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□カランコエ(一郎連載@)
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「いらないって言ってるだろ!もう来なくていい、お前みたいな看護師知るか!」
『……失礼します。』



朝から受け持ち患者に怒鳴られた。朝の内服をしていなかったため声をかけると服薬拒否をされた患者。内服の種類をみて大切な薬があったため薬効と必要性を伝え内服を何度か促していると怒ったみたい。でも飲まなきゃあなたの身体が不調になるんですよ。と心の中でゴチる。

私のツイてない日はそこから始まった。






─35,良くない日。からの、出会い─






「なんでこれ準備してないんだ!使うって言ってただろ!」
『すみません、すぐ取ってきます!』


患者さんの処置中。準備物品が不十分でドクターに怒られてしまった。患者さんの前で大きい声ださないでよ…患者さんは悪くないのにオロオロしてたじゃない。…まぁ私が悪かったけど。人間ひとつやふたつぐらい忘れ物ぐらいするよ…。って、今回は簡単な処置だったからいいけど、ここは命を扱う場であり1つのミスが重大なミスに繋がることがある。もっと気を付けないと。

気持ちの浮き沈みがあったものの、気合いを入れ直した。


「桧原さーん、総務から電話!」
『はーい』
〈あ、総務ですけどあの、〜の件の提出書類ですが早急に提出してください〉
『す、すみません』
〈期限厳守とお伝えしていますので困ります!〉
『はい、今日中に提出します。すみません』


「桧原さん!14時半からの家族面談入ってって行ったよね!?」
『えっ、あ、こんな時間!?すみません…!』
「あの先生、面談記録しっかり書いてくれないのに…!」
『私が記録の件お願いしてきます…』


私の受け持ち患者さんの病状説明と今後の治療について説明するための面談を今日のリーダーから入るよう言われていたのに抜けていた。いつの間にか先生が来て話して終わっていたみたいで、リーダーからお叱りを受ける。


「桧原さん、委員会きてないぞって連絡〜」
『ああ、まだ記録が終わってないぃぃぃぃ…今から行きます!』


16時から委員会会議があるがもうそんな時間なのか。処置はなんとか終わらせたが、カルテ記録がまったく出来ていない。委員会行かずにカルテ書きたい……


「桧原さーん、今週末の学習会の資料なんだけど…」

あああああ、もう!委員会から戻ってきて記録を書いていると声をかけられる。なんなんだ今日は!そして今週末に開く病棟の学習会が今回担当だったのを思い出す。ううう、記録を終えたあとの課題(学習会の資料作成)ができた。泣きそう。ムリ。







なんとか仕事を終えたのは20時を過ぎていた。今日は散々だった。私の自業自得ではあるのだけれど。げんなりと気持ちが沈んで、自分の背中まで丸まっているのが分かる。なんか、このまま家に帰ってもくさくさしちゃいそうだ。


携帯の電源ボタンを押して画面が明るくなる。画面には、一郎とのトーク画面。フルボッコされた私のメンタルを慰めて貰おうと連絡しようか迷ったけど、なんか八つ当たりしちゃいそうだし、こんな小さいことで凹んでるのも情けないからやめた。今日はだめ。絶対ダメ。



よし、明日は休みだし飲みに行っちゃおう。
思いきったが吉日ってね。飲んで、気晴らしにパーッと。シンジュクだと見知った顔に会うかもしれないなぁ。ちょっと電車にでも乗って数駅先で飲もうそうしよう。うーん、と悩んだ末、シブヤへ向かうことにした。








適当に良さげなバーを検索し、有名な(というか検索して一番にでてきた)所に入った。カウンターに1人座り、キラキラとキレイな色をしたカクテルを飲み込んでいく。キレイなものを取り込めば、私の中の黒いモヤまで浄化してくれないかな。なぁんてね。こんなロマンチックじゃないよ、現実は。
実際、私の自己嫌悪や反省を昇華してくれるのは色なんかじゃなくて中身のアルコールだ。ロマンも夢もへったくれもねぇな。



可愛らしいカクテルグラスから、既にロックグラスに変わり氷がカラカラと踊っている。アルコール度数はかなり上がって今はバーボンに舌をならしている。軽食もおいてあるみたいでパスタもペロリと平らげた。



「ねぇねぇオネーさん、1人〜?」


グラスを回して氷が奏でる音を楽しんでいると、可愛らしい声が近くで聞こえた。振り返ると、声と同じように可愛らしい桃色の髪をもった男の子がニコニコ笑顔を浮かべている。


『私のこと〜?うん1人…
…って、こんなところに未成年が?』
「アハハ!僕こう見えて成人男性だよっ?」
『え!み、見えない…』


暗めの照明でも分かる、ぴちぴちのお肌と無邪気な表情に成人男性という言葉のギャップ。開いた口が塞がらない。


「よく言われる〜☆
なんだかお姉さんの背中がしょぼくれてたからどうしたのかなーって。よかったら、向こうで一緒にどお??他に2人いるよっ。』


くい、と私の手首が覗く服の袖をひっぱる彼。あざと可愛いな。相手のペースに乗せられているのが分かる。しかし確かに1人で飲むのも寂しい。結構バーにしては明るいし人目もあるため、何かあっても助けを呼べると思う。ぽやぽやとアルコールの回った頭でしっかりしてるのかしてないのか分からない結論にたどり着いた。…うん、お酒は大人数のほうが楽しいよね!!席を立った私に彼はこっちだよ〜と先導していく。




向かった先はこぢんまりしたテーブル席。書生の格好した人と、サイコロついてる人がいた。なんだこの人たち。


「おや乱数、その方は?」
「しょぼくれオネーさんだよっ?」
「ンだ?それ??」
『しょぼくれオネーさんこと、桧原 春でーす』
「春っていうんだ!よろしくね!」
「名前も知らずに連れてきたんですか…」
「よろしくな!春!」
『どもども〜』


かん、とグラスを合わせて酒を飲み交わしていく。自己紹介もした。かわいこちゃんは飴村乱数、書生さんは有栖川帝統、サイコロさんも有栖川帝統。


『ん?私酔ってる?』
「っだー!俺が有栖川帝統で、コイツは夢野幻太郎だ!」


騙されんなよ、とサイコロさん。今のやり取りでなんとなく彼がいじられキャラなのが分かった。把握把握。


『らむちゃん、げんちゃん、サイコロさん…』
「だ!い!す!」
「ダイスもサイコロも一緒のようなものでありんす」
「えー!帝統、サイコロって名前もあったんだー!」
「ねぇよ!」


わちゃわちゃと騒ぎながらお酒がどんどん進んでいく。アルコールが私の思考回路のネジをゆるゆると緩めていた。


「ねぇねぇ〜。春、今日は何かあったの?」
『そう、そうなのよ〜。仕事でさぁ、』


グチグチと今日の出来事を話し、落ち込んでいたと吐露する。


「そっか〜そんなことがあったんだね…嫌なコトはぁ、お酒で忘れちゃえ☆ほらほら、グラスが空だよ?」
『うぇーい、飲んでる、のんでるよぉ…』

「ふむ、看護師…次は病院を舞台に…」
『命を救う場で殺人事件起こさないれください〜』
「推理モノとは言ってないですよ。余命いくばくかと儚げな恋愛ストーリー」
『ええーベッタベタじゃん』
「ベタでも私の表現力でどうとでも。」
『ひぇ〜、プロっぽい』
「プロですから。」

「働くって大変だな〜」
『うるせぇ働けぷーたろー。』
「ギャンブラーだっつの!」
『ぎゃっ!こわい!!ガラわる!!!らむちゃん、こわいよ!』
「帝統!怖がらせちゃ、めっ!だよ!」
『いやん、らむちゃんかっこよ』
「何見せられてんだ?」




ううーん、ここまで深酒するつもりは無かったんだけど。楽しい雰囲気に飲まれてかなりの酒の量を摂取してしまったようだ。かなり足にきてる。


『そろそろしょぼくれオネーさんは限界なので帰りまーす!』
「ええー!帰っちゃうの〜?」
「こら乱数。春さんも女性ですしあまり引き止めないほうがいいですよ。」
「てかオメー、その足で帰れっか?」
『がんばりゅ。へい、たくしー』
「はいはい、タクシー呼びますね」
『げんちゃん、ありあと〜』



タクシーを待っている間、らむちゃんと連絡先を交換した。また嫌なことがあった時はらむちゃんに話してみようかな。彼に話したらなんか全部がどーでもよくなりそうな気がする。


「タクシー来ましたよ。」
『ありがとねー!楽しかった!!』
「また一緒に飲もうぜ」
「また連絡するね〜☆」


タクシーに乗り込み、自宅の住所を伝えて窓から流れていく景色を眺める。先程までの騒がしさと一転し静かな車内。気分は明るくなったが、やっぱりなにかが足りない気がする。




………ああ、そうか。
山田三兄弟に会いたい。
やっぱり私には山田家が必要なんだなぁ。





思考回路のネジが飛んでいったままの私は、この後も一郎に連絡を入れて今日の失態をさらに重ねるのだった。






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