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□カランコエ(一郎連載@)
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コメダでコーヒーを頼み、仕事の愚痴に花を咲かせているとあっという間に冬の空は暗くなっていた。店の外に出るとぶるりと身を震わせる。

「もうひつまぶし行く?」
『そうだね…ネオン街ちょっと歩いてもう少しお腹空かせたいかな。美鶴子ちゃんは?』
「私もそんなにお腹空いてないから大丈夫だよ。」

そうしてもうすぐクリスマスだと知らせんばかりのイルミネーションが輝く道を進んだ。


─60,何度でも惚れ直す─


ナゴヤの街並みはシンジュクとはまた雰囲気の違った賑わいがあった。吐く息が白むほど冷えた空気は光を更に引き立たせてキラキラと輝いている。ウィンドウから見える商品を眺めながら、ボーナスでなにか買おうかなどと話をしながら歩いていると身体は冷えていき空腹も訴えかけてきたので目的のお店へ向かった。

こぢんまりした店内には著名人のサインが壁に並べられていたりと有名なお店だということを実感して期待が膨らんでいく。運ばれてきた瓶ビールは汗をかいておりグラスに注ぐと泡がさぁ飲めと誘ってくる。

『今日は1日、案内してくれてありがとう!』
「いえいえ!いつも頑張ってる私たちにカンパーイ!」

グラスを合わせてきゅうーっと呷る。喉ごしがサイコーです。ひつまぶしを待っている間に、思い出したと言わんばかりに身を乗り出して美鶴子ちゃんが詰め寄ってきた。

「そうだ、春ちゃん!山田一郎とはどういう関係なの!?コメダで聞こうと思ってたのに忘れてたっ」
『一郎との関係…。えぇーとその、私なんかで烏滸がましいんだけど…一応、』

付き合ってます。と返せば驚きの絶叫が美鶴子ちゃんの口から飛び出し店内に響く。

「ひゃー!!!」
『シー!!!お店ではシーだよ美鶴子ちゃん!!!』
「ご、ごめんなさい…。神宮寺先生と同じ職場で働いてて、山田一郎の彼女って春ちゃんハイスペすぎる…!」
『ちょっとまってハイスペなのは寂雷先生と一郎であって私はそこら辺の一般人ですからね!』
「分かった分かった。で、山田一郎さんとの馴れ初めから聞かせてもらっていっすか?」
『やだ何そのキャラ変でのいじり…』

必死に否定する私を軽く流してニヤニヤして弄ってきている美鶴子ちゃん。女子は恋バナ好きなんだから仕方ないよね!私も職場の人の恋バナ聞いちゃうもん。根掘り葉掘り聞かれているとひつまぶしも卓上に届いた。タレが染みて輝くうなぎの身がおひつの中にきゅっと詰め込まれており蓋を開けるとふわっと食欲を誘う香りが広がる。

『〜っ!う、うなぎふっくらしすぎでは!?』
「うん、おいしい〜!私、肝吸いも好きなんだよね〜」
『この中の肝って食べるんだ。に、にが…』
「それがちょっとした癖に…」
『なるほど。』


食べすすめながら、ビールの次は日本酒を頼んでまた話題を戻す。話をしている内に、美鶴子ちゃんにも彼氏がいてお互いの両親とも仲良くしていることが分かり今度は私が根掘り葉掘り聞く番に回るのだった。

あっというまにおひつの中身はなくなり、時間も過ぎていってすっかりいい時間に。会計を済ませて駅に向かう。

『ああ〜今日1日で贅沢しすぎた!』
「明日仕事いきたくなーい。」
『ふぁいとっ!』
「うう、頑張る…明日も楽しんでくださいね!」
『迷子にならないよう気を付けます。』

そう、折角なので一泊して明日の昼過ぎぐらいまでナゴヤをもう少し見て回ってから東都に帰ろうという話をしていた。名残惜しくも明日は仕事だという彼女に手を降って駅で別れ、私はホテルに向かう。




ホテルに着くなりシャワーを済ませ、荷物を開いてぬいちゃんたちを大きめのベッドに寝かせて写真を撮る。ふふ、お待たせぬいちゃんたち。ばふんとベッドにダイブしてごろごろと転がりながら今日たべた物の写真とぬいちゃんの写真をSNSにアップする。ある程度ネットサーフィンが一段落したところで、ふと1人が寂しく感じた。別に一人暮らしだし普段とそんなに変わりないのだがやっぱり自宅じゃないだけでソワソワと落ち着かない。ぽち、と電話ボタンを押した。起きてるかな、

[もしもし?]
『あ、起きてた?』
[今子どもら寝かしつけてそろそろ寝ようかと思ってたとこだ。]
『子どもたち?』
[おう、今回の仕事場がこっちの養護施設だったからな。催し物をするんで、今日は設営で明日はスタッフとして動く予定なんだよ。]
『そうだったんだ。お疲れ様〜。』

電話のお相手は愛しの彼こと一郎です。今日食べた物や行った所の私の話や、一郎が行っている養護施設での子ども達の可愛い話など、電話越しの会話で寂しくなっていた私の気持ちはすっかり消えていた。

『そういやお昼すぎの男の子助けた一郎、かっこよかったよ。』
[…そーか?]

ふふ、照れてる。ぶっきらぼうに返す彼にほほが緩む。

『普段からあちこちにかっこいいとこ振り撒くのやめてくださーい。』
[してねぇーよ!]

なんてからかってみると怒られた。本気でじゃなくてじゃれてるのよ。それから明日の昼か夕方帰るよ、と伝えればタイミング合うなら一緒に帰るか。と提案してくれる一郎にテンションが上がる。

『え!やった!何がなんでも合わせる!!!』
[はは、また連絡する。]
『はーい。遅くにごめんね。おやすみなさい。』
[おやすみ。]

大好きな人の大好きな声で「おやすみ」もらえたので今日もぐっすり眠れそうだ。





今日も晴れ、絶好の観光日和である。ぬいちゃんも今日は一緒に見て回る予定で肩にかけた鞄のなかに仲良く並んで鎮座している。ちいさないのち…それだけでかわいい。シャチホコは見なくちゃダメだろうとナゴヤ城へ向かい、庭園や資料館のような建物の見学をしたりして歩いていると意外と時間が昼時になっていた。職場や山田家にお土産を買って、ナゴヤ駅まで戻りお昼は有名な味噌カツ屋さんで済ませて大満足である。残りの時間で行けるそう遠くない観光地を検索しながら歩いていると、昨日とはまた違った諍いの声が耳に入った。声の元に視線を向ければ、キラリと太陽に照された物が振り回されている。

『え…!?』

目を細めてみるとその光るものは刃物で驚愕の声が漏れる。グレーのリーゼントの男性がその刃を避けているが、周りの人々は悲鳴を上げながら巻き込まれんと逃げていく。 片足を庇いながら避けている彼は怪我をしているみたいだ。ど、どうしよう!?混乱する私が唯一できたことは110の番号をスマホに打ち込んで警察に通報することだった。

早く来て下さい!と慌てて伝える。早く、一刻も早く。彼が本当にどうにかなる前に…!

「ッらぁぁぁぁぁ!!!!」

震える指先が通話終了ボタンを押す前に、鮮やかな衣装を身に纏った男性が刃物男を横から蹴り上げて犯人が地面にひれ伏した。私含め周りが遠巻きに見ているしか出来なかったのに、なんと勇敢な人だろう。

震える手をぎゅっと握りしめて騒動の中心になっている彼らの元に駆け寄る。近づくと、鮮やかな衣装こと道化服を身に纏った彼が山田一郎であることがわかる。

『、一郎…?』
「春!近くに居たのか。大丈夫か?」
『わ、私は大丈夫。あの、怪我は大丈夫ですか?』
「ああ、死にはしねぇよ。」
「そいつはよかった」
『少し見せてください』

お互いに存在を認識しあうも、それどころではない。怪我人がいるのだ。道の端に寄って傷を見せてもらおうとすると男が立ち上がった。

「なんだお前は!関係ねぇやつは引っ込んでろ!」
「馬鹿かテメェ!関係ねぇかもしれねぇが、人が刺されそうになってンのに見過ごせるわけねぇだろ!」

噛みついてくる男性にそう一郎が返した。ああ、みんながみんな避けていたのにこの人は。昨日だってそうだ。自分の危険も顧みずに困っている人を助けられる一郎は、どうしたって格好いい。逆上して一郎に襲いかかるも、男は再び一郎の一撃で地面とこんにちはした。そのまま一郎は地面で呻く男を押さえつけて駆けつけた警察に引き渡す。それを尻目に私はリーゼントの男性の応急処置に取り掛かった。

『結構深いですね…押さえます。』
「っ…」

血が流れる太ももに手持ちのハンドタオルを折り畳みぐっと押さえつけると男性は痛みに眉根を寄せる。とりあえず止血をして、あとは警察との事情調査もあるとのことで病院に行ってもらうことになった。押さえたハンカチはそのまま差し上げることにした。ちなみに予備のハンカチなのでちゃんと綺麗ですよ。

ペコリと頭を下げてその場を一郎と去ろうとすると、名前を聞かれる。一郎はまだしも、私は名乗るまでの事をしなかったが促され名字だけ名乗り今度こそその場を後にした。





『もう、刃物に丸腰で対峙するなんて肝が冷えたよ!』
「わりーわりー。でもほっとけねぇだろ?」
『あ、反省してないな?』
「そんなことねぇって。」
『…あんまり心配させないでよね』
「おう、」

こう言ってもきっと同じ様な局面に出くわしたら果敢にのりこんでいくんだろうな。それでも心配ぐらいはさせてもらうし、それをちゃんと口に出させてもらうぐらいはしてもいいよね?チクチク伝えると大きな手が安心しろと言わんと私の頭を撫で付ける。

『…斬新な衣装だね。』
「おー、ちょっと催し物するって言ったろ?ジャグリングとかして子供たちを喜ばせる予定だぜ。」

え、そんなこともできるの。ていうか、できないことないんですか?ピエロを象った帽子と頬のペイントについて指摘すれば一郎は臆面もなく笑った。いや、何着ても似合うんですね。一歩間違えればネタとも言い難い格好だが、彼が着ればイケメンピエロでこのピエロになら化かされてもウェルカムである。

「多分一般でも入れるみたいだけど時間あるなら来るか?」
『いいのかな?』
「なんなら俺の連れってことで。」
『ふふ、ならお邪魔します。』

そうして一郎のパフォーマンスを見て、無事に一緒に東都へと帰った。2日間の旅行はあっという間に時間が過ぎ去り、車の窓から流れる景色を見ながら思い返す。

連日事件に遭遇したものの美味しいものを沢山食べて美鶴子ちゃんと沢山喋って歩いて、愛しい彼に惚れ直すことまであったりと素敵な思い出がいっぱいだ。

「眠かったら寝ててもいいぞ。」
『ううん、ナゴヤでの話したいなぁ』

帰りの新幹線は帰る時間が決まっていなかったのでとっていなかったのだが、それで一緒に帰れるんだから良かった。運転も疲れたら代わるよと伝えたがペーパーは黙ってろと言わんばかりに遠慮される。きっと大丈夫だよ、死にはしない。ナゴヤで食べたものや、一郎のパフォーマンスに対する子ども達の反応を話したりしていると、家まではあっと言う間だった。




※A/R/Bイベスト/捏造含

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