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□カランコエ(一郎連載@)
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春。それは出会いと別れの季節。
職場の人事異動があり、今日は日勤終わりに歓象送迎会と言う名の飲み会がある。歌舞伎町の近くの飲み屋。夜なのに明るく煌めく街並みに懐かしさを感じる。


─13,まさかの繋がり─


仕事も無事に終わり、飲み会の居酒屋へ向かう。
飲み放題つきで二時間半。19時からなので21時半でお開きだ。明日も仕事だし、二次会は遠慮しておこう。

「「「お疲れ様でーす!」」」

グラスを持ち、乾杯しにまわる。普段からお世話になっているドクターも来ていて、今日は神宮寺先生もいらっしゃる。


『神宮寺先生、お疲れ様です。』
「桧原さん、お疲れ様です。」
『…烏龍茶ですか。』
「前にも言いましたが、お酒は控えるよう進められておりまして。」


カランとグラスに入った氷が鳴る。合わせたグラスの中にはアルコールは入っていなかった。かくいう私のグラスはグラスではなくジョッキ、生ビールである。


「結構お酒は飲むんですね」
『いやぁ、色々飲みますけど、量は飲めないですよ。』


仕事終わりの空っぽのお腹に食事を満たす。空腹にお酒は危険だ。サラダを取り分け、配る。飲み会では誰かがやらねばならないポジションだよね。


「桧原さーん!」


ゆっくり会話をしながら食事を進めていると、看護師の先輩後輩から呼ばれる。すみません、と一言


「桧原さん、お疲れ様です〜!!ちょっとこっちも構ってくださいよ〜!」
『ちょっと、田所さん飲み過ぎじゃない?』
「飲まなきゃやってられませんよぅ。」
『すみません、お冷や1つください。』


店員に声をかけ、ペースの早い後輩にセーブをかけながら口を聞く。





理不尽に怒られたこと、自分のミスで謝罪したことやアセスメントの弱さなど少し悩みもある様子。仕事が忙しく、あまりゆっくり話すことはできないため吐き出すように語る彼女は普段の明るい印象は見る影もない。

結局潰れて寝てしまった彼女はアルコールを嗜まない車で来ている先輩に送られていった。時間もお開きの時間を迎える。看護師長と医局のドクターから歓迎と送別の言葉で締めとし、解散となった。



4月とは言え、夜はまだ肌寒い。ひんやりとした空気が、アルコールで火照った頬を撫でて少し気持ちがいい。ふぅ、と息をつくと、後ろから声をかけられる。

「大丈夫ですか。」
『神宮寺先生。ええ、ありがとうございます。そんなに今日は酔ってませんよ。』
「そうですか。それと、彼女も。」
『…。ダメですね、私。いつも明るくしてるからって、表面ばかりを掬って大丈夫だなんて勘違いして。』


田所さん。私の3つ下の後輩にあたる。そしてこの4月、職場で一番下だったが先輩となった。

彼女はいつも笑顔で患者に接し、勉強だって怠らない。足りないところだなんて私にも沢山あるけれど、勉強と経験を経て成長していく。そんな仕事だ。だからこそ、新人でなくても経験年数が少なければ少ないほど足りないことなんてごまんとある。

最近の仕事で失敗や怒られたことに踏まえ、後輩が入ってくる焦りが彼女を不安にさせているのだろう。新人の間は出来なくて当たり前。だからといってそれに甘えるのではなく、努力する姿勢が大切なのだ。新人には先輩がフォローをする。それは頑張ってほしいから、学んで欲しいから。最初は先輩が協力するのは当たり前だが、継続して支えてもらえるのは確実に努力をしている者だ。彼女は、そこに入ると私は胸を張って言える。


でも自己評価というものはまた違って。自己評価と他者評価のズレがあるのは仕方がない。だからといって他者評価と比べて自己評価が低すぎるのは潰れてしまう。つぶれてしまう前に、話をしっかりして、本人の出来たことや次への課題を見つけるために導いてあげるのが、年も近く、懐いてくれている近しい存在が私のはずだった。


「桧原さん。彼女の悩みは、彼女のものです。」
『はい、わかってます。』

諭すようなテノールに、くすりと笑みを返す。



自分の最近の忙しさや体調不良もあり、加えて彼女の前向きな様子に安心していたのだ。彼女たちが悩んでいることは私も悩んだことだ。先輩になってもまだ私だってこんなだし。また、今後後輩が入ってくる彼女も同じ悩みを抱えていくのだろう。そしていま私が経験していることを、彼女に、彼女たちに伝えて支えていく。それが私にできる唯一のことだ。それを活かすも捨てるも彼女次第なのだから。


『立場が違う。それぞれの課題がある。彼女の課題は、彼女が。私の課題は、私が。ただ、その課題の根本は看護だから混合してしまうだけ。ちゃんと、分かってますよ。』

ありがとうございます、と伝えると綺麗なお顔が笑みを飾った。


「さて、こんな考え込むと酔いが覚めてしまったのでは?」
『ふふ、そうですね〜!冷たい空気が、私の飛んでいってた思考を引き戻しちゃいました。』

軽口を交わしていると沈んでいた空気が和らぐ。
そんな空気を、明るい声がさらに雰囲気を変えた。

「あっれれー!センセーじゃん!」
「おや?」

振り向くと、ぴょこぴょこ跳ねる金髪が。その傍らには緑のメッシュが入った赤髪。

「一二三くん、独歩くん。奇遇ですね。」
「こ、こんばんは。先生。」
「ちーっす!今日は独歩と久々に飲んでたんす!って、あ、あ、」


金髪の男性は、私を見るなり顔色を変えた。が、それも一瞬で。肩にひっかけていたグレーのジャケットに袖を通すとあら元通り。


「春ちゃん!?」
『一二三さん!?』

「え、春さん、一二三を知ってるんですか?」
「まさか、お知り合いとは。」


まさか、学生時代に知り合ったこのホストが、いまの職場の人と共通だったなんて、そっちのが驚きだ。明日も仕事だからと二次会を断ったと言うのになぜか四人で飲み直すことになった。先生のグラスにはやっぱりノンアルコール。少しも飲まないのか聞くと、一二三さんと独歩さんが慌てて阻止し出したので前に酒を控えるよう言っていた知人はこの二人かと納得した。


「それにしても、春ちゃん久しぶりだね」
『ほんと、何年ぶり?がんばってるんですね〜。』

グラスを合わせ、僕と春ちゃんの再会にカンパイ、だなんて囁かれる。さすが、人気ホスト。

「一二三、スーツ着てるのになんだか雰囲気が…春さんは平気なのか?」
「いや、スーツは脱げないけどさ。春ちゃんってば中身おっさ『一二三さん?』…おおっと、子猫ちゃんに失礼なことを…お許しを、キティ?」
『ゾワゾワするからやめてください。』
「春ちゃんひどい!」


私と一二三さんのやりとりに、驚いている独歩さんと神宮寺先生。ところで、

『独歩さんと一二三さんのご関係は?』
「ああ、なんというか…腐れ縁というか、小学生からの付き合いで。」
『へぇ!意外な組み合わせですけど、』
「すっすみませんすみませんすみません!こんな陽キャの隣にこんな陰気なゴミクズが」
「独歩くん。」
「はい、先生。」


独歩さんは先生のワンコか何かかな?負のスパイラルに苛まれる独歩さんに先生の鶴の一声で終止符が打たれる。

『独歩さんたら、そんな悪い意味で言ってないのに。でも幼馴染かぁ、憧れますね』
「えっ?そうですか…?」
「僕と独歩くんは、親友なんです」
「ひ、一二三…」


先生と一二三さんは独歩さんづてで知り合ったとのこと。そこでなんとか濁した私と一二三さんとの関係について言及される。や、やめてくれ。


「春ちゃんは、歌舞伎町の蝶だったんですよ」
『ちょっ!』
「ええっ!?」「おや」
『ちちちちちちがいます!!ああああ…なんというか、社会勉強で、二十歳から一年ほど飲み屋で働いてただけなんです〜!』
「飲み屋」
独歩さん。
『はい。』

「飲み屋」
神宮寺先生。
『はい。』

「「………。」」
『……もー!ちょっとしたクラブですぅぅぅ…』


神宮寺先生に詰められて誤魔化せるはずがない。言葉尻がしぼんでいく。ところで、と突飛な神宮寺先生からの話題転換。

「随分と独歩くんとも仲良くなっているみたいですね。」
『「え?」』
「いつの間にか名前呼びに。」
『あ、ああ。観音坂さんって呼びづらくて。』
「ふむ、神宮寺は呼びやすいですか」
『〜っ?そ、それって、もしかして??』
「察しがいいのは"春さん"の良いところですよ。」



かくして、私は神宮寺先生から寂雷先生と呼ぶことになったのだった。







2021/4/1:加筆修正
一二三の口調を変えました
(ひふみとジゴロが混ざっていた口調をジゴロに統一。混じった設定でしたが、公式のキャラのイメージとかけはなれすぎてしまったため。)(ずっと思いながらやっと修正。)
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