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□カランコエ(一郎連載@)
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一郎と私の関係性。家族ぐるみで仲の良い友人から、一歩進んで恋人になった。だからといって、今まで築き上げてきた友人以上恋人家族未満の関係が消えてなくなるわけでなく。急に近づいた関係性の距離感に、感覚をつかめずにいるのが現状だ。

─20,嫉妬、掴みきれない距離感─



イケブクロで山田補給をしてから、また激務の日々。体調を崩したスタッフが数人いて人手が足りてない。泣きそうだ。今日も朝起きて仕事に行かねばならない事実にため息から始まった。すでに補給した癒しがゼロに近づいてる。燃費が悪いもので。

バタバタと、忙しなく過ぎていった午前中。やっと休憩に入れた。30分遅れたため残された休憩時間は30分。急いで食堂に向かい、無難なAセットを頼み(選ぶ時間が勿体ないので内容見ずに購入)昼食をかきこむ。この仕事してたら早食いは必修科目だなぁなんて。さて、推している作品のアニメ化情報を見ようと携帯を開くと、メッセージアプリに数件の通知が入っているのに気づく。2つはショップのセール情報、もう1つは友人から。


《あんた、やったね…》


はい?ちょっと状況が読めません。
一言その文面が、前回途切れた会話の後に浮かんでいる。何が、と返せばすぐに既読がついた。向こうもお昼休憩だろうか。


ピロン、と新しく通知が来ている。何か画像が添付されている。なんだなんだ、コラボカフェ付き合えスクショか?と思えば、そこには信じられないものが写っていた。どこかの週刊誌の一ページ。

見出しにはでかでかと【話題のあの人が職場恋愛!名前で呼び合い親しげにならんで歩く姿を激写】

そこにはモノクロの写真がページのほとんどのスペースをとって印刷されている。なけなしの目元の黒い目隠し。白衣の寂雷先生と並んでナース服を着ているその女性は、見た人にはわかる。



わ た し だ !!



まってまってまって。理解が追い付かない。
なぜ私が寂雷先生との熱愛報道が!?
やめてよこんなの女の嫉妬の矛先サンドバッグじゃん!



《すりーぷもーど}
{現実逃避すんな、春!》
《まって、どうしてこうなった}
{知らんがな!あんた、今日死ぬね。》
《やめて殺さないで}
{成仏なさい(合掌》
《いやぁぁぁぁぁ見捨てないでぇぇぇぇ}




だめだ、絶対このまま職場で働けない。女社会はこんなことで容易に生活が崩れるんだぞ。恐る恐る病棟の休憩室(お弁当持参組)に戻ると、丁度昼のワイドショーがテレビで流れている。


『(おわった…!)』
「桧原先輩、有名人ですね!」
『田所さん!?』
「いいトコ狙ったわね」
『先輩!?』
「外来の行き遅れ組は神宮寺先生狙ってたからね…風当たりきつくなるわよ。御愁傷様。」
『事実無根です…ぅぅ…』
「そうなの?」
『はい…私には、心に決めた人が…』

んんん?なんかついでに暴露してしまったぞ。

「えっ桧原先輩、恋人いたんですか!?」
「へぇ、枯れてると思ってた桧原さんが。」
『かっ、枯れてる!?』

そんなこと言われてたの、私!?
てか付き合ってるとは言ってないけど…
いや、付き合ってるんですけど!まだ私も実感がないというかなんというか羞恥心があるんですけど…。

「桧原さんの彼氏さんについては気になるけど、休憩時間終わりよ!」

はぁい、とバタバタ歯磨きに向かう休憩組。休憩した気にならない!どっと疲れたんですけど!げんなりして、私も歯ブラシに歯みがき粉をつけるのだった。



午後からも緊急入院がきたりとバタバタして時間は過ぎていった。もうくたくたで、立ちっぱなしの業務で足も浮腫んでいるのが分かる。くたびれた格好で職場を出ようとしたら、ざわざわと何やら声が聞こえてくる。視線を向けると、カメラを持ってたむろする複数人。ひぇ、こわい。人気者に関わるとこうなるのか。きっとこれは熱愛報道効果だ。

このまま出ていったら、餌食になりかねない。
どうしよう…。

悩んだ末、遠回りだが職員しかわからない道を通って帰ることにした。友人にヘルプも出しておこうと携帯を開くと、通知が一件。



────一郎だ。

あああ!私は思わず頭を抱えた。あれだけテレビや雑誌ででているんだ、勿論一郎にだって情報がいくだろう。


《仕事終わったら、連絡くれ》


も、もしかして怒っているのだろうか?恐る恐る、終わったよ、と返信を返すと既読がつくなり着信画面が表示される。驚いて携帯を落とすところだった。

『もしもし?』
「おう、おつかれさん。」

文面とは裏腹に、一郎の声は明るかった。ほっと緊張が解ける。ありがとう、と返すと、一郎にしては歯切れの悪い返事が返ってくる。

「あー、えーっと、」
『?』
「…迎えにきてんだけどよ。病院に。」
『えっ、?』
「正面はすげぇ人だかりだから、どっか違うとこで落ち合えねぇかなって。」


それじゃあ、と裏道を抜けた先を口頭で伝える。じゃあそこ向かうな。と電話は切れる。表の人だかりが、一体何を目的にしているか一郎は気づいているのだろう。


細道を抜けた先に、フードを目深にかぶった一郎を見つける。足音に気づいた一郎がお疲れさん、と労りの言葉をくれた。

「車あっちに停めてっから。」
『うん、ありがとう。』



少し歩いた所に車は停まっており、乗り込んで発進する。向かう先は、道の方向的に私の家だ。車内で会話はなく、しんと静まり返る。あまりの緊張感に、膝の上で握った手のひらに汗が滲むのがわかった。


バスで20分程度のところ、一々バス停で止まらなくていい分、早めに自宅に着いた。


『あの、上がってく?』
わざわざ迎えに来てくれて、送ってくれるだけもどうか。それに、この騒動だ。誤解を、解いておきたい。…誤解してるかどうかもわからないんだけれども。


「じゃあ、ちょっとだけ邪魔するわ。」

来客用の駐車スペースに車を停めて、マンションのエレベーターに乗り込む。その間、私の頭のなかは部屋が汚い!ということでいっぱいだった。

『ちょっと!ちょっとだけ片付けるから、待ってて!』
「気にしなくていーのに。」

こっちが気にするわ!!
玄関先に一郎を残して脱ぎ散らかした服と洗濯して吊るしっぱなしの下着を回収し収納に押し込む。両足ペアなはずの靴は散乱していたため靴箱に直す。洗い物もシンクに溜まっているが少しだけなので許容範囲、だと信じる、私は信じてる!

バタバタと押し込み戦法で片付けた部屋に、一郎を招き入れる。

『お茶かコーヒー、どっちがいい?』
「コーヒーで。」
『アイスー?』
「おー。」


冷蔵庫に入ったブラックコーヒーのボトルをコップに注いで先に座る一郎の前に置く。恐る恐る、一郎の表情を覗き見れば、その口はすこしとがっていた。

『…』
「…」
『………』
「………なんだよ、人の顔じっとみて。」


どこか、拗ねたようなその表情に呆気にとられていたのが正しい。

『あの、怒ってる……よね』
「?」
なんで、と言わんばかりに眉を潜める一郎に、慌てて私は続きの言葉を発する。

『だ、だって……仮にも、彼女の熱愛報道みたいなのみたら、いい気しないし。でも、ほんっとに寂雷先生とは何もなくて。話すっていっても仕事関係での話がほとんどだし。…前に、カウンセリングしてもらったりしてて、話しやすい相手で他の職員よりかは気にかけてくれてるところもあると思う。ちょっと前に、寂雷先生のことで報道陣に絡まれてたところを先生が助けてくれて、その時に今回の写真が撮られてたみたい。…ホントにやましいことはないの。』

言い訳がましく、つらつらと言葉が流れていく。こんなことしか言えない自分に、情けなくなってきた。

『だから、その、……嫌な思いさせて、ごめんね。』


沈黙が、つらい。しばらくして、はぁーっと長いため息を一郎が漏らす。びくり、と肩が勝手に跳ねた。あきれてる?呆れてるよね。こんな言い訳並べ立てて。


「あー、もう!!!」
ガシガシと一郎が頭を掻いた。

「春に怒ってるわけじゃねぇよ。なんつーか、不機嫌に近いっつーか。…あああああ、なんっだよカッコわりぃ!!」

俯いて両手で顔を隠す一郎に、私はびっくりする。なんでそこで一郎がカッコ悪いことになる?
分からないまま一郎を見ていると、今度は立てた膝に腕を組んでそこに顔を埋めてあー、やら、うー、やら唸っている。えっと、なにどういう状況?
しばらくして落ち着いたのか、ゆっくりと顔が上がる。その頬は、うっすらと赤らんでいて。


「……寂雷さんに、嫉妬した…」


ポツリと呟いて、またその顔は腕のなかに沈んでいく。続いて、つーか仮にもじゃなくて春は俺の彼女だっつーの。とくぐもった声が聞こえた。



えっとなに、天使?
その表情の破壊力に思考停止したけど、その言葉の中身についても思考が停止する。語彙力が著しくオーバーキルされている。なに、えっと、嫉妬?


『つまり……ヤキモチ?』
「ぐっ……みなまでゆーなよ。」


マジで情けねぇな、俺。といいながら今度はちゃんと顔が見えるように真っ直ぐ私を見つめてくる。
そのまま、大きな手が私の頬に触れる。


「俺の、なのに。」


ドクリと、心臓が脈打ったのが分かった。オッドアイの瞳に捕らえられて、その視線から逃げられない。顔に熱が集まる。ああ、好きだ。キュンと締め付けられる胸の痛さが、切なさにも似て目頭が熱くなってきた。


『わっ、私なんてっ…!』
「ん?」

なんだ言ってみろ、と促すような優しい声色。やめてよもう、泣きそう。


『美人でも、かわいくもないし…可愛げすらないしっ…!や、優しくてカッコよくて、頼りになる、一郎なら、もっと ふ、相応しい子が、居るんじゃないかって…元々有名人なのに、どんどん、有名になっていくし……!』

ボロボロと、抱いていた不安と共に涙が溢れ出した。やだ、かっこわるい。恥ずかしい。止まってよ、私の口。

『ずっと前から不安なのにぃぃぃぃ』


我ながらなんて可愛くない泣き方をするんだ。うえええええーっと泣き出した私に、少し驚いた顔を浮かべるも、一郎はくしゃりと破顔した。な、なんで笑うの!?こんな不細工に泣いてるのに。笑う要素なくないです!!?


頭を抱き寄せられ、ぐしゃぐしゃに濡れた顔面は一郎の肩に押し付けられる。あああ、鼻が詰まって一郎の匂いがわかんないよぉぉぉうわぁぁぁぁぁん。


「ははっ、バカだなぁ。」
『バカとは!?』
「俺も、お前も、思ってることいわなさすぎたな。」
『………いちろ、ほんとに私のこと好きなの…?』
「何疑ってんだよ。」
『だってぇ…』
「……仮にも、なんて言わせちまったのは、俺が不甲斐ないせいだな。」

わりぃ、と謝る一郎。一郎のせいじゃないと思うんですが。1000%私の自信がないせいだと…。

「…正直、春は俺のこと二郎や三郎と同じで年下の弟や友人ぐらいにしか思ってねぇんじゃねぇかって、不安だった。」


初めて、聞く一郎の不安に、涙がぴたっとひっこんだ。え、そんなこと思ってたの?一郎の肩から少し顔を離して一郎の顔の方へ向くと、一郎もこちらを向いていた。あまりの距離の近さに再びドキリとする。


「どうあがいたって、俺はまだ未成年で、年の差を埋めることはできねぇ。いつだって、俺の前に春は立ってて、追いかけてんだ。」

待って。前になんか、こんな臆病で、弱い私が立てるわけない。

「弟たちの前では俺がしっかりしねぇとって思っちゃいるけど、春の前でだけ、カッコつかねぇよ」

『そんなことないっ…!いつだって、私を引っ張りあげてくれるのは、眩しくて、あったく照らしてくれてるのは、一郎だよ。』

「あー、そう真っ直ぐ褒められるとなんか照れるわ。」

『本心なので。』
「急に真顔。」

説得力はんぱねぇ、と笑う一郎は、まさしく太陽だ。

「あー、なんだ。だからその、男としてあんま見てくれてねぇんじゃって思ってたけどよ。春も嫉妬して不安だったんだな、て思うと嬉しくて。」


可愛いが過ぎる。イケメンで可愛いってどういうことなの原理が崩壊するんですけど。


近かった距離が、更に縮まる。鼻先が触れ、そっとまぶたを閉じる。唇に自分とは別の熱を感じ、顔に熱が集まっていく。

熱が離れ、まぶたを開く。お互いの視線が絡む。
一郎の瞳の奥が愛しさを孕んでいる。


「春、すきだ。」
『私も、すき。』


今度は私から、一郎の首に腕を回して抱きつく。
なんて、愛しい。大切な人。


「前ばっかり行くなよ。俺の隣にいてくれ。仮にも、なんて言うな。正真正銘、俺の恋人は春だ」
『こっちの台詞です。……へへ、嬉しい』


ずびっと泣いたせいで詰まった鼻をすすり、色気なんてない。
それでも再び、甘いキスを。





2021/4/2:加筆修正
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