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□カランコエ(一郎連載@)
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働かざる者食うべからず。その通りのように、休んだあとにはその間の分の仕事がまいおりるんだなぁ、春を。


─10,社畜仲間─



冬のウイルスにやられて3日目でやっと平熱へ戻る。5日間の休みが与えられ、熱が下がってからは仕事の忙しさで荒れ果てた家のなかを片付けるのに時間を使った。
余った時間は録り溜められたアニメの消化に使い、罪悪感を感じながらもゆっくり休ませてもらった。熱が下がって身体は元気になったが結局感染の恐れがあるため可愛い可愛い弟たちと会えていない。


そう。もう弟たちは冬休み真っ只中。
自宅療養中にクリスマスも過ぎてしまった。なんなんだ。神様、私そんなに悪いことした?この仕打ちはひどすぎないかな。
可愛い弟たちとクリスマスパーティーする予定でパーリナイだったのに。あああ、ツラすぎて日本語喋れない。



クリスマス過ぎればすぐそこにはお正月。病欠が明ければ年末年始の忙しい時期がやってくる。医者は休みだが患者は病院で生活をしているのだからもちろん私たちは仕事なわけで。
休んでいた分、元々の休みも返上でシフトに組み込まれている。夜勤があるおかげで年越しは病院で迎えるとことなった。5日間休みは本日で最終日。鈍った身体に不安はあるものの生活もかかっているわけだし働くしかない、かなしいかな…。また明日から酷使されるであろう身体をいたわって目を閉じた。








というわけで、今日から元気にお仕事でっす。
今日も笑顔が素敵な春ちゃんで頑張りますか。
朝の申し送りを受け、患者さんたちの病室へ向かう。検温を回っていき、6人目の患者さん。


『辻井さーん、失礼します。』
「……」


おや、おかしい。いつもはおはようと笑顔を浮かべるおじいさんなのに、ベッドの上で静かに過ごしている。表情も苦しそうだ。


『辻井さん、わかりますか?桧原です。検温まずしますね。』


身体に触れると、すごく熱い。口唇の色も悪くチアノーゼがみられ、サチレーション(血管内の酸素量)も86%と低値だ。辻井さんは肺炎で入ってきて、最初は発熱と酸素化不良で抗生剤治療と酸素療法を行っていたが最近は炎症も改善し、酸素も外れ退院も近かった患者さん。あわてて過去に使っていた酸素チューブで3L投与を始める。
熱は39,6、脈拍は112、血圧は82/49。。。ダメだ、ショックバイタルになりかけてる。
スタッフコールを押し、スタッフを集める。SATは89%から上がらない。酸素は加湿がないためとりあえずマスクに変えて5Lへ変更。血圧も低いため足元を挙上する。


『田所さん、あと3番と4番の検温がまだなの、お願い!3番に10時の抗生剤があるから!』
「桧原さん、3番と4番ですね!点滴は3番!」
『間違いないよ、よろしくね!』


バタバタとやってくるナースとドクターに現状を報告し、指示をあおぐ。検温に回れていない患者さんを任せ、辻井さんについて知っている私が対応することになる。


ベッドサイドモニターへ付け替え、点滴のルートをみんなで探していき、補液で負荷をかける。その間に師長にはベッドコントロールしてもらい、ICUの部屋へ転室となる。リーダーに家族への連絡を任せ、酸素化は結局安定せず今はリザーバーマスクで15Lでなんとか凌げている。血圧が安定したところで心エコーとレントゲンをとり、ARDSと診断され気管内挿管となった。挿管介助につき、落ち着いてからバルーン(尿道留置カテーテル)を入れ、CVC(中心静脈ルート)をとる。
鎮静剤と呼吸器設定が整ったところで、ほっと息をつくことができた。



看護カルテを記入しながら、もう頭が働かない。
とりあえず、休憩だ…。遅くなった休憩を20分で済ます。昼からの受け持ちの点滴もあるしカルテ記載もどっさり残っている。久々の出勤でこれかぁとげんなりした。





なんとか1日が終わったが、終わったのは22時半。もう足が棒のようだ。むくみも半端ないだろう。お風呂にゆっくり浸かりたいが、お湯を溜めるのを待つのも、お湯に浸かっているのも寝てしまいそうで命に関わる。シャワーでいいか。
まだギリギリ終バスはある。早く帰ろう。
明日も仕事だ。


家に帰り、ソファーに座ると立ち上がることが難しそうなので荷物をおいて風呂場に直行する。汗をながし、外気で冷えた身体を温める。疲れをとるというより、汚れを落とすための風呂に更に体力を奪われた。ぼーっと放心してると時計はもうすぐ0時を指そうとしている。
寝よ。髪を適当に乾かし、ベッドにもぐる。




朝日が上った。けたたましいアラームの音に目を覚ます。ううう、愛しいお布団さんと離れたくない…。しばらく布団とイチャイチャするも、ずっとそうしているわけにもいかず、起き上がる。お布団さんてば隙をみて二度寝という甘い誘惑をしてくるから怖い。


出勤し、今日は比較的に落ち着いて業務をこなせていた。朝、お布団とイチャついてたせいで少しでる時間が遅れてしまい、昼御飯を買っていけなかったため昼休憩に売店へ向かっている。


『あれ、お久しぶりですね』
「は、え、ひゃい!」



久々に見るくたびれたスーツ姿の背中に声をかける。急にかけられた声に、大袈裟なほど肩がはねて噛んでいる彼。独歩さん。振り返る彼の目の下には、安定の大きな隈が携わっていた。



「あ、ああ…桧原さんでしたか。」
『観音坂さん、お疲れ様です。今日はME機器の調整ですか?』
「ええ、そういえば桧原さんの病棟でしたっけ」


昨日挿管した患者さんの呼吸機について来たんだろう。


『相変わらずの隈ですね…残業ですか?』
「ええ、もう終電で帰れたのは最後でいつかな…」
『と、いうことは泊まり、ですか。』
「泊まったり、タクシーで帰ったり…それもこれも、俺が仕事できないせいなんですけどね…全部全部俺が悪いんで…ただただ酸素を浪費して二酸化炭素吐くだけのグズで」
『ちょ、観音坂さん、ストップストップ!!!』



負の思考ループに陥っていく観音坂さん。コレはマズい。そっとスーツの袖から出た手首に手を添える。手を握ると、男女の仲であるし人目もないこともないので変な噂がたっても困る。
でも、ちゃんと肌同士で触れあえば人の温かさが感じられる。

『このご時世、どこも忙しいところばっかりです。仕事だって、求められることが多く高くなってきています。私だって最近は忙しくって残業もして、体調崩して、復帰したと思えばまた残業。
ツラさのキャパは人それぞれだと思いますが、人間や時間のキャパには上限があります。その上限を越えて求められているのが貴方です。』


だから、そんなに自分をせめないで。


『ほら、いつものように、クソハゲが悪いんですよ。忙しかったり寝不足、体調不良は悪いものしか連れてきません。休息がないと、仕事効率もあがらない。そんな部下のことも考えられない上のやつらがわるいんですよ。独歩さんは頑張ってます。一生懸命なの分かります。大丈夫ですよ。』


「名前…」
『ああ、すみません、観音坂さんって呼びづらくて。。。気を付けますね』
「ああ、いえ、違うんです、嬉しいです。え、えっと、あの、春さん…」


独歩さんは顔を青くしたり真っ赤にしたりしている。名前呼びを許してもらった。神宮寺先生と仲がよろしいとのことで、数度お話したことがある独歩さん。あまりゆっくり話すことはできないが、病棟で呼吸器の新しい設定の説明などは業者から来てプレゼンしてもらったりして、彼の仕事っぷりはみてきている。


「いつも、すみません。」


たまに話すと、安定に自己嫌悪に陥り出す独歩さんを励ますのがテンプレートになっている。にこり、と笑みを返すと、へにゃりと少し力の抜けた笑みが帰ってきた。


『一緒にこのストレス社会で生きてこうじゃないですか』
「はい、頑張りましょう。」
『仕事中に立ち話をすみません』
「いえ声をかけてくださって嬉しかったです」
『またゆっくり話しましょうね』


では、と別れ、当初の目的であった売店へ向かった。

環境や仕事内容が違えど、それぞれ頑張って生きてる。どれだけツラくても、頑張っている人がいる。患者さんの多くは戦争や戦後の生活を経験していて、今を生きてる。

さて、今日も残り半日頑張りましょう。






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