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□カランコエ(一郎連載@)
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春が帰ってこない。連絡もない。
春が新幹線でこちらに到着する時間になり、車の中で待っているのだが待てど暮らせど彼女の姿は現れなかった。



─44,黒幕─


車で時間が過ぎ行く時計を見つめる。何かがおかしい。確信はないが、ザワザワとえも言えぬ焦燥感に駈られる。春に、何かがあったのか。
電話をかけるもひたすら呼び出し音が鳴るだけで繋がりやしない。車を降りて春の姿を探しながら改札口まで向かう。メッセージ画面は新幹線にのったよ、と駅弁の写真が送られているのが最後だ。
新幹線に乗っていたのは間違いないため、とりあえず三郎に連絡し駅構内の防犯カメラを探ってもらうことにした。


「もしもし、三郎か?」
〈いち兄!どうかしましたか?〉
「ああ。まだ憶測の域なんだけどよ…春と連絡がつかねぇんだ。」
〈え…?それって行方不明ということですか〉
「かもしれねぇ。新幹線の構内のカメラ、探ってくれるか?」
〈分かりました!すぐに見てみます!〉
「さんきゅ。二郎にも一応伝えておいてくれ。俺はもうちょっと駅付近で聞き込みしてから帰るな。」
〈…はい〉
「頼んだぞ。」



通話を終えて、もう一度春に発信する。しかしその呼び出し音が途切れることはない。くそっ、こんなことならオオサカまで迎えに行けばよかった…!
後悔しても後の祭りだ。聞き込みをするにも、今日の服装すら分からないんじゃ聞き込みようがない。ガンッと近くにあった柱を殴り付ける。それでも後悔の念は薄れることは無かった。









『、ぅ…』

意識が浮上したのが分かる。火傷のようにぴりついた痛みを首筋に感じて眉をしかめる。重い瞼を開けば、ぼんやりとした景色が浮かんだ。ピントを合わせて自身の状態を確認するべく身体を動かした。するとカシャリと金属の擦れる音が鳴り身体の自由が奪われていることに気づいた。手首に革製のバンドが巻かれており、そこから出ている鎖が座っている椅子に繋がれている。あ、悪趣味だ………。


身動きが取れないため、痛む首を振って辺りを見渡す。何かの施設の一室のようで、窓はなく電子キーで開くようなスライド式のドアがある。1人用なのか小さなテーブルと椅子が1脚、棚に本がきっちりと並んでいて、なんとも無機質で質素な部屋だった。


視覚的な情報を得るもここがどこだか、なぜ私がここに連れてこられたのか全く見当がつかない。することもないので、手首に嵌められた手錠のようなバンドをどうにか外せないか試みる。


『うう、私悪いことなんかした?真面目に働いて、真面目に趣味に没頭して、真面目に山田に愛を貢いでただけなのに…』


腕や手首を捻ってみても硬く冷たい革は皮膚を傷つけていくだけで緩みもしない。その痛みに、情けない私の泣き言が漏れる。


すると突然シュンッと空気の擦れる音と共に唯一のドアが開いた。その先に立っていた人物に息を飲む。


「久しぶりね、春」
『な、んで…』
「随分見ないうちに、私の若い頃にそっくりになってきたわね?」
『お母さん…』


中王区の制服を纏った、母と呼んだ人物は自分の記憶の面影より目元にシワが刻まれている。それもそうだろう、家をでて8年近くなるのだから。


『どうして私はここに連れてこられたの?』
「あなた、あの人と会ったでしょう?あんな事になってしまって…。やっぱり自分の娘にはより良い道に進んで欲しいと思ったのよ。」
『何を今更…ていうか、なんでお父さんと会ったことを知ってるの…?』
「あはは、私が夫を野放しにしてるとでも?騙して借金までさせたのに………他の女にいくなんて。ほんと馬鹿な人よねぇ?」


赤い紅を差した唇が弧を描いて言葉を紡いでいく。言葉こそ穏やかだが、言葉尻に声色は嘲笑がまじって見下していた。その様子は昔の彼女のままだった。真綿で包み込むように、じわりじわりと威圧感で私やお父さんを管理していたのだ。


私を売ろうとした父を許すことはできない。けれど、私と偶然出会わなければきっと今回のこともなく一人で苦しんでいたのだろう。だが彼女はどうだ。自分から逃げた罰だと言わんばかりに父を陥れ笑っている。



『…そんなのっ、あんたのクソみたいなプライドじゃない!自分のことは捨てるのに他の女と一緒になるのが、他の人にお父さんを取られたのが悔しいだけでしょ!?借金のことだけじゃない、家を出ていく前から!お父さんにどれだけ自分が酷いことしてたのか分かってないのよ!』



言いきった瞬間にバチンと音が響いて視界がぶれる。じわり、と頬に熱が集まり叩かれたことが分かった。


「小娘が、うるさいわね。男なんてものは、おもちゃよ、おもちゃ。飼い主の言うことを聞かない男には罰を与えなきゃ。」
『っ、男性はペットなんかじゃないッ…!女も男も、人間よ…!』


睨み付けるも、母の見下した瞳は変わらず私を嗤っている。母が近づき、少し腫れた頬を撫で付けた。ピリッと鋭い痛みがはしり思わずそっぽを向く。


『いっ…!』
「ねえ、一郎、二郎、三郎だっけ?」
『っ…!!!
三人に手を出したら、絶対に許さないから!!!』
「そう…なら大人しく従ってね?貴方の身の振り方次第よ。」
『っ……』



身も蓋もない脅し文句に、私はそれ以上反抗するという道を選ぶことはできなかった。









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