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□カランコエ(一郎連載@)
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父親に暴言を吐いている女性。その女性に怯える父を、私は黙って見つめていた。きっと昔からそうだった訳じゃないだろう。そう信じたかった。
けれど父は母を恐れて家を出ていった。私の中での両親の記憶は、それしか残されていない。
それが、苦しかった。




─38,母親の幻影─




翌日、目を覚ました私の身体の上には二郎の右足が乗っかっていた。うん、ベッドから落ちなくてよかった。起き上がり、二郎を抱き上げる。


「ん、ねぇちゃん…?」
『朝ご飯作るから、一緒に降りようね』
「ん〜…」

私の首に両手を回し、肩にこてりと頬がくっつく。か、かわいいい〜っ。そんな胸中で叫ぶ朝の7時。ソファーに凭れかけさせ、朝食をつくる。っていっても味噌汁と目玉焼きとサラダだ。作っている間に一郎と三郎も降りてきた。ソファーに座る二郎を起こして顔を洗ってくるよう促し、揃ったところで朝食を始める。


『買い物に行こうか。』
「俺はしごとの連絡をいれなきゃいけねぇから」
『うん、じゃあ一郎は2人の学校に連絡もお願いね。』
「おう、わかってる。」
『じゃあ二郎、三郎、買い物ね。準備しようね。』
「こども扱いしないでよね」
『ごめんごめん。』

見た目が子どもだとつい口調も緩んでしまう。そんなこんなで準備をして買い物に出かけた。近くのスーパーで食材を探す。


『ようし、今日のお昼ごはんは三郎のリクエストを聞いてあげようじゃないか』
「いいの?」
「ええー!ずりぃ!」
『二郎はじゃあ晩ごはんね。』
「やった!!カレー!からあげ!!!」
『はいはい。三郎は?』
「……なんでもいいの?」
『もちろん!私にはクックパッパという強い味方がいるから!味は保証しないけどね』
「しないのかよ…」


つっこみを入れながらも、もじもじと考える三郎にきゅんです。小さな声で、ペスカトーレ、と答える三郎。


『好物だっけ?パスタってあんまり山田家で出ないイメージだもんね。おっけー!』


でもペスカトーレなんて作ったことないので早速検索して必要な材料を把握する。

『じゃあ二郎はカレーの野菜を持ってきて〜』
「了解!」
『転ばないようにね。三郎はトマト缶とカレールーお願いします。』
「わかったよ。」


カートを押して魚介類を籠に入れていく。二郎も野菜を抱えてこちらに運んできてくれた。あとはパスタと鶏肉、牛肉、…ワインもいるのか。未成年の家にはおいてないだろうし買っておこう。


ふと、三郎が戻ってこないことに気づく。少し戻って缶詰めのコーナーに向かうと、三郎を発見した。

『三郎〜?』
「春ねぇ…ごめん、とどかなくて…」
『呼びに来てくれたらよかったのに。よいしょ、』
「わ、ぁ!?」

三郎の脇に手をさしこんで抱き上げる。三郎の目の前にやっとトマト缶が現れた。

「……春ねぇが自分で取ればいいのに。」
『いいじゃん。三郎をだっこなんてこんな時にしか出来ないんだし。』
「……」

抱っこされた三郎がトマト缶を手に取り、カゴに入れる。ありがとう、と伝えるとぷくぷくのほっぺたがほんのり色づいた。そのまま抱き上げたまま歩き出せば二郎がカートを押してくれる。前見えなさそうだから気をつけてね…。


「ちょ、おろしてっ」
『危ないから大人しくしててね〜』
「たのしむなっ…くそ、二郎笑うなよ!」
「いいじゃねぇか、だっこされてりゃー」
「こんの、ていのう!」
『はいはい、買い物はやく済ませるよ〜』


しばらく騒いでたものの大人しくなる三郎。ぎゅ、と肩らへんの服を握っている。はぁ、かわい。可愛いの化身か、この子達は。レジに並び、会計をする際にやっと下ろして解放してあげたがかなり離れがたかった。う、帰ったらまただっこさせてもらおう。

ビニール袋に、重いものと軽いものを2つとに分ける。軽いものをそれぞれ持ってもらい、私は重いものを手に提げて家路を辿る。

大人の足ならそう距離はないが、こどもの足ではすこし疲れたみたいで行きしなよりゆっくり歩く。

『袋もらおうか?』
「大丈夫だよ、ねえちゃん!」
「いいよ、大丈夫」
『そっかー。んじゃお手を借りまーす』

袋を持つ手と反対の手をとり、三人ならんで歩く。いつもなら包み込まれてしまうような大きな手が、すっぽり私の手の平の中に収まる。


『手を繋いだら楽しくて帰り道もすぐだよ〜』
「それは春ねぇが繋ぎたいだけでしょ」
『へへへ〜いーじゃんか。ねぇ?二郎?』
「おう!なんかしんせんでいーじゃん!」

二郎くん、君は昨日から視線が低くて新鮮だの手を繋ぐのも新鮮だの、一番楽しんでるな?いいよいいよ、そのポジティブなの。戻らなかったら困るけどね。

ゆらゆらと揺れる腕にあわせてビニール袋も音をたてる。

「たのしくなってきたな!」
『でしょー?』
「なんか、家族みてぇだ」
『ふふふ、嬉しいなぁ。』

「……"お母さん"って、こんな感じなのかな」

ぽつりと三郎が溢した。

「さあな、俺も覚えてないし」

それに二郎が答える。

『二郎と三郎のお母さんかぁ…絶対美人さんだね〜。あと、あったかそう。』
「あったかい?」
『一郎も二郎も三郎も、みーんなあったかいから。』
「ちゅうしょうてきすぎる…」
『妊娠とか出産ってね、命懸けなの。その命がけを、三回も乗り越えたんだよ。すごいねぇ。』


ぎゅう、と繋いだ手に力が入る。私のか、それとも弟たちのか。



『これから先、会えないかもしれないけど、私は君たちのお母さんにすーっごい感謝してるよ。二郎と三郎に会わせてくれたんだもん。』
「……じゃあ、俺はねぇちゃんの母ちゃんにかんしゃする!」
『え?』
「春ねぇと、会わせてくれたから」
『っ……うん、そうだね。』


母親に会いたくても会えないこの子達と、自ら親と縁を切った私。後ろめたくて、泣きそうになった。なんでこんな私には母親がいるのに、この子達に居ないんだろう。まだ中学生と高校生だ。母親に甘えたい盛りなのにね。もちろん、一郎もそんな盛りに二人の弟のために頑張ってたから、彼も弟たちと同じだ。



帰宅し、ご飯をつくる。椅子を踏み台にして材料を冷蔵庫にいれてもらう。二人でわーわーぎゃーぎゃーいいながら袋の中のものが仕舞われていき、微笑ましい光景に思わず笑みをこぼす。さぁて、クックパッパ様にペスカトーレをご教授させてもらおうではないか。







なんとか出来上がったペスカトーレ。魚介類の具沢山のパスタに三人は感嘆の息を漏らした。一郎も二郎も旨い旨いと某炎の柱さんばりに頬張ってくれて私も安堵の息をつく。リクエストした三郎も、悪くない。まぁ初めてにしてはじょうできなんじゃない?と安定の素直じゃない褒め言葉を頂けた。うん、良かった。


その後は学校を休んでいるため、お勉強タイムをとる。うげぇ、と二郎は表情を歪ませるが問答無用だ。

「二郎の脳は今の見た目のままだからな、このていのう」
「誰が脳ミソ4歳児だコラァ!?」
『はいはい、ケンカしない。
お姉さんが教えてあげよう。どこがわかんないの?』
「………どこがわかんねぇのか わかんねぇ」
『そんなベタな…』
「これだからていのうって言われるんだよ」
「言ってんのはお前だけだっつーの!」


勉強タイムを終えてゲームをする。トランプでババ抜き、大富豪をする。それが終われば、二郎とサッカーゲームとモンスターをハントするゲームで遊ぶ。手がいつもより小さいせいか、コントローラーを上手く扱えずに私の圧勝で終わった。なんかごめん。

外では遊んでないが疲れたのか、二人は眠そうだ。
促して床に転んだ二人はすぐに寝息をたて始める。そっとブランケットをかけてやるときゅっと二人がくっついた。なんだこの可愛すぎる生き物は。



「……しせつにいた時も、こいつらいつもくっついててな。懐かしいな…」
『一郎……』

背丈の小さな一郎が、二人の寝顔を覗き込んで言った。二人を見つめる瞳は、きっと過去を思い出しているのだろう。私は、一郎の過去の詳しいことは知らない。一郎は悪いことをしてた、と言うだけで。
もちろんその頃は既に知り合っていたから何となく表だって出来ない仕事をしているのではないかと感じてはいたが、聞き出そうとは思わなかった。未成年が生きるため、小さい子を養うためにどんなことでもやってやろうという一郎が決めたことだったんだから。


「二郎と三郎は、母親のこと知らねぇんだ。だから、春と過ごしてるなかで母親の存在を何となくかんじてんだろうな。…いつにもなく、たのしそうだ。」
『一郎は、お母さんのこと覚えてるの?』
「…まぁな。こいつらよりかは。」
『ふぅん。……一郎』
「え、ちょ、おいっ!」
『しー、二人が起きちゃうよ。』


一郎を抱き上げて膝の上に座らせる。抱き込んでしまえるほどの小さな身体だ。いくつで母親と離れたのかも知らない。でも覚えてないってことは幼い頃なんだろう。私の身体と距離を離そうと手を突っ張る一郎。いつもなら力で勝てるわけないのだが、今日はそんなものもろともせず抱き締めると大人しくなった。

『覚えてたほうが、失ったときって悲しくない?』
「…どうだろうな」
『そうだね、覚えてないつらさは分からないもんね。』
「、やっぱり寂しいよな」
『それぞれのツラさはあっても、寂しくないよ。』

だって家族がいるもん。

『毎日毎日飽きないの?ってぐらい言い合いして、一緒に遊んでラップして。楽しくないわけないでしょ。』
「……だったらいいな。」


抵抗がなくなったので私も腕の力を抜いて一郎の背中をトントンと撫でる。ゆらゆらともたれ掛かってる一郎ごと揺れていれば一郎の身体からも力が抜けた。


『あ。あとねぇ、一郎。私怒ってるんだからね』
「…んでだよ…」

ぼそりと胸元から覗き込んでくる一郎に私の怒りも萎んでいく。っていやいや!ちゃんと言っておかないとね。


『寂雷先生から連絡あったからよかったものの、そうじゃなかったら私に言わないつもりだったでしよ?』
「……そんな、こと」
『はいうそー。』
「うそじゃねぇって。」
『……寂しいよ』
「……ごめん」
『ん、許す。次やぶったら、私こそ頼らないんだから。』
「…分かったから」


わしわしとゆっくり頭を撫で付けてやるとこてりと顎の下に頭がもたれ掛かってきた。そっと二郎と三郎が寝ている横に、一郎も下ろして並べて寝かす。
あどけない三人の寝顔に頬が緩む。


さぁて、晩ごはんの準備をしますかね。


翌日の日勤は食事を作り置きしておいた。
帰って来た時には元通りになった三人の姿が。
ほんとにたった3日にも満たない時間。
帰って来た私が膝から崩れ落ちたのは仕方ないだろう。私が堪能したのも1日と少しだけだったのだから。

やっぱりこっちのほうがいいな、と三人で顔を見合わせている姿をみて、確かに。と私もこっそり同意したのだった。





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