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□カランコエ(一郎連載@)
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なんとか盧笙さんのお家からタクシーに乗って帰った。タクシー代は零さんが諭吉さん渡してくれた。一体なんで連れていかれたのかは最後まで謎だったが、正直あの後1人でホテルに逃げ込んでたらこんなにメンタルが軽く済んでたとは思えなかったので、少しだけ救いだったかもしれない。
─43,引き裂く影─
今日の研修は午後だけで午前中はゆっくりできる。朝は9時に起きて準備を済ませ、スマホの前に正座している今現在。
『すぅー、はぁー』
大きく深呼吸してスマホを持ち上げて発信ボタンを押した。黙っててもバレやしないだろうけど、隠すと今後何かボロだしたら良くないだろうし。
〈おはよう、どうした?〉
通話口から聞こえる声に、きゅんと胸が高鳴った。さっきまで謎の緊張をしていたくせに現金な奴だ。でも好きなんだからしょうがないよね!
『おはよう〜。昨日色々あって、声が聴きたくなっちゃった。』
〈色々?〉
『うん、えーっとね。…その、実は…』
父親の事は伏せて、行った店がぼったくりで悪い人に絡まれたと伝える。
『同じ店に居た人が助けてくれて、無事に帰れたんだけどさ。』
〈なんだよそれ…〉
あ、これはお怒りモードだ。
〈怪我は?〉
『無かったよ!無傷だったんだけど、一応報告しとこうかなって。』
〈そうか。無事なら良かった。〉
『…ありがとう。とりあえず、今日午後の研修が終わったら新幹線でそっちに帰るね。』
〈おう、何時にこっち着くんだ?迎えに行く〉
『え?いいよそんなの…』
〈迎えに行く。〉
頑ななその声に頬が緩んでしまうのは不可抗力だ。ふふ、愛されてるなぁ。昨日の出来事で沈んでいた私の手を取り、彼が引き上げてくれる。
『…わかった。えーと、18時半発だから、そっちにつくのは20時45分ぐらいかな?』
〈わかった。じゃあ、また後でな。〉
『……。』
〈どした?〉
『…はやく会いたいなぁ。』
〈……俺も。〉
同意の言葉の次におほんと咳払いをした彼はじゃあなと電話を切った。え、何、かわいすぎでは?一郎の照れ顔妄想で米が食えるわ。これで仕事頑張れるし、その反面"早く終わってくれ"という仕事に対する憎しみがここに生まれた。
◇
今日は話を聞くだけの研修だ。暗くなった会議室で、パワーポイントが壁に写し出されて症例発表が行われている。
NSTやウォックナースなど、専門的な分野で活躍している話を聞いていると私も勉強しないといけない気が湧き出てきた。うん、たまにはこうした座学もいい。毎日は無理だけど。向いてない。たまにだからいいんだよ。
研修をを終え、アスファルトタイヤを切りつけながら急いで間に合うように新幹線に乗り込んだ。2時間ちょっとの車内の旅を楽しもう。
3日間の研修のレポートを提出しないといけないため、座席で夕食の駅弁を食べてノートパソコンにまとめていると、あっという間に時間は過ぎていった。
一郎に着いたよ!今から向かうね、とメッセージを打ちつつ改札を出て待ち合わせ場所に向かう。
「桧原 春さんですね?」
『……誰ですか?』
「少しついてきて頂きたい。」
『予定があるのですみません。』
突然、3人の黒服の女性が話しかけてきた。なぜ私の名前を知っているんだ。訝しげに返事をして隣を通りすぎようとしたその時。首筋の痛みとガツン、と身体に衝撃が走る。
「手荒な真似はしたくなかったのですが。」
ああ、なんなんだ一体。一度断っただけで手荒な真似に移行するのかよ、短気だな。一郎に送りかけていた文章はメッセージボックスに残ったままスマホは手から滑り落ちる。
ああ、研修なんて断ればよかった。そんなことを思い浮かべながら意識は遠退いた。最後に見えたのは、中王区の腕章だった。