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□カランコエ(一郎連載@)
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つ、つかれた…!
どう頑張ってもそれ以外の言葉がでない。
健康な成人がかかっても自宅で療養できるが、免疫力の落ちた老人にとっては命を脅かすインフルエンザ。発熱により食事が摂取できずに脱水もあり緊急入院、肺炎と併発していると緊急入院、喘息発作を誘発され緊急入院。病室も人員も足りーん!!!


緊急入院オンパレードに目を回した。
時計を見るともう19時半を過ぎようとしている。
定時を大幅に過ぎた時計にげんなりする。夕飯はコンビニでいいかと考えつつ更衣室に向かった。


「桧原さん。」
朝に聴いた、テノールが再び耳をくすぐった。



─8,カウンセリング─






暗くなった病院の廊下。外来の診察室の一室の扉の隙間からライトが漏れる。白衣のドクターと、白衣の看護師が向き合っている異様な光景がそこにはあった。


「呼び止めてしまって悪かったね。」
『いえ、でも…』
「近況のお話を伺いたくて。」
『でも、先生のカウンセリングは私、卒業しましたよね?』



約3年前の、一郎に助けてもらった事件。それをきっかけに軽い男性恐怖症みたいなもの、PTSDに苛まれていた私は、腕が良いと聞く自分の病院の神宮寺先生の院内カウンセリングをあるきっかけで受けていた。
しばらく通い、フラッシュバックはなくなり夜も眠れるようになったため、卒業を言い渡されたた。そのため、それきり近況の報告はしていなかったのだ。



「少し、今朝の貴女の様子がおかしかったもので。」
『……流石、ですね。』

朝のたったあれだけの時間で見抜いてしまうなんて。今まで何千人と見てきた人だ。

「お話を伺っても?」

テノールが私の耳を通して胸に響く。それにつられるようにぽつり、と言葉をこぼした。


『なんてことは、ないんです。以前のように、運悪く男性に絡まれて、少し乱暴にされて。』

でも、私にはヒーローがいますから、と薄く微笑みで返す。

「そうですか。ですが、なんでもないということはない。貴女にとって、それは強い恐怖です。怖がることは弱さではない。振りかざされる力に怯えることは本能なのですから。」


生ぬるい微温湯に浮いている感覚。心地よささえ感じる。そう、男性に恐怖していることより、恐怖している自分が嫌なのだ。神宮寺先生しかり、あの三人と、あの輩たちとは腐っても違うのに。10を語らずとも100を知る彼の言葉に掬われたような気がする。カウンセリングを受けると、いつもそんな気分に満たされる。



通常、男性から暴行を受けた女性のカウンセリングは政府のカウンセリングを受けなければならない。私は、暴力を受けても助けてもらえたこともあり、トラウマは比較的に軽いものだった。仕事の忙しさもあり、政府への届け出もださずに過ごしていれば、神宮寺先生に気付かれ、そのままカウンセリングをしてもらっていたのだ。

忙しかった、というだけが理由だけではない。政府のカウンセリングは男性そのものを卑下し、政府の支持率をあげる道具のひとつだ。男性の個別もつけず、ただただ男を見下す洗脳のようだとも思う。

病院で働く以上、傷つけられた女性を見てきたつもりだ。なんの力も持たない弱い相手に振りかざされる力には反吐がでる。だけど私には三人がいた。


『いつも、ありがとうございます。』
「いいえ、私が勝手に気になっただけですので、お気になさらず。」


にこりと微笑まれたその目尻にちいさな皺がよる。表情にも言葉にも声色にも、大人の男性の落ち着きが感じられた。

『お茶を入れましょうか、』
「ありがとうございます。」


空いていた診察室を使用したため、私専用のゆのみは病棟にある。先生もゆのみは医局においてある様子で2人そろって紙コップだ。



「最近は忙しいですからね、桧原さんとゆっくりお茶をすることもできない。」
『忙殺って言葉が実在して襲いかかってきてるみたいですよね。』
「この時期は流行り病と、心筋梗塞や脳卒中が多いですからね。病棟も落ち着かないでしょう。」
『ノロも流行り出す頃ですし、まだまだ忙しくなるでしょうね。先生方も、外来で感染りそうですし、気を付けてくださいね。』



温かいお茶をすすりながら、ほっと息をつく。
病院での話もそこそこに話し、いつものように雑談に花を咲かせる。


『そういえば、忘年会シーズンですね。先生はご参加されるんですか?』
「ええ。お酒は、知り合いのほうから禁止されておりまして、飲まないようにしているんですが、参加だけでも。」
『え、禁止って…』


そう言われると、飲酒した先生を見てみたいような…むくむくと好奇心がわいてくる。


『最近は釣りはされてるんですか?』
「冬の釣りもいいですが、やっぱり忙しくて。寒いと室内に閉じ籠ってしまいますね。」


忙しくて最近雑談することもなかったためかポロポロと話題が繋がっていく。気がつけば小一時間ほど時間が経っていた。

「おや、少し話し込んでしまいましたね。帰りは大丈夫ですか?」
『この時間でしたらまだバスはありますので大丈夫です。』


紙コップを捨て、帰る支度をはじめる。


『あの、』
「?」
『ありがとうございました。』


気にかけてくれる人がいるのは救いだ。
申し訳なさもあるが、気づいて声をかけてくれる存在が近くにいる。まっすぐと探る彼の瞳は苦手だが、相手を知ろうと寄り添っている副産物なのだろう。


彼の筋張った一郎よりもう少し大きい手のひらが私の肩を叩く。やわらかく、彼がもう一度笑いかけた。






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