hpmi 1 BB

□カランコエ(一郎連載@)
4ページ/66ページ





ああ、
「くそ、」
自分の部屋に向かう春の背中を見送り、
一郎は前髪をくしゃりと握った。




─4.平行線に見える交差─




春と出会って約3年ぐらい経つか。
出会いは、悪友たちと遊んで帰る途中。
もう少しで家だという所でが変なやつらに絡まれてるのを助けたのがきっかけだった。


助けた後に話を聞くと、ナンパの常套句をかけられ、私なんかナンパされないだろうと軽くあしらってたら逆上され、この女が優遇されている世界に対する、女に対する鬱憤をぶつけられたと。


その時は 助かりました、ありがとうございます。と笑顔で答え、気丈に振る舞っていた。
が、よく見ると、髪を耳にかける仕草をした手が震えていた。

怖かったな、と声をかけると、驚いたように彼女は少し目を丸くした。
みるみるうちに瞳に薄い水の膜がはり、ポロリと涙を流した春に俺が慌てたもんだ。


男どもに髪を引っ張られ、地面に叩きつけられていた彼女は膝や肘に擦り傷があり、すこし乱れていた。このまま帰すのもなんだ、と萬屋に案内し手当てをしてその日は帰っていった。


正直、俺だってこの世の中のやり方には納得できねぇしぶっ壊してやりてぇ。だからって、壁の外の、別に横柄にしていない女にそれをぶつけるのは間違いだ。
それをしてしまったら、もし今の男が奴隷のような世界が崩れ去った時、次は女が奴隷の立場になるんだろう。
そんな不毛な世界を誰が望むんだ。






そんなちょっとした正義感で助けた女1人。
しばらくすれば忘れていた。


忘れた頃に、春はやってきた。
包まれたすこし高そうな菓子折りを持って、その節はお世話になりました。ろくにお礼もできず、ましてやこんなにおそくなってしまって、と申し訳なさそうに話す。
別に見過ごせなかっただけで、大層なことをしたつもりはなかった。が、こんなヤツもまだ女にいたんだなと思ったのは確かだった。


話している最中、ソワソワとある点にうろつく目線。なんだ?と思って視線の先を辿ると、昨日買ったラノベの新刊だった。そうだ、これを読んでる途中で来訪者、彼女が来たためにテーブルの端に置きっぱなしにしていた。

俺がラノベを眺めているのを見て、自分がラノベに目線を向かわせていたことに気づいたのか、あやまってきた。

『す、すいません不躾に…。その本、面白いですか…?』
「お、おう。最近読み出して、そのまま最新刊まで買って…」

話している内に、目がみるみる内にキラキラと輝きだす。

『面白いですよね…!ラノベでは珍しく女の子が主人公目線で、世界観に対してすごい反発心があって主人公気質っぽくもないし…』
「あ、ああ。」
『あ…ごめんなさい、周りにこの本読んでる人少なくて、つい…』

突然のテンションの上がり様に少したじろいでいるとまた彼女は謝った。なんだか謝ってばかりだ。
変なやつ、と笑いが漏れた。

「いや、ラノベ好きなんすか?ラノベで珍しくってことは他にも結構読んでたり?」

そう聞くと、あ、と慌てだす。

「ひぇ…墓穴ほった…」

両手で顔を覆う。パッと見た感じ、彼女はラノベを読むような外見ではない。自分もよく言われるが。

チラリ、と顔を覆った指の間に隙間ができ、少し赤くなった頬が覗く。

『普段隠してますけど…ガチオタです…』

別に俺は問い詰めたりなんかはしてないのに彼女は観念したかのように絞り出された声が漏らす。
俺の中で変なやつ。が彼女の印象を埋め尽くす。
カミングアウトをしたらそれまで。俺と彼女はラノベ、アニメ、漫画で話し出し、そのうちに仲良くなっていった。

「そういや自己紹介がまだだったな。俺は山田一郎。」
『桧原春です。』


ただのオタク仲間だったのだ。
そのうちに新刊がどうのだとか、来期のアニメについてだとか、毎週とは言わないが月に数度程家にくるようになった。家に来る頻度が増え、最初こそ警戒心丸出しだった弟たちとも打ち解けていった。
それも春のあっけらかんとした明るい人柄からだろう。
俺も、弟たちを守るため、必死になってた時期だった。もちろん小さな弟たちは寂しかっただろう。構ってやれないときもあった。そこで春という、なんだか変なやつがやって来て、家の中を照らしたんだ。

TDDに所属してから、トラブルに巻き込まれることは多々あった。その日も色々あって、殺気立っていた
時間も遅ぇし、弟たちは寝てんだろうと家にそのまま帰ったが、小さな明かりがついていた。
まだ起きてんのか?と家に入ると、そこには春がソファーに座って本を読んでいる。春はストーリーに入り込んでしまっているのか、ペラリと振り向きもせずにページをめくっている。

いつもなら、気づかない。でも、ふと俺の尖った雰囲気か、人の気配かにゆっくりと振り返った。
少し驚いた表情をみせるが、それは一瞬で。
次にはへにゃりと力の抜けた笑顔を浮かべる。

『おかえり。』

返事もでず、なぜか足は動かなかった。ぼうっと、ソファーから立ち上がる春を見つめて。俺の前までやって来て、そっと俺に手を伸ばす。頬をするりと撫で、そして頭に柔らかい手のひらが触れた。

『おつかれさま。』

そこでふっと俺の何かが軽くなったのが分かった。
気づかぬ内に力が入っていた目元が緩む。

「おう、ただいま。」

ようやく出た声はどことなくかすれて聞こえた。
ご飯作ってるよ、お風呂入ってきたら?と言われ、その言葉に甘える。風呂に向かう前に、弟たちの部屋にそっと入る。
寝かしつけてくれたのか。静かに眠る彼らの頭を起こさないよう撫で、そのまま風呂に向かった。

いつの間にか、兄弟三人とも春に絆されていた。

風呂から上がると、温められたご飯が並べられていた。
そして申し訳なさそうに春はこう言う。

『ラノベに夢中になりすぎて、終電逃しちゃいました…』

それまで春は終電までにはいつも帰っていた。
これを機に、毎回ではないがたまに春は泊まるようになって今に至る。



いつの間にか、山田家にとって大きい存在になってきた春。



可愛いと、額にキスを送る。


今ではお互いに働いてはいるものの彼女にとって年下で、ましてや出会った時は高校生だった俺は、きっと弟たちと同様に可愛い弟ポジションなのだろう。
どうしたって変えられない歳の差に、イラつく。
歳の差なんて大して問題じゃねぇとも思うが、現実を突き付けられて何とも思わないバカでもない。


イラつく気持ちを腹いせに、のそりと身体をソファーから起こす。向かう先は自分のベッド。
目覚めた時の春の顔を思い浮かべて、自分でも想像できる意地の悪い笑みを漏らす。



ちったぁ男として意識しやがれ。

彼女の体温で温もった布団に、ゆらぎかけた理性を抑える。
すやすやと眠る顔を見るとつられるように瞼がおりた。








2019,9/21修正
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ