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□カランコエ(一郎連載@)
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携帯のアラームが朝を知らせる。昨日とはうってかわって雨模様。窓越しに聞こえる雨音にげんなりと枕に顔を埋めたが、なんとか頭を持ち上げてベッドから抜け出した。



─41, 落ちるとこまで─




今日はコウベの病院で研修だ。新快速で45分もかからず大阪からたどり着ける。見上げた大きな病院に気合いを入れる。うっし!今日も元気に頑張ろう!

今回はディスカッションではなく実際に病棟に分けられて業務の見学をするみたいだ。今日は外科に振り分けられる。外科は本当に専門外だ。話についていけるかな…。そんな不安を抱えながらもどんどん研修は進んでいく。


「おはようございます〜。引率させてもらう山本です。ここは消化器外科病棟で、ベーシックな虫垂炎、腸閉塞、臍やら鼠径ヘルニア、消化器がんやストマ造設、ラパタン、あとは〜そやな〜、なんやろ。特殊なんとしては移植なんかしてます。」


移植かぁ。うちではやってないな。やっぱり大学病院が有力でやっているものだ。全国でも認定病院はすくない。戦後であり、その病院も減ってしまっているためかなり珍しい。寂雷先生の言葉を借りるなら、ふむ、興味深い……。


それから検温に周りフィジカルアセスメントを聞いたりオペ後の創部の観察や処置の見学をさせてもらう。それからドクターとの術前、術後それぞれのカンファレンスに参加させてもらった。内科と違った視点でなるほどと唸ってメモをとっていく。


慌ただしい病院の1日はすぐに終わり、レポートを提出してその日の研修を終えた。更衣室で、今日グループが同じだった人に声をかけられる。


「お疲れ様ですー!桧原さん、あのシンジュク病院で働いてるんですよね?」


神宮寺寂雷さんがいる!と目を輝かせている彼女に、笑みを溢す。すごいな。違う地域でも人気を誇るうちのドクターは。

『そうですよ。あなたは?』
「私はナゴヤの…」
『ナゴヤですかぁ、美味しいもの沢山ですね!』
「あはは、確かに!」
『オオサカも、粉ものの洗礼をうけて…』
「ソースがたまんないですよね」
『ほんとに。』
「あ、今晩予定なければご飯とか…」
『え!予定があって…すっごく行きたかったぁぁ…』
「そうなんですか、残念…もしかして男性と…?」


他ディビ在住のお友達が出来る機会だったのに、としょんぼりする。でもさすがに父とのけじめをつけるのをドタキャンすることは出来ないかな。
って、おいおい初対面でかなりぐいぐい来るな?これ酒入ってたら喋り倒してすぐ仲良くなるやつじゃん。連絡先きいとこ。


『いやいや、父と久々に会うんです。よかったら連絡先きいてもいいですか?』
「そうなんですね!お父さんなら仕方ないですね…。是非是非っ!次はゆっくりお話したいです〜!」
『私も、今度ナゴヤに美味しいご飯食べに行くね』
「ご飯目当てですか!私は!?」
『あはは、オススメのお店教えてね。』
「任せてください!あんかけスパの美味しい店に連れていきます!」
『あんかけスパ!未知!また連絡するね。お疲れ様でした〜』
「私からもしますね、お疲れ様です。お父さんと楽しんでください!」


楽しんで、と送り出してくれたその言葉に笑みを溢して駅に向かう。はぁ、とため息が自然と溢れるのは仕方ないだろう。どう頑張っても楽しめそうにない。連絡してこないで。そう切り出しかたのシミュレーションをしながら新快速の電車を待った。







待ち合わせの場所に、彼はいた。
身長はそこそこあるがひょろりと薄っぺらい体躯の父は、あまり食べていなさそうだ。

「お疲れ様」
『ありがとう。お店どうする?』
「ああ、安くていい店知ってるんだ。」
『……じゃあ、そこで。』


父親が案内したのはミナミの薄暗い店だった。表立っては居酒屋と銘打っているが、見渡せば客層の柄は悪い。

「何飲む?」
『生で。』
「すみません、とりあえず生2つ。」
「あいよー!」


メニューをひらき、適当に頼む。先にジョッキが届いて乾杯、と合わせた。

「そうか、春もいつの間にか飲めるようになったんだな」
『そうだよ。もう20代半ばになるし』
「10年ぶりぐらいになるか」
『うん、丁度それぐらい。ほんと良く私って気づいたよね。』
「ああ、母さんの面影があったから」
『………』
「そうあからさまに嫌そうな顔するなよ」


母に関することとなると私の顔が歪む。これは取り繕いようがない。私のそのひどい顔に、父は笑った。目尻に寄った皺が、その年月を物語っている。

『年とったねぇ。。。』
「そりゃあなぁ。」
「今も中王区に…?」
『ううん、中卒で家でて高専の寮に入ったの。』
「そうか。」
『……私も、あの人から逃げたんだよ。』
「、そうか。」


話をしていると料理が運ばれてくる。食べよう、と促して食事と酒を飲み込んでいく。久々に会ったがそれほど話題はない。それほど、10年の月日は大きかった。沈黙が続き、父はあの、と握り締めた手を見つめながら口を開いた。

「久々に会って、娘にこんな話するのも…気が引けるんだが…あの、借金があるんだ。」


ああ、きた。

「頼むっ!父親を助けると思って、」
『ごめんなさい。私も家を出て一人で生活しているからあまり貯金がないの。』
「そっ、そんな、看護師なんて高給取りだろ?」
『そんなことないよ。助けてあげられなくてごめんなさい。』

ここのお代はだすから。と鞄から財布を取り出す。

「ま、待ってくれ…!」
『もう、連絡先も消してね。』
「っ、すまない、すまない春…っ」


ひたすらに謝ってくる父の様子に、ぞわりと嫌な予感がする。たちまち、店内にいた柄の悪い男たちが近づいて私を囲んだ。ああ、やっぱり親のことになるといいことがない。

「娘さん、悪いなぁ。そうそう帰してはやれへんのや」
『な、何ですか!?』
「あんたの父親なんやろ?本人が払えねぇんなら子どもがケツ持ってもらうしかないんとちゃうか。」
『10年以上会ってない、連絡もとってない、生死すらわからなかった人の尻拭いをする義理は私にありませんっ!』
「んなもん俺らに関係ないっちゅーのがわからんのか!!!」
『ひっ…』


ガァンッとテーブルを蹴り倒され、肩を竦める。多数と、私1人。敵うわけも逃げられるわけもない。父親は柄の悪い男たちの後ろのほうでごめん、ごめんなとぶつくさ言っている。ふざけんじゃねぇ。謝って済むもんか。落ちるとこまで落ちた父親の姿に怒りが湧き上がりぐっと奥歯を噛み締める。


ああ、来るんじゃなかった。ナゴヤで美味しいもの食べる約束したのに。
帰って、タコパする約束だってあるし、気を付けるって約束もした。

絶対に、ここを出て帰る!

ポケットに手を忍ばせてスマホの緊急連絡のボタンを押そうと悪あがきしたが、やっぱり無駄な足掻きだった。決意もポッキリと挫かれてじわりと目元が熱くなる。

「まぁまぁええ顔しとるやん。」
「ちょうどええ年齢やしな」
「ようけ稼いでもらおか」
「エエ店紹介するさかい」

まぁまぁってなんだよ、このブ男!一郎ぐらいイケメンに言われるならまだしも、不細工に不細工って言われる筋合いないわよ!と心の中で抗議する。半面、身体は硬直して動けない。腕を掴まれて店のそとに引きずられそうになり、ぐっと足を踏ん張ってなけなしの抵抗をする。


「往生際わるいで、あんた」
「憎むんなら親父を憎みな。」


「あーあ、大して美味くもねぇ飯が余計不味くなっちまったじゃねぇか。」


ぽつり。そう野太い声が場違いに響く。


「ああ!?なんだテメェ!?」
「ぼったくりで有名な居酒屋に来てみりゃ、ぼったくりだけじゃなかったのかい、ここは。」


のんきに喋る人物は、大柄で派手な毛皮のコートを羽織った服装。サングラスを掛けた男はやれやれと立ち上がる。


「しょぼい詐欺ばっかやってて虚しくなんないのかねぇ?男ならガバッと騙しとってみせろよ。」
「さっきからふざけたこと抜かしとんちゃうぞ!」
「おーおー、気がみじけぇなぁ、おい。詐欺師っつーのはな、エサに食い付くのをじぃーと待てるような気が長いやつが向いてんだ。」

殴りかかっていく男たちをひょいひょいかわして口先を動かす彼。一体誰ですか、貴方。

っと、ボーッとしてる暇はない。
これはチャンスよ春ちゃん!
悪い人達があの男に気をとられている隙に逃げよう。

「あっ、おい!」


荷物をがばりと両手で抱えて走って店を出る。
もう、ほんと最悪。走りながら、ボロボロと涙がついに溢れた。


『うっ…、っ、なんっで、うう……』

ある程度店から離れた人通りの多くなった所で足を止める。髪も服も、顔すらも涙でぐちゃぐちゃな私を、人々が遠巻きに見ている。ふん、見せもんじゃねぇぞ…うう、もう帰りたい。オオサカ怖い…。


駅に向かおうとまた足を動かそうとしたその時。


「よう、嬢ちゃん」


先程のきらびやかな男が目の前に立っていた。




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