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□カランコエ(一郎連載@)
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ない。

何がって、ここから逃げ出す方法だ。中王区で働きだして早くも1週間となるが、したっぱのしたっぱで雑用ばかり任されて母と会うことも儘ならない。はじめの方は目標に向かっていくぞと意気込んだものの、今では解決策の[か]の字すら見えなくて心が折れかかっている。

何で私がこんな書類を届け回らないといけないのか。何度も発狂しかかっていた。



─47,見えた光─



今日も今日とて仕分けられた書類を各部署に配達する雑用をこなしている。最初こそは迷子になっていたが数日経てば内部を知り尽くしているのではないかと言うぐらいになり、いかに効率よく配達できるか最速ルートを即座に導き出せるようになった。と言っても立場的にはぺーぺーなので立ち入り禁止場所のほうが多いのだが。

ふっ、つまらぬ能力を身に付けてしまった…。

そんなバカなことを言ってないで行政局をうろうろしていると、見知った姿を見つける。


『え!らむちゃん…!?』
「ん?なになにー?」


ピンクの髪とパステルブルーのコートを着た可愛らしい男の子。男の子っていっても私より年上らしいのだけど。まさかこんな所に知り合いが居るとは思わず、驚いてつい声をかけてしまった。


「えー、オネーさんだれー??」
『ああ、一回しか会ったことないもんね…。シブヤで飲んだショボくれオネーさんです。』
「あー…うん。そうだったそうだった☆元気にしてたー?」
『元気といえば元気なんだけど…』
「ならよかった☆ゆっくり話したいんだけどぉ…ごめんね、今僕忙しいんだ!」
『あ、うん。急に声かけてごめんなさい。また連絡するね』
「うんうんっ、まったねー!☆」


飴を舐めながら、彼は通路の先へ足早に駆けていった。その背中を手を振って見送ったのだが、えも言えぬ違和感を抱いた。乱数ちゃんの姿かたちはもちろん、言葉遣いも声色も間違いない。一度酒を飲み交わしただけの私が言うのも可笑しいが、頑なに私の名前を呼ばない彼とは初めて会ったような感じがした。

…まぁ、あの人懐っこさで色んな人に会っているだろうしその中の1人を全員覚えている筈もないか。そう私の中の違和感を拭い取ろうとしたのだがやはり腑に落ちない。だってこの中王区の、ましてや行政内に男性が居るのだ。彼本人だけでなくその事実までもが奇妙で仕方ない。……って!


『らむちゃんにスマホ貸してもらうか一郎に連絡させてもらえばよかった…!!!』


そう気づいた頃にはもう後の祭りだ。彼はきっともう見つからないのだろう。なんとなくだがそう思った。ここに来てから一番のチャンスを逃した私はガクリと項垂れた。なんでこうも私は間抜けなんだとすがれる希望だったことに気づいてしまったら自己嫌悪の嵐が心を荒ませる。手に持っている書類の山を握りしめてぐちゃぐちゃにして引きちぎってばらまいて踏みつけてやりたい。とどのつまりこんな仕事やってられっか。何度も吐き出した言葉だが今までで一番そう思ったに違いない。


大きく息を吸って長いため息として吐き出し気持ちを落ち着かせる。とりあえずこの書類をさっさと捌いてやる…!







出発時には山ほど抱えていた書類は消え去り身軽になっていた。今から宛がわれた自分のデスクに戻ってもまた書類とにらめっこが始まるのを考えるとうんざりする。はぁ、とため息を漏らしながら、わざとゆっくり歩く。それなのに悲しきかな、自分のデスクにたどり着いてしまった。デスクに座り悲しみにうちひしがれていると、ポケットに入っているスマホのバイブレーションが何かを知らせる。

そのスマホは私のものではなく業務用に支給されたスマホなため、仕事を増やされることぐらいでしか鳴ることはない。つまり喜ばしくない連絡であり私はまた深いため息を吐き出した。


『…ん?非通知なんて初めてなんだけど』


渋々スマホを取り出せば画面にはその文字が表示されている。基本的に部署の番号が登録されており、連絡元が表示されるはずなので非通知で連絡がくるはずはないのだが。

しばらく画面を見つめるもバイブレーションが途切れることはなく、恐る恐る通話ボタンをタップし耳を当てた。


「よぉ、嬢ちゃん。こないだぶりだなぁ?」
『………天谷奴さん…?』


せいかーい、と明るく笑った声が通話口から漏れる。まさかの人物にポカーンと口が開く。え、ほんと何で…?次の言葉がでない私を彼がまた笑った。


「なぁ、お前はかあちゃんを売れるか?」
『…どういうこと。』


なぁ、と私に疑問を投げ掛ける彼の声のトーンが変わる。悪巧みを伝えるには少し神妙で、かといって冗談っぽくもとれる調子で言葉を紡ぐ天谷奴さんに間抜けな顔から一転、眉根に力が入った。


「自分の母親のことだ、性格は知ってるだろ〜?まーあ 汚いことやってるんだわ。」
『…知らないけど、想像はつきます。』


なぜその情報を彼が持っているかは知らないが、この番号にかけることが出来てわざわざ話してきている時点で確実な情報をもっていることが伺える。何年も会っていなかった母親だが、家をでる時の彼女の様子や最近の父の話をきけば良からぬことに手を出していてもおかしくはないだろう。


「その情報をもらしゃおまえさんの母親の首は飛ぶ。そのために、親を捨てるか?」


その言葉に、ぐっと唇を噛み締めた。


「あとはそうだな…イケブクロのよろずやさんにでもこの情報をリークでもしようかな、なぁんて。」
『なんであなたが…っ!』


私と山田家との関係を知っていることを示唆され動揺の声が漏れる。よく考えれば母親の悪事を把握しているしその程度は簡単にサーチできるのだろう。それに、彼といる時に一郎に会いたいとか自分で言ってた気がする。


『やめて、彼らを巻き込まないでください。私が、自分で処理するから…!』
「ああ、わりぃ。一歩遅かったみたいだ。三男坊にみつかっちまった。」
『…あなた、確信犯でしょ。』
「はっはっは。それはどーかな、嬢ちゃん。じゃあとりあえず情報は送っておくぜぇ?せーぜー有効活用するんだな。」


悪いと口にしながらも全く悪びれる様子がない。苦々しくそう言えば、あっけらかんと笑われた。そういうとこだぞ、詐欺師。


「あーあ、このやりとりも懐かしいぜ。」
『?』
「うんにゃ、こっちの話だ。まぁ、俺の可愛い息子たちをよろしく頼んだぜ、春ちゃん。」
『…え、は、はぁぁぁぁ!?!!?』


軽い口調でとんだ爆弾発言を投下し電話を切った男に声が大きくなる。いや。あのおじさんは詐欺師だ。嘘かもしれない。うん、きっとそうだ。



………でもやっぱりどこか一郎の豪快な笑い方がにている気がして、あながち本当の事かもしれないとどこか片隅で私の中に残るのだった。







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