり強張った肩から再度力が抜けた。


大きな黒塗りの車がクラブの真ん前に停められている。車の前で抱き抱えられていた私は降ろされ、車に乗るように促される。


「立てますか?私も一緒に乗るので、一先ず我妻さんも乗ってください。」
『、ありがとうございます。大丈夫です。』


乗り込むだけだったので力の入りにくさはあったがなんとか手を付きながら座席の奥に座る。その後を追ってMTCの三人が一緒に車に乗り込む。


「車だせや」
「うっす!」


碧棺さんの一言で車はゆっくり発進しだした。碧棺さんがタバコに火を付けて一気に車内は煙で満たされる。


「怪我はありませんか?」
『…はい、皆さんがきてくれたお陰で大きな怪我はないです。』
「そうですか。」


怪我の確認だけされ、それからは無言の時間が過ぎる。碧棺さんも、毒島さんも私を気にした様子はなく車は走っていく。窓の外を流れていく景色をぼんやり眺めていると、薬のせいかふわふわと少しの多幸感が私を包む。すぐに吐き出したので、心地よい微睡みくらいの効果しかないがそのままだとあの男達と同じようにハイになっていたのだろう。このような効果から、もう一度と手を伸ばしてしまい抜けられなくなる。最初だけなのだが離脱症状が軽くてこんなものかと油断して気づけば離脱症状が強まり、依存し立派な中毒者が出来上がる。それが、危険薬物なのだ。


筋モノの運転とは思えないぐらい穏やかに車が停車し、入間さんに降りますよと声をかけられる。ここで碧棺さんと毒島さんとはお別れするみたいだ。車から降り、入間さんが二人と少し話して私の手を引いて歩きだす。


「付いてきてください。」


大人しく頷いて付いていくと大きなマンションの一室に通された。キーを開けて電気を付ける彼の所作は慣れた様子。きちりと整頓された玄関、インテリアから少しの生活感が感じ取れる。


『お邪魔、します…?』
「どうぞ。」


このマンションの一室は入間さんの自宅みたいだ。入間さんと関係を持つときは決まって外でお互いの自宅に入ったことはない。


「そんな姿では目に毒です、まずはシャワー浴びて下さい。バスルームはこちらです。」
『はい。すみません…』


シャワールームに案内され、一人になる。肩に羽織っていたジャケットと、汚れた服を別に畳んで浴室に入った。


そこには男物のシャンプー等しかない。きっとここに女性を連れ込んだりしない人なんだろう。じゃあそこらへんのホテルでよかったのに…もしくは自宅に帰してもらえばよかった。

先程までの恐怖と、今現在の不安や疑問は泡と共に排水溝に流しておく。彼らが助けてくれたお陰でなんとか一人で立てているし、どうして自分のスペースに他人を入れたがらないだろう彼が私をここに連れてきたのか。きっと考えたって彼しか知り得ない答えなんてでてきやしないし、何より無粋だ。



『シャワー、ありがとうございました…。着替えまで。』
「どういたしまして。貴方の着替えは明日までに準備させますので、少しの間は不便でしょうがしばらく私の物で我慢してくださいね。」


シャワーから上がると、脱いだものは洗濯にかけられ代わりに男性サイズのTシャツとスウェットが置かれていた。彼もこんなもの着るのか。意外。袖を通してみたが、案の定肩幅も足の長さも桁違いだ。とりあえずズボンがずり落ちないようきゅっと腰ひもを最大限に締めておく。明かりの灯る部屋に向かえばそこはリビングだった。インテリアも統一されていて彼のこだわりが感じ取れる一室。そこのソファーに座る家主に声をかければ何からなにまで頭が上がらない返答が。


『すみません…』
「あそこに行ったのは私の意思です。我妻さんが謝ることはありませんよ。」


立ち上がった彼がまた私の手を取りソファーに誘導する。その手はやけに優しく感じたのは私の自惚れか。座らされた私に水が手渡された。こくり、と受けとるがままに飲み下す。ひやりと喉元から胃にかけて通っていくのが分かった。


『…、う、』
「怖かったですね。」
『ち、が…っ…くやし、だけ…っ』


何が切っ掛けか、自分にも分からないが大きな感情が込み上げてくる。自分の落ち度による二度目の潜入捜査の失敗や、所詮力では男に敵わないこと。それが、ひたすらに悔しい。緩んだ涙腺を締めようと眉根と口に力を込めた。それに気づいた入間さんは私の肩を抱き寄せる。


「女は素直な方が可愛げがあっていい」


そう囁いて、顎を持ち上げられたかと思えば唇が合わさる。目を見張る私を可笑しそうに彼が目を細めた。


『、こんなタイミングで、口調まで変えてずるい。』
「ああ、俺は欲しいモノなら弱ってる時だろうが容赦しないからな。」
『なにそれ、初耳…』
「テメェが鈍感なだけだ」



思いもよらない彼の私への想いの吐露にただただ驚きが隠せない。そして今度は唇に噛みつくようなキスを私は受け入れるのだった。




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