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□カランコエ(一郎連載@)
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夜勤が終わり、更衣室をでた。バスの時間をみていると着信を携帯が知らせる。あれ、二郎だ。
今日は平日で学校のはずだけど…


〈あ、姐ちゃん?あのさ、今日仕事?〉
『ううん、今夜勤明けで帰ってるところだよ。どうしたの?』
〈兄ちゃんから連絡来たりしてない?〉
『来てなかったけど…』
〈そっか…兄ちゃん、今朝体調悪そうだったんだ〉
『そうなの?わかった、連絡入れてみるね。』
〈ありがとう、姐ちゃん!あ、やべ予鈴なった!〉
『勉強頑張ってね。』

二郎の声の後ろから懐かしいチャイムの音が聞こえた。ぷつりと通話を終えて画面を見ると、今から連絡をいれようと思っていた相手から不在着信が残っている。




─34,熱に浮かされて─





『もしもし、一郎?』
〈あー、春?……休みか?〉
『今から帰るところだけど…』


不在着信から発信する。やや掠れているような声で二郎と同じように聞くので兄弟だなぁと少し口元が緩む。


〈……そうか。いや、なんでもね…〉


なんでもない、と続くはずだったのだろうが、それは途中で激しい咳で遮られた。


『体調、結構悪いの?いますぐ行くから待ってて。』


あったかくしてて、と伝えて通話を切る。多分一郎のことだから心配した弟たちに気丈に振る舞って2人を学校に行かせたのだろう。それに加えて私に電話してくれたのに夜勤明けだからって遠慮しようとしたな、あれは。バス停から駅に行き先を変更する。






電車に乗り、向かう途中にゼリーやヨーグルトを買うためにコンビニに寄って、到着する。インターホンを鳴らして迎え出たのはマスクを着けて厚着している一郎。


「移したら悪いから、俺、部屋にいるわ。あんま近付くなよ…」
『なに言ってるの。……あのねぇ、わたしは甘やかしにきたんだけど?』


『熱は?』
「まだ」
『はい、体温計。寒気してる?咳酷かったけど喉いたい?』
「今はもう寒くねぇ。咳と、喉は痛いな…。」



寒くはないとのことで熱は今ピークなんだろう。てかそうだとしたら弟達を見送る時が熱が上がってきてしんどかったはずだ。体温計が音を鳴らして確認する。



『38,6か…しんどいね。関節痛い?』
「…熱が上がってくる時にちょっとだけな。」
『…一応病院いこっか。』
「…寝てれば1日で下がる。」
『はいはい、子どもみたいなこと言ってないで。保険証どこー?準備するから。』



唇を尖らせて言う一郎の頭を撫でる。症状を抑える薬でも貰った方がいいし、下がらなかった時どうするの、多分弟たち学校行かないぞ。と半ば脅しをかけるとのそのそと保険証と診察券を準備しだす。
車のキーを借りて運転席に座る。久々に運転するが、まあ大丈夫。だと思う。高熱の病人を歩かせるわけにもいかないしね。






一郎のかかりつけの診療所に到着し、受付で診察券と保険証を渡して問診票を受けとる。一郎はモコモコのダウンを身に纏い、冷えピタを貼って私の横に座っている。不謹慎だけどくったり私に寄りかかってきてるのかわいい。不謹慎だけど。つらそうな一郎は寄りかからせておいて私が代わりに問診票を記入していく。


「んー……。なんか、いいな。」

ぽつりと一郎が呟いた。熱でうるんだ彼の瞳が、私のペンを持っている手と書いている問診票に向けられることに気づく。



『何が〜?』
「住所とか、書いてくれるの。家族みてぇ。」



かぁ、と顔に熱が顔に集まるのが判る。私の肩に寄りかかる一郎からは表情は見えていない、はず。
え……なに、一郎さん熱でやられたの?わたしはそんな君にやられそう。パタパタと問診票が挟まったバインダーで顔を仰ぐ。残りを書き上げて受付に渡した。ていうか、風邪を引いた一郎は初めて見た。こんなにつらそうにしている。変わってあげたい。うっすら開いていた瞳も今は瞼に覆われている。順番が呼ばれるまで、もう少し待ってね。太くてしっかりした黒髪をポンポンと撫でた。






診察を終えて咳止めとトローチ、頓服の解熱剤を処方される。インフルエンザではなくてよかった。
帰宅し、お粥を作る。そういえば、冬には一郎が作ってくれたなぁ。だしがきいて美味しかった。溶き卵をいれて固まるまで蓋を閉じ、部屋で横になっている一郎の元へ向かう。


『一郎、食べられそう?』
「ん、……食う。」


起き上がって、ベッドの上に胡座をかく一郎の横にお盆ごと鍋を置く。


「食わしてくれるとかのイベントねーの?」
『え、自分で冷ました方が火傷しなくない?』


して欲しいならいくらでもやってあげるけど。ってもう自分で食べ始めてるし。やっぱり食欲はあまりないのか、2/3程度のところでれんげが止まる。



『残してもいいよ、私が食べるし。はい、薬。』
「ん。残して悪い…さんきゅ。美味かった。」
『食べただけ偉いよ。お粗末様でした。』


薬を飲んでまた横になるよう促す。毛布に布団も被せる。さて、りんごをすりおろしてこようか。小さい頃、熱が出たときはすりおろしりんごが鉄板だった。一手間が加わっただけで病人の特権のように感じた子ども時代。いまやその親はいないに等しい。
キッチンに向かおうと腰をあげると、布団から伸びてきた腕に手首を捕まれ中腰で止まる。


「どこいくんだ…?」


まさかこれは、甘えてくれてる発言だろうか。きゅんと胸の辺りが締め付けられる。じっと切なに私を見つめる一郎に息がつまる。弱ってる一郎の破壊力である。計り知れない。こんな時しか素直に甘えられないのであればこれを機、としてでろでろに甘やかしてあげたい。



『りんご、すってくるよ。』
「……そうか。」
『うん、すぐ戻ってくるね。』



そう言って部屋を出てからは猛スピードでキッチンに向かい早急にりんごを皮ごとすりおろす。慌てすぎて指まですりおろすところだったわ。部屋に戻り、今度こそスプーンに掬って口元に寄せると乾燥した唇が開く。あーんスチルだ。あ、また不謹慎だぞ桧原 春!


「うまい…」
『よかった。一郎、はやく良くなってね。』


汗でおでこに張り付いた前髪を剥がすように撫でれば、気持ち良さそうに目を細める一郎にきゅんです。


「春の手、冷たくて気持ちい…」
『一郎はまだ熱いね。薬効いてきたら少し楽になるから』


もう少しの辛抱だよと、そのほてって紅潮した頬に手を滑らせる。少しでも、この手のひらが一郎の熱を奪えるように。



「俺、あんま風邪とかひかなくて。」
『うん、初めて見たなぁって思った。』


一郎は瞼を伏せたまま言葉を紡いでいく。言葉の合間に熱を逃がすようにはぁと息を漏らす。しんどかったら寝てていいのに。


「熱が出ても、その内 治るってそのままにしてよ。」
『うん。』
「なるべく、アイツらに気付かれないようにって、気ぃ張って。」
『そっか。』
「…………誰かが居てくれると、心強いんだな。」


きゅう、と目頭が痛む。彼は、弟たちを守るために強くあらねばならなかった。兄としてしっかりしなければと気を張り続け、しんどくたっておくびにもださないようにして耐えてたんだ。


「こうやって、看病される、のも……なんか、いいな…」


薬が効いてきたのか、途切れ途切れに紡がれた言葉は穏やかな次第に寝息へと変わる。熱のせいで弱っていたのか、受けたことのない看病により漏れた心情なのか。何にせよ、いつだって強くあろうとして、強くある彼が私に甘えてくれている。それだけでよかった。この人が、幸せでありますように。
そして、まずはこの熱が早く下がりますように。祈るように、彼の手を両手で握った。









ん、と掠れた声に顔を上げる。ああ、私もベッドに寄りかかって寝てしまっていた様だ。流石に夜勤明けで眠気には勝てなかった。

「春…?」
『起きた?ポカリ飲む?』
「おう、もらうぜ。」
『はい、』
「さんきゅ。」


ごくごくと喉仏が上下するのを眺めている。喉が痛くて乾燥しているせいもあるのか、いい飲みっぷりだ。空になったペットボトルを受けとる。



『体はどう?』
「今は大分楽になったぜ!」
『薬が効いてるだけで、また熱上がってくるかもしれないから油断しちゃだめだよ。』
「りょーかい。……」


お盆の上にすり下ろしりんごが入っていたお皿や空のペットボトルを並べて片付けていると、視線を感じた。ベッドのほうを見れば、私を眺める一郎。



『どうしたの?』
「んー、、、ちゅーしたい。」



っ!!!!だっッッッッから!なんなの今日っ!今日は私の命日、れすといんぴーすってか!?!!?はぁ?甘えられたいけど、甘えられたらこんな副産物があるとは思わなんだ。命の危機感じる。いわば一郎は私の最推しなわけであって。推しにかわいく甘えられたら、そらそーなるわな。私としたことが。



「、ウソウソ、じょーだんだって。うつしちまうしな。」



へらりと誤魔化す一郎。でも本当に冗談だったのかもしれない。風邪を貰うリスクとかそれで休んじゃうかもしれない社会人の自覚やらなんやらはもう彼の熱に溶かされた。ぎしりと腕を付いてベッドを鳴らし、身を乗り出してキスをする。マスクは床の上に転がっていた。



触れるだけのキスを数度繰り返していれば一郎の手は私をベッドに引き上げて私の後頭部で頭を固定している。熱が下がりきってない一郎の舌と吐息が熱い。



『ん、ふ……』
「っ、はぁ……」


唇がようやく解放された。情欲に瞳が濡れている。流石に無理はさせられない…。ここは我慢して貰おう。



「ちゅー、だけ?」
『〜〜〜っ!!!』



可愛い言葉とは裏腹に、雄のように興奮を宿す瞳と表情。そんなの、ずるい。するり、と私の足の下にあった彼の太腿を付け根に向かって撫でつける。


『えっちは、だめ。』
「、」

スウェットの上から、やや起ちあがったそこを指先でくすぐれば一郎の肩がぴくりと跳ねた。









一郎の欲を処理してあげ、汗ばんだ体を拭こうか聞くとシャワー浴びてくるとのこと。ちゃんと温まってねと声をかけた。頭冷やすのに水とか被るの無しね。悪化する。
上がってきた一郎に湯冷めしないように厚着させる。 少し寝たものの、夜勤明けの私と熱に浮かされた一郎は再び睡魔に襲われる。



「春、こっち入れよ」
『えー、』
「もううつるもねぇからな。」
『もうっ!………熱でたら、また看病してね。』



そりゃぁ、あんなに口づけを交わせば今さらだけど。わざわざからかうように言う彼の肩を小突く。そして結局一緒に狭いベッドに潜り込んで眠りについた。




3時間後までに、弟たちの晩御飯を作るのに起きないと…







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