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□カランコエ(一郎連載@)
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翌朝、寂雷さんから連絡が入る。カウンセリングメインで行い、寂雷さんのラップアビリティのヒーリングでなんとか治せそうらしい。そのカウンセリングが胆だったみたいで、そこを克服しなければ音を取り戻せないとのことだった。春と弟達にそれを伝えると、それぞれ喜びの声をあげる。久々に春の明るい笑顔を見た気がする。



〔はやくみんなの声が聴きたいなぁ。〕


そうやって画面をみせ笑う春の頭を撫でてやった。



─32,あなたの音─






寂雷先生のカウンセリングを受け、気持ちが少しだけ軽くなった。微かに、とても遠くに聴こえる音。ほとんど聴こえないに近いが、そのあとに寂雷先生のラップが唱えられたみたいだ。ちゃんと聴きたかったなぁ。


まだ少し遠いが、音が聴こえてきた。寂雷先生のラップのビートの音が大きくなるにつれて私の目頭は燃えるように熱くなり、涙が頬を濡らした。



「ね、姐ちゃん…」
「春姐、聴こえる…?」


付き添いに来ていた三兄弟。不安に瞳を揺らしながら聞いてくる二人に、頷いて返す。


「春、よかったな。」
『っ……一郎っ!』



聴きたかったその声に、さらに涙腺が崩壊した。ああ、この声だ。大好きなこの声。私の中のあなたの声は間違っていなかった。でもやっぱり、私の記憶の声なんかよりずぅっといい。嗚咽混じりにお礼を伝える。



『き、聴こえる…!治った!治ったよぉぉぉ…』



びええええん、と効果音をつけるならそれだ。汚い泣き方。だって仕方ない。それほど嬉しいんだもん。



「良かったですね、春さん。」
『寂雷先生も、お忙しいのにありがとうございました』
「いいえ、ほとんど一郎くん達が動いてくれた事です。」



私はその言葉に頷いた。寂雷先生にもう一度お礼を伝えて診察室から出る。

今まで聴こえて当たり前だったことを突然失って、どんなに今が幸せか分かった。当たり前なことに、感謝しなくちゃいけない。聴こえること。助けてくれる人が居ること。愛しい人の声が聴けること。



『沢山してくれた一郎、二郎、三郎。
心配かけてごめんね。』
「ううん!俺こそ、姐ちゃんが勉強教えてくれて助かったし…!ほんとに治ってよかった…!」
『教えたからには、テストの点数の報告楽しみにしてるね』
「う"……期待はそこそこでオネガイシマス…」
『えー?』


二郎。勉強を教えてたお陰で、余計なことを考える時間が減ったと思う。テストの件に触れると目を泳がせる二郎に笑った。


「ほんと良かった…もう違法マイクにやられるなんてヘマしないでよね。次なんかあったら襲われる前に逃げる。」
『はぁーい。家でずっと側に居てくれてありがとね、三郎。』
「……たまには長期休みで良かったんじゃない?また新しいボードゲーム買ったら一緒にやろ。」
『今までで一番長くお泊まりしたね、寂しくて泣かないでよ?…いや、やっぱり泣いてもいいよ、抱き締めてあげる!…うっ、やめて病み上がりにそんな冷たい視線を送るの…!』


減らず口を叩きながらも、二人が外に出ている間は私の側にいてくれた。近くに体温や気配を感じるだけで私の不安は軽減されてた。もちろん、ゲームをしたり楽しい時間もくれた。



「じゃれてねぇで、帰るぞ。春もまだ体力落ちたまんまなんだからギアあげてるとしんどくなンぞ。」
『そうだね。』
「二郎、三郎。春送ってくるから先に帰っててくれ」
「わかったよ!」
「春姐、お大事にね。」
『またね〜!ほんっとにありがとー!!!』


何より、一郎。私を一人で過ごす家から手を引いて抜け出してくれた。静寂に潰されそうになる夜は抱き締めてくれた。力強いその腕に安心できたし勇気付けられた。感謝してもしきれない。久しぶりに自宅に帰る。荒れ果てたまま出てきたから、ぞっとする。


『散らかってるけど、ちょっと上がってく?』
「おー、片付け手伝うぜ」
『ありがと…』


カップ麺のゴミと、冷蔵庫のダメになった食材をゴミ袋に放り込む。無駄にしちゃってごめんなさい。あとは洗濯を回し、少し埃っぽい部屋を換気して掃除機をかけてある程度片付いた。リビングでじっと過ごしていたのであまりごちゃごちゃしてなくて良かった。一息つくのにお茶を淹れて、改めてお礼を伝える。


『ありがとう、一郎』
「いや、そんな散らかってなかったし」
『片付けもそうだけど、家に置いてくれて』
「……」
『依頼も、難しいのとか時間がかかるやつとか、断ったりしてたよね。迷惑かけてごめん…』



できるだけ側にいてくれるようにしてたのは分かってた。夜も必ず帰ってきて一緒に寝てくれた。長いこと滞在させてもらった間、依頼を絞っていただろう心当たりがある。負担になりたくないと意地はった結果これ。呆れて物も言えない。こんなキャパシティの小さな私に甘えてくれなんてどの口が言ってるんだ。


はぁ、と大きく息をついて一郎が口を開く。
「あのな。ずっと言おうと思ってたことがある。」
『…うん。』



何を言われても仕方ない。酷い罵りを言うような彼ではないと分かってるけど。もうちょっと強くなれとか?逆に甘やかされるとか。守られるだけの存在でしかない、って再認識しちゃうかも。



「文字じゃなくて、ちゃんと直接伝えたかった。お前は俺に甘えろ甘えろって言うけど俺だって春に甘えてもらいてぇし、今回頼ってくれて不謹慎だけど死ぬほど嬉しかった。だからそんなに謝ンなよ。」


くしゃ、と私の頭を撫でて悲しみの色に瞳を染める一郎。そんな彼に息がつまった。


『…っ』
「大丈夫だって心配もさせてくれねぇ。俺はそんなに頼りなかったか…?」
『そんなことない…っ!』


そんなこと、あるはずない。


『私が、一郎に甘えちゃったら…一郎が私に甘えてくれないんじゃないかって…!こんなことで恐怖に支配されて動けなくなる私が、一郎の隣に並べないんじゃないかって、思っちゃって…。』

『、でも結局、私の頼る人は…一郎しかいなくて。情けなくて。耳も聴こえないし、一郎の声がもし。もしも一生聴けなくなったら、死ぬほど辛くて。』


もう何を言っているのか、伝えたいのかぐちゃぐちゃで訳が分からない。でも、今伝えるべきなのはこれだ。ぎゅう、と一郎に抱きつく。


『っ…すぐに頼らなくて、ごめんねっ』
「うん、」
『今までも十分なぐらい甘えてるけど、もっと甘えても、いいかな…?』
「もちろんだ。」
『こんな弱い私でも、甘えてくれる』
「俺こそ十分甘えてるって。」


ぎゅう、と抱き締め返される。


『全然足りないよ…』
「そうか?んじゃ、もっと甘える。」



そう言ってぐりぐりと私の頭に頬を擦り付けてくる一郎。え、なに、かわいい。私の心臓が破裂するぞ。


『絶対だよ?』
「ん。…春、ちゅうしてぇ。」


ちゅ、ちゅう…!?こんな甘えかたは想定外だ。大丈夫かな鼻血でてない?抱き締めあっていた身体を少し離し、彼を見上げるとすぐそこに整ったお顔が。すこし首を伸ばして、ちゅっと軽く口づけを送る。


「もっと。」


今度は一郎から。唇を食み合って深
くなっていく。やっと離れたと思った時には息絶え絶えだった。


『は、っ……思ってたのと違うんだけど。』
「ちゃんと甘えただろ?」
『あはは、よくできました。』


いたずらっ子みたいに笑う一郎に、なんだかおかしくなってつられて私も笑ってしまう。でも笑ってたかと思うと急に考え込んで真顔になる一郎。次には私にそっぽ向く形で顔をそらした。


『え、なにどうしたの?』
「…何でもねぇ。」


私とは反対を向いたまま答える一郎。


『嘘。ねぇこっち向いてよ。』
「今ムリ。」
『こーら、何かあるなら言ってよ。』


顔を覗き込めば、表情をみる前に身体ごと向きを変えて背中を向けられた。


「俺、頼ってもらえなくて拗ねてただけだなって、急にダサく思えただけ。」


がしがしと頭をかく一郎の耳が赤く染まっているのに気づく。は?なに?可愛すぎかよ。いつもは大きい背中は今回ばかりは小さく感じる。後ろから抱きしめ、私が両手で一郎の髪をかき混ぜる。



『すき。』
「今は素直に喜べねぇ〜」


背中に抱きついたまま伝えれば、そう漏らした一郎だった。






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