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□カランコエ(一郎連載@)
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あの中王区からの封書は、今度開かれるラップバトルの詳細と通行書の受け取りについての案内だったみたい。私たち二人が帰ってしばらくしてから帰宅した弟たち。テーブルを囲む3つの背中に、すこし寂しさを感じたのは秘密だ。



─16,いってらっしゃい─





月に休みの希望を出せるのは3日。
その3日は兄弟が中王区へ出発する日からテリトリーバトルが行われる一回戦、決勝の日と、帰ってくる日の4日間を有給を加えて希望に提出した。4連休…それ以外の勤務は鬼になるなと覚悟もしながら、笑顔で送り出せるように。






と、まぁ張り切って休みをもぎ取ったものの、部外者である私が大事な時期に行って邪魔になるんじゃないかとも思って悶々した日々を送っていた。


昔に住んでいたこともあり、中王区へ行くことはものすごく困難を極める、ということはない。
だからといって自ら出てきた中王区へ入りたいときに行くというのは虫が良すぎるため、それは私が許せなかった。
もちろんエンターテイメントとして行う大会であるため区外からの席もあるが区内在住の人が優先的になるためその席の倍率は想像以上だと思う。
そんな中で中王区へ入ることができる理由を上手く誤魔化せる自信もないしね。



仕事はやはり忙しさを極め、お見送りにいくか結局決められず時間はあっという間に過ぎていった。そんな悩みをへでもないというように、一郎から連絡が来ていた。4連休の前日は夜勤明けとなっている。すこし寝てから出発の前日からお邪魔することになった。それまで、仕事気張りますか。












死ぬ気で夜勤を終わらせ、イケブクロに向かう。他の人はカルテ記載がまだ終わらない様子だったがごめんなさい、お先です。

自宅に帰り、シャワーを浴びて3時間後にアラームをセットする。…五分ごとに五回セットしておこう。起きれなかったら嫌だし。起きて準備すれば15時すぎには向こうに着くだろう。夜通し起きていた私はスッと眠りについた。









爆音のアラームが三回鳴り響いたところで、ようやく体を起こした。よかった、多めにかけておいて。
上りきって真上近くにある太陽の光が窓から差し込んでいる。陽光を浴びて、ぐっと伸びをしたら、滞っていた血流が流れだすように感じた。幾分かスッキリした頭でお泊まりセットを準備し化粧を軽くして家を出る。


日中のランチタイムも過ぎ、少し町の賑やかさは落ち着いていた。電車もすいておりお泊まりの大荷物も苦にならない。久々に会えるワクワクと嬉しさの反面、明日に迫り来る出発に不安も胸に抱えながら、電車に揺られていた。


いつもと同じようにインターホンを鳴らせばしばらくして扉が開いて中に招かれる。

「おかえり、春」
『たっ、ただいま。』



そうだ。この間からやけにおかえりと言われるようになった。毎回慣れることはなく私は気恥ずかしさもありどもってしまう。おじゃましますと言う前に、彼らはおかえりと招き入れる。いや、嬉しいんだけど。嬉しいんだけどさ。なんか、落ち着かない。


『ね、ねぇ一郎、』
「なんだ?」
『…あの、なんか、気のせいだったらいいんだけど。』
「春にしちゃ歯切れ悪い言い方して、どうしたんだよ。」
『最近、おかえりっ…て、』
「ああー…」


そりゃお前に、ここが帰ってくる場所だって思ってほしいからだろ。さも当たり前かのように言ってのける一郎に、目頭がツンと痛くなるのを感じた。なにも言い返せない私に、一郎は早く慣れろよとわしゃわしゃと頭をかきまぜる。



「つーか、仕事大丈夫か?最近忙しそうだったのに、呼び出して悪ぃな。」
『むしろよかったの?こんな忙しい時に…。実は、明日から休みとってるから私は大丈夫。』
「そっか、…さんきゅ。」
『一郎…』


やっぱりどこかピリついてる一郎の雰囲気に、こっちの不安まで助長されている気分になる。荷物をリビングの端の方に置き、ソファーに座る一郎の横に座った。少し沈黙が流れる。


『いちろ、』
「…情けねぇよな。一度決めたことだ、変えることはしねぇ。けど、」


弟たちを、バトルに連れていくことに不安を覚えているのか。一郎は膝の上に肘を置き、指を組んだそこに顔を埋めている。その瞳は隠れており、表情は伺えない。


「弟たちにはカッコつけてばっかなのによ…」
『一郎!』


弱音を吐く一郎に、不安が膨らんでいく。こんなの、一郎らしくない。ぐいっと少し乱暴に両頬を手のひらで包んでこちらに顔を向かせる。少し驚いたような、やっぱり不安を少し滲ませた赤と緑があった。



『私、私ね…!こんな時に悪いんだけど、すごく嬉しいの。いつもカッコいい一郎が不安を私に話してくれるなんて。大事な時なのに、私を呼んで、頼ってくれて。』


自惚れかもしれない。頼ってくれてる訳じゃないかもしれない。でも、今、弱っている姿を見せてくれてるのは、いつもおかえりと迎えてくれるのは、きっと、


『こんな赤の他人なのに、私を、受け入れてくれて、嬉しい。』


黙って、震えているだろう私の言葉を一郎は聞いてくれている。ごめんね、つたない言葉でしか伝えられなくて。



『私だって、心配だよ。二郎と三郎、二人ともまだ子どもじゃない。って、思うよ。でも、一郎が居てくれるから、二人も子どもで居なくていい。胸を張って、バスターブロスのメンバーなんだって言えるんだよ。
だから、子どもだからって理由では心配しないことを決めたの。純粋に、大切な人が闘いに出ていく心配。二郎、三郎だけじゃない。一郎のことだって、心配なんだよ。
大丈夫、あなたが認めた二人だもん。強いよ。
不安や心配は、私に任せといて。一郎たちの分まで、不安がって心配してあげる。』


だから、あなた達は、


『胸はって、ぶちのめしてこいっ!』






そう締めた私の言葉に、いつもの笑顔で一郎は笑いだした。


「はっはっは!んじゃまぁ、俺の不安や心配は、春に託しとくぜ!」
『お、おう!任せろ!』
「カッコ悪ぃとこみせて悪かった」
『ばーか!たまにはカッコ悪くないと困るわ!』
「ん?」


くっそ、口滑った!!!!こ、こんなこと言ったらいつもカッコ良いって言ってるようなもんじゃんか!バカは私のお口だよ!


「…さんきゅ、春。
……あとな、お前は赤の他人なんかじゃねぇよ。」



わしゃわしゃと頭をボサボサにされるのは本日二回目だ。ありがとう、と小さく呟いたのは聞こえただろうか。

その後に帰ってくる二人を勝つために今日はカツだー!と揚げ物をせっせこと揚げた。やっぱり、二人も緊張しているみたいで言葉が少なくなっていた。空気を読まない私はいつも通り可愛い天使と撫で回したのだが。


お風呂では夜勤明けの短い睡眠しかとっていなかったからか意識飛んでた。一郎が外から生きてるかと声をかけてくれて一命をとりとめた。危ない危ない、大事な日の前日に迷惑かけるところだった。
それぞれが部屋へ休みに入ったところで、私もソファーに横になる。


神様、どうか彼らが全力で闘えますように。



















朝、一足早く起きて朝食を準備する。トースターと目玉焼き、ウインナーを炒めてケチャップで装飾する。それぞれが起き出し、揃って朝食をとる。さすがに当日は軽口を叩けなかった。刻一刻と、出発の時間が迫り来る。数日間泊まり掛けということで荷物は多く準備にそれぞれとりかかっているところだ。



「二郎!三郎!準備は整ってるか?」
「はい!いつでも出られます!」
「ぁ、…ごめんよ、兄ちゃん…準備に時間かかっちゃってて…」
「はぁ…二郎はギリギリにならないと準備しない癖、直した方がいいぞ。」


そこから一郎から二郎への説教、そしてなぜか二郎と三郎の兄弟喧嘩に発展する。その二人の頭に一郎が拳骨を落とし鎮火された。


『もー、こんな時まで喧嘩しないの!』
「はぁ、ったく。明日はいよいよテリトリーバトルなのにチーム内で揉めてちゃ話になんねぇだろ。」


しょげる二人に、明日対戦するMTCの強さについて説明し、脅しを交えながら気を引き閉めさせる一郎。碧棺左馬刻。私もお目にかかったことはないが、もちろん大きな勢力としての噂はきく。加えて、あの一郎が力説する彼の強さ。明日対峙するわけでもない私も、思わず固唾を飲んだ。


しかし、それに対して甘い考えでチームに入ったわけではないと覚悟をそれぞれ口にする二人に、口許が緩んだのが分かる。それは一郎も同じなようで、二人を誉め、士気を高める。


『ほら、もう時間ないよ。最終チェックしておいたら?』
「うん!」
「大丈夫だとは思うけど、しておくに越したことはないね。」


それぞれが荷物の最終チェックにはいり、リビングには私と一郎が残った。

「…」
『よかったね、一郎。』
「ああ。改めて、俺も気を引きしめねぇとな。」
『大丈夫。なんてったって、私のヒーローたちだもん。強いよ。』
「…春、」
『うん?』


名前を呼ばれ、一郎の方に顔を向ける。
その瞬間、端正な顔が目の前にあり、唇に触れた。
ちゅ、と軽い音が響くが私の脳内はフリーズしている。
え、ちょっとまって、何が起こってる?



「…春、ホントは帰ってから言おうと思ってた。でも、なんかもう限界だ。」


ちょっとまって、私のキャパのほうが限界だ。
好きだ、と甘いテノールで囁かれ、私の口はパクパクと音を失って開閉するのみ。頑張れ、私の口。


「お前が居てくれるから、頑張れる。待っててくれ、帰ってくっから。」
『っ…、うん…うん!……待ってて、いいんだね?私、ここで…』


ぎゅう、と抱き締められ、抱き締め返す。彼の不安を私が吸いとるように、私の勇気を分けるように、祈りながら。

準備できたよ!と、二人が声をかけてくる。
もう、行かなきゃ。そう口にしようとすると、再び甘い口づけが唇を掠める。


「続きは、帰ってからな。」


ぼっと改めて顔が赤くなるのがわかる。顔が熱い。ぱたぱたと気休めに手で顔を仰ぎながら、玄関へ向かうその背中を追った。





「行ってくるね、春姐!」

三郎。

「みといてくれよな、姐ちゃん!」

二郎。

「んじゃ、行ってくる。」

そして、一郎。





『いってらっしゃい!気を付けてね!!』











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