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□カランコエ(一郎連載@)
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その後、泣いていたのが落ち着いてくると抱きしめられている状況に恥ずかしくなってしまった。
そんな私を意に介せず、一郎は私の血の滲んだ頬の手当てをテキパキと済ませる。

「あんま無理すんなよ」
『それも、一郎が気づいちゃうんでしょ』

面倒見よすぎなんだよバーカ!



─7,太陽に伸ばした手─


傷の手当てが済み、泣いて腫れた目を冷やしている間に一郎は先に出て昼食を作ってくれた。
食事を終え、せっかく四人居るし、新しいボードゲームをやることになる。やいやいと三郎と二郎の言い合いや、一郎のコツコツとのし上がってくる感じ、その一郎を褒め称える二人。中々の盛り上がりを見せている。これはボードゲームやる度に恒例の流れだ。私は何度か罠にかかり、二郎と並んで最下位へ。

『二郎…姉に分け与える優しさってある…?』
「わりぃ、姐ちゃん…俺は真剣勝負で堂々とやってやんぜ」
『くっ…!よし、やってやろうではないか…正々堂々と勝負だ!!!!』


見事に負けた。


『くそぅ…トランプしよ。ポーカーフェイス。』
「やだよ、だって春姐とポーカーフェイスしたら勝てるもん」
『え!?初めて言われた!結構強いつもりだったんだけど』
「いつも可愛い可愛い言ってる顔の3人相手にポーカーフェイスできる?」
『できねぇぇぇぇぇ』


自分で言ってることはどうかと思うが、自身の身の振り方を考えると当然か。勝てる気が一気に消え失せる。
だって無理じゃん。あの綺麗なオッドアイたちの瞳が私の表情を伺って覗いてきてみ?え、むりじゃん(語彙力


結局神経衰弱で二郎を破り、満悦感に浸ったところでお開きとなった。一郎が夕飯の買い出しにいくとのことで、私も帰る準備を始める。

「あれ、姐ちゃん明日も休みだったんじゃね?」
『連勤だったから、家の事もしないとだし。それに三郎は試験まだあと1日っていってたから明後日のテストに向けて勉強しとかないと。』
「あー、まぁ明後日の教科は楽なんだけどね。僕はどこぞの低能とちがって普段から勉強しているから心配ないよ。」
「てめぇ…」
「誰も二郎とは言ってないだろ!というか、自覚してたんだな。」
『はいはい、ケンカしないの。若者は慢心するなよ〜。洗濯物まわさないと次の休みまで…うわぁ、ゾッとした。』
「…ふぁいと。」
『寒い中洗濯物干すのが苦痛よね〜。じゃあまたくるね』

わしゃわしゃと弟二人の頭を撫で回した上にハグで癒しをチャージ。なんだかんだされるがままで受け入れてくれる二人可愛すぎな。

二人は明日の学校の準備やら試験勉強をするためお留守番。二人に見送られて一郎と私で玄関を出る。



「あいつらと遊んでくれてさんきゅな」
『いやいや〜。私が来たくて来てるし、むしろ癒してくれてありがとうみたいな?仕事の疲れも吹き飛ぶわ。』
「そーかぁ?」
『そーですぅー。』

スーパーは山田家から近いのに、わざわざ駅まで送ってくれた。なんて紳士だ、おにいさん。

『昨日今日とお邪魔しました、またね。インフルエンザとか流行り出すだろうし、気を付けて。』
「おう、看護師さんの言うことは聞いとかねぇとな」
『おばか。まー聞いといて損はなし!マスク手洗いうがいね!二人にも言っといて!』
「りょーかい。」



軽い掛け合いをして、別れてホームに向かう。
今日は疲れた。今日は帰って寝よう。明日は家事でてんてこ舞だ。



なんて思っていたのも束の間、職場から連絡が入り、スタッフでインフルエンザ発症して欠員がでてしまったため勤務変更となってしまった。
これからの感染症ラッシュがくるだろう。あー、地獄を見るな。と覚悟を決め、ゆっくりしようと思っていたができる家事を始める。洗濯も、浴室乾燥コースだ。


翌日の仕事にむけて、早く寝よう。
















はっと目が醒める。じっとりと嫌な汗をかいているのに嫌悪感を覚えた。まだ夜中だ。真冬のひんやりと冷えている乾いた空気に身震いする。悪い夢を見たんだろう。鮮明に内容は残ってはいないが、ドクドクと耳に心臓があるのではないかと勘違いするような動悸と胸に残るチリチリとした焦燥感。
なにかから逃げている。暗闇からこちらに迫り来る手のひらが、目を閉じた闇の向こうからまたやってくるように感じた。

暖房とホットカーペットをオンにし、リビングでブランケットにくるまり過ごす。うとうとぐらいはできるだろう。気休め程度に、ハーブティーを淹れる。砂糖代わりにはちみつを溶かす。温かいそれを含むと、少し気分が落ち着いた気がした。








アラームが鳴り、目を覚ます。ベッドで寝るよりかは大丈夫そうだ。夜中の嫌な汗を流すべく、シャワー室にむかい、熱いシャワーを浴びる。


なんて弱いんだろう。


自分の弱さに吐き気がする。何が家族だ。彼らの弱味とつけ込まれて、足手まとい、ただ守られるだけの存在。最初から無理だったんだ。人が鳥の翼を持つことも、太陽という名の神様に近づくことも。愚かな人間は、蝋で固めた翼を太陽に溶かされる。私は、その翼さえ持ち得ない人間で。

一郎にとって、守る人が増えることなんて喜ばしいことじゃないだろう。ましてや年下の男の子。弟二人を精一杯守ってきた。そこに加わるのなんて駄目。これ以上、一郎に背負わせるものになりたくない。私は、彼の心を守りたいのに、うまくできない。
太陽に触れることは許されなかったのだ。


熱い湯とともに、こぼれる虚しさを流した。



軽い倦怠感は残るものの、ダメ押しにコーヒーを淹れなんとか目が覚める。さぁて、お仕事お仕事。


バスに揺られながら出勤し、白衣という名の戦闘服に着替える。更衣室を後にし、病棟へ向かう。
その途中で、耳から脳に直接響くような甘いテノールが私を呼び止めた。

「桧原さん」
『あ、おはようございます、神宮寺先生。』


病棟に向かう階段で声をかけられ、後ろを向く。そこには美しい長髪と低音ボイスの持ち主が微かに笑みを向けていた。

「体調はどうだい?インフルエンザ、流行ってますからね。」
『大丈夫ですよ、ありがとうございます。先生も気を付けて。』


まぁ、休み潰れてるわけなので大丈夫ではない。この冬のウイルスに怒りをぶつけたいが、生憎と目に見えないもんで。



「……」
『…?…先生、どうされました?』
「いえ、」
『そうですか?あ、私はここで。』

じっと口をつむんで見つめてくる先生に、すこし心臓が騒ぐ。話している間に私の働く病棟のフロアにたどり着き、そそくさと別れを告げる。

先生はいい人だし患者からの支持も強い。だけど、たまにあの瞳に見つめられると身がすくむ。瞳から私の中に入り込み、内側から削られるように見透かされている感覚。時折、その瞳の奥に感じる好奇心に恐怖の念が湧くときがある。


でもまあ、それは本当に時々で。そう感じてしまうのは私の中身(オタク)を隠していることもあるし、私の弱さからかも知れないしね〜。基本的には優しくて、患者さんのことでの相談にのってくれたり、研修医の愚痴も苦笑混じりに聞いてくれるお茶仲間だ。



手を洗い、消毒。鏡の前でニッと唇を横に伸ばす。
今日も笑顔が素敵なスーパー春ちゃん。
がんばりましょうかね。

気合いを入れ直し、パソコンへ向かった。






2020/3/29:加筆修正

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