hpmi 3 MTC

□マトリとポリス
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遮光のカーテンの隙間から太陽の光が差し、目が覚めた。適度な気だるさと隣の体温が心地よく久々に気分のいい朝だ。隣に眠る彼女の黒い髪を一束持ち上げて指通りを楽しむ。らしくもないが、その穏やかな寝顔に心が温まるのが分かる。

凛として背筋が伸びた彼女の立ち振舞いと仕事への真摯な姿に好感を持ったのが始めだった。クソみたいな上層部に辟易していて、彼女の存在は いいツテが出来たと喜んでいたぐらいだったのがいつの間にかこうも入れ込んでしまっていて自分でも驚いたのを覚えている。いつから、なんてものも分からないほどに自然と惹かれていたのだ。

俺のように憎悪による薬物撲滅ではなく純粋に正義のために働く星菜は強く見えて脆く、守ってやりたい加護欲までそそってくる。それなのに彼女の瞳の力は強く灯って消えそうな気配すらなくその正義感を燃やしている。汚れきった手で綺麗な彼女に触れることに戸惑いを感じる、なんてことはない。かっ拐えるならなんとしてでも手に入れてやると虎視眈々とじわじわと星菜を手中に握り込んでいった。そうして今や隣に眠っているのだ。これ以上の幸福はない。


──ピンポーン


想いに耽っているとインターホンが部屋に響いた。


「チッ…朝っぱらから誰だ…」


噛み締めていたこの時間に水を差され舌打ちが漏れる。ああ、部下に彼女の着替えを適当に頼んでいたのを忘れていた。ベッドから立ち上がると隣でもぞりと身じろぐ星菜に、自然と口許が緩む。


『ん……じゅ、とさん…?』
「ああ、おはようございます。もう少し寝ていても大丈夫ですよ。」


寝起きで舌足らずの彼女にキスを送り、頬を赤く染めた星菜を尻目に玄関先で待ちぼうけをくらっている部下のもとへ向かった。








こんな甘い朝を迎えることを誰が予想していただろうか。トーストとサラダが並べられたダイニングテーブルに座る。この朝食も、入間さんが作ってくれた。コーヒーの香りもいい。


『…入間さん、』
「銃兎です。」
『……』
「ベッドでは上手に呼べていたじゃないですか。」
『〜っ!!!』


ニヤリと色々と意味が含まれた笑顔を浮かべて囁かれる。その声の甘さとからかいに顔に熱が集まるのが分かった。さらにそれをみた入間さんがクククと喉を鳴らして笑みを深める。


『…銃兎さん!』


これでいいんでしょ!?と投げやりに名前を呼んでトーストにかぶりつく。それが照れ隠しだとわかっている銃兎さんから満足そうにはい、と返事が帰って来た。あああ、ほんとこの空気が甘ったるすぎてバカになりそう。ってか恋人には甘いタイプなんだ…意外。そう心の声を漏らせば本人はそうですか?ときょとりとした表情を浮かべる。あざといが過ぎるぞ、入間銃兎。


「……そうですね。私無しでは生きられないぐらいには甘やかそうかと。」


ふむ、と顎に手をやり少し考えた後にでたその言葉。爽やかな笑顔のおまけつきだ。いや表情と言葉の内容合ってませんよ。割りと怖いこと言ってるんだけど この人。その整った顔で言うから許されるんだぞ。って自覚した上なのだろうと推測できて余計に腹立たしい。


『先に言っときますけど、私は家事もある程度はできても上手くはないし、仕事ばかりだし、可愛げなんてないに等しいですよ。それでもいいんですか?』
「何年の付き合いだと思ってるんですか。私だって仕事で呼び出されることもあればディビジョンバトルもある。チームメイトに呼ばれればそちらに向かうことだってありますし。可愛げは…そうですね…」



──気の強い女が俺に抱かれて甘える姿はきらいじゃねぇ。


顎を持ち上げられて耳元で囁かれ、ぶわっと体温があがる。低音の直撃を受けた耳は心臓になったのかと錯覚するぐらい自分の心音が響いている。


「ふふ、今でも十分かわいらしいですよ。」


赤くなった頬を指先で擽られた。そして観念する。ああ、いつのまにか貴方に落ちていたみた いだと。彼の指先から逃れるようにそっぽを向く。すっかり銃兎さんのペースに完璧飲み込まれてしまっている。


『こんな私でいいのなら、勝手にどうぞ。』
「ありがとうございます。いただきます。」
『いた…!?、語弊生みますよ!』


さっきから心臓に悪いことばかり言われて私の気力も体力ももちませんけど。変態じみた言い分に、じとりと視線を向ければ素知らぬ様子でコーヒーに口をつける銃兎さん。きっとこの人に何を言っても勝てる気がしない。

ふと、銃兎さんの奥に見えた時計が示す時間が目にはいる。7:43の数字に血の気が引いた。


『ってかそうだ、仕事…!』
「ゆっくりすればいいのに。せっかちな人ですね。」
『……出来るだけ早く動いて、助けられる人を助けたい。』
「本当、貴方って人は…」


暗に昨日の今日だから休めと気遣ってくれる銃兎さんに呟くようにそう言えば、呆れたように溜め息をついたあと柔らかく微笑んだ彼がぎゅうと私の手を握る。


「星菜の言いたいことは分かるが被害者はてめぇも一緒だ。昨日のことのようなことがあれば俺の心臓がいくつあっても足りやしねぇ。」
『…うん。気を付ける。こんなことがないようにしょっぴくの頑張ろうね。』
「はぁ、わかってんだかわかってねぇんだか…」
『大丈夫。クスリに負けないよ。』
「貴方は大丈夫でも、ヤク中は何をするか常人に予想がつかない行動をしますからね。星菜が気を付けてても」
『もうっ、それいいだしたらなにもできないじゃないですか。』
「ええ。いっそ家庭に入るのはどうですか?」
『むり。』


砂糖のような過保護っぷりに苦笑で返していると、まさかの提案が投げ掛けられる。え、なにプロポーズ?反射で断っちゃったんだけど。


「…そういうと思いました。」
『ならなんで聞いたんですか。』
「一応です、一応。…貴方のことは私が出来る限り守ります。あと、星菜のヤマで悪いが あの霜桐組は俺がぶっ潰す。」


え…
コーヒーを飲み終えた彼は煙草に火をつけた。そして私を一瞥する。その目には殺気すら感じられる。朝の爽やかな空気とは裏腹に、ぴりついた空気がそこに流れた。


「大事な女あんなにされりゃ、地獄に行くより酷い目にあわせなきゃ割りが合わねぇだろうが」


舌打ちして肺いっぱいに煙を吸い込む。なんだその私のためのような発言。そんな風に恋人から言われて、いえ私の案件なのでとか言える人いるか?いやいない。殺気立った空気に緊張していた身体の力が抜ける。やだちょっとにやけちゃうんだけど。この人もしかして、すごく私のこと好きじゃん。私のにやけ顔をみるなり彼の空気も和らいだ。


『あ、昨日と言えば…碧棺さんと毒島さんにお礼いわなきゃ。』
「俺から言っておくからいい。」
『そんな…』
「あいつら…特に左馬刻は面倒だ。職業的にもヤクザとの関わりはないに越したことはないでしょう。」
『変に頑なですね。』
「ええ、譲りませんよ。ああ、あとその敬語もいりません。」
『はいはい、貴方もね。じゃあ…おねがいね。二人によろしく伝えておいてください。』


こうなってしまえば彼はてこでも動かないのだろう。直接の謝礼は諦めて銃兎さんに任せることにした。








職業柄、高速シャワーという能力をもっているので手短にシャワーを借りて出社するために身だしなみを整えて玄関に向かう。


『行ってきます!』
「待て、送ってく。」
『でた甘やかし。』
「言っただろうが。俺無しじゃ生きられねぇようにしてやるってな。」
『………はぁー。…降参です。』
「、はは…漸くか。」


ジャケットを羽織って車のキーを手に取ると肘を差し出してきた。その紳士っぷりにどこまでも惚れさせる気なんだろうと途方にくれる。二人が玄関の扉を抜け、パタンと閉まった音が私たちを送り出した。



きっとお互いは今日のように仕事を優先するのだろう。けれど、同じ目標をかかげているから頑張れる。それに、彼は忙しさも関係なしに甘やかしてくれそうだ。銃兎さんなしじゃ、生きられない程に。気づかぬ内に、お互いという存在の中毒になっていくのだろう。それも、また一興。危険薬物という毒には、毒を──。



マトリとポリス
-完-




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