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□カランコエ(一郎連載@)
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人が亡くなった時、その人の事で一番に忘れるのは声だそうだ。数日声を聞かなかっただけで大好きだったあの声が思い出せなくなるのではと恐怖が襲う。私の中に残る彼の声は、果たして本物と同じ音なのだろうか。


彼の唇は動くがそこから聞こえるはずの音は聞こえず。なによりあなたの声がききたい。大好きでドキドキして、安心する声を。




─30,側にいるから─




電話越しで聞こえた助けを求める声に、腹の底から怒りに似たような感情が沸き上がった。俺が何かここで言っても春には聞こえていないのが分かっているので通話を切ってメッセージを送る。
車のキーをもって上着を羽織ると気づいた二郎が振り返った。


「兄ちゃん、どっかいくの?」
「ちょっと春のとこ行ってくる。あんま夜更かしすんなよ、二郎」
「わ、わかったよ兄ちゃん…気を付けてね!」



一応、春の事は弟たちにも話しているため事情は把握している。心配しているのは二人も一緒だ。だから、こんなギリギリじゃなくてもっと早く俺たち…俺を頼ってほしかった。悔しさでハンドルを握る手に力がこもる。



家につき、迎えでた春は涙を浮かべて目の縁を赤く染めていた。俺の顔を見るなりポロポロとこぼれ落ちる涙に、春の限界がこんなにも近付いていた事に気付く。家に入り、ぎゅうっと抱き締めた。その身体はたった数日会わなかっただけなのに小さくなったように感じる。


俺の背中に手を回して服を握りしめる春。わかってたじゃないか、いじっぱりで変な所で素直になれないこいつは大丈夫だって誤魔化すなんて事。
仕事が立て込んでいた、なんて言い訳にすぎない。ちょっとぐらい二郎や三郎に頼んで春の様子を見に来るなり見てきて貰うなり出来たはずだ。



電話を貰ったときに湧き上がった怒りの矛先は、俺だ。頼って貰えなかったのは誰のせいだ。こんなになるまで放っておいたのは誰だ。春の大丈夫、に甘えてたのは、俺だ。春が甘えろって言ってくれていたのは、きっとこんな甘えかたじゃなかったのに。







春を抱き締めながら、大丈夫と伝えるようにポンポンと背中を一定のリズムであやす。溢れる涙が落ち着き、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら少し離れて見上げた春。その口から漏れたのはごめんね、と謝罪の言葉だった。どうしようもなくなって、もう一度自分の胸の中に閉じ込めた。



俺の腕をタップしちょっと痛いよと眉を下げて笑うから、渋々放してやる。ばーか、と大袈裟に口を動かせば伝わったのかむっとする春に、はははと笑みが漏れた。2人になって安堵したのか真っ青だった顔色は少し血色が良くなったように感じる。



[ちゃんと食ってんのか?]
〔食べてるよ〕
[カップ麺?]

『………』
〔食べてるのには変わりないもん。〕


言い訳する春にデコピンをお見舞いして、気をまぎらわす冗談はそこそこに真剣な話をしよう。ここに来るまで考えていた事だ。



[春、うちで療養しよう。一人で過ごしてるよりそっちの方がいい。]



静かな所に一人でいるより、視界に人が居て雰囲気も騒がしい方がいいに違いない。きっと二郎も三郎も助けてくれる。あいつらも、大概 春バカだからな。きゅっと眉根にしわと口を寄せて頷く彼女の手を引いて家にくる準備を始めた。






家に帰ると、早く寝ろと言っていたのにリビングには二郎と三郎が揃って起きていた。春をしばらく家におくことを伝えると、二人は春に笑顔で頷いた。


[姐ちゃん、俺来週からテストなんだ。勉強教えてよ]
[僕も、学校終わってからになるけど新しいボードゲームをいくつか新調したから、一緒にしよう]



それぞれ画面に打ち込んだ画面を春に見せると春は眉を下げながら笑っていた。ありがとう、天使(二郎)と妖精さん(三郎)、愛してる、とオタク特有の早打ちで入力し二人は呆れて笑っていた。いつもの春の様子が垣間見えて、俺も安堵の息を漏らす。




それから、各自の時間は部屋に引きこもっていた弟達はなるべく春の近くに居るようになった。三郎が、タブレット端末を改良し音声で話すと画面に表示されるようにして春と俺たちのコミュニケーションは幾分か便利になった。さすが三郎。二郎も、勉強を教えて貰いながら春とコミュニケーションを図っている。出来たことを褒めてやると全力で喜びを表現する二郎に春も笑顔を向けている。



そろそろ2週間、春の耳はきこえないままだ。あれから時折寂雷先生と連絡をとって情報を聞いている。他の被害者はほとんどが回復し聞こえているそうで、あと3名ほどがまだ聴力を取り戻せていない状況だと。



俺たちと過ごす時間は笑顔を見せている春だが、食事はあまり食べられずやつれていく一方だった。
夜はやはり静かで恐怖が襲ってくるみたいで初日に定位置のソファーに腰かけたまま眠っていた姿を見て俺のベッドで一緒に寝ることに決めた。本人は最初こそ照れていたがなんとか説得して今やシングルベッドを共有している。


ちゃんとここにいる、と伝えようと抱き締めて寝る。暗闇の中、ごめんねと謝り続ける彼女が縮んで消えてしまいそうで、更に抱き締める腕に力を込めた。小さな肩に細くなった腰。肩に湿った感触。それになんとかしてやらないと、と強く思う。




寂雷さんに相談してみるか。
寂雷さんに連絡をとり、元凶となった違法マイクを調べると何か分かるかもしれないと結論が出た。
まずは違法マイクを探す。それが目前の目標となった。



絶対なおる。
お前の耳はまた聴こえる。
絶対、大丈夫だ。




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