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□カランコエ(一郎連載@)
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今日の一郎は一段と機嫌が良さそうだ。
何故ならば 洗濯中、料理と今日は良く鼻歌どころではない声量で歌ってラップしているのだから。


─64,怖いものは誰にでもある─


『あれどうしたの?』
「いや、俺の口からは…なぁ三郎?」
「僕に振るなよ…!とてもじゃないけど、口が裂けても言えないね。」

あれ、と一郎の背中を指差して弟たちに問いかけるも視線を泳がせて口ごもらせる。その様子からして、二人は何かを知っている様子。

『え、何、仲間外れ悲しい…。』
「………」
「………」

泣き落とし作戦は失敗。
いや、初めから成功するとは思ってなかったけどさ。それでも二人してそんな冷たい目で見ることはなくない?なくなくない?

『ふむ…絶対に口を割る気はないんだね?』

頑なに口を開こうとしない二人に、最終手段をとる。二郎に目標を定め、両手をセット!

『こうなったら…!』

こちょこちょこちょこちょ!!!

「うわっ!あははは!まってそれは卑怯だよ…!」
『あ、逃げた!』
「まじで!これだけは!」
『ふーん。…三郎』
「…セクハラ」
『ぅぐっ…!!!』

標的を三郎に変えようとしたら、一言で撃沈した。うるうる瞳のブリザードアイでそれをだされたらもう手も足もでない。
仕方ない、これ以上無理に聞くのはやめよう。きっと彼らは一郎のためならどうしたって言わないだろうし。

そう考えた私は早々に諦め、皆で夕食を囲んだ後、SNSで推しサーフィンをしてソファーで過ごしていた。すると、ふとあるツイートが目に入る。女子数人と一郎の写真。
囲む女子は一郎の腕に絡み付き、ピースしている。一郎の表情はたじたじといった様子。

【どうしてもホラー見たいけど怖いからよろず屋に依頼してみた!】

なんて。はぁ?なにその依頼、聞いてないんだけど。いや、一々仕事の内容を報告してもらってる訳じゃないし、そうしてほしいとかじゃない。ただ、こんな風に萬屋使われるのは如何なものか。
さぶちゃんのチェックから漏れたのか、普通に受けたのか。もやもやとした感情が私の心に巣食う。

ふ、と風呂場から大音量。いや大声量が流れてくる。あ、とラジオでの話を思い出してSNSの内容と今の様子が繋がった。
ラジオで彼はオカルト系のお便りに大声でラップすれば良いとアドバイスしていた。今日見た映画はホラーで…と考えると今日の何時もと違う様子に合点がつく。
むっと結んでいた唇はにやりと端が逆に引き上がった。




そろりそろりと脱衣所の戸をあけ忍び込む。大声で韻を踏んでいる彼は私の気配に気づいてないない。
そのまま、風呂場の電気を突然消した。

「うわぁ!?何だ!!?」

慌てる一郎の声を無視してバンっ!とすりガラスの扉を手のひらで叩く。扉の向こうでガタタッ、いてぇ!と騒いでいる様子が伺える。

『うらめしや〜…可愛い女子たちと映画みたって男はどこのどいつだーい?』
「っ!春か!ビビらすなよ…!」

私が声を出すと、正体が分かってホッとしたような声を漏らす一郎。あまりの驚きように普段なら少し気の毒に思うかもしれないが、今回ばかりはおどかした事について悪びれないぞ。
だって、

『浮気した人が悪いでーす』
「浮気!?」

してねーよ!と風呂場の扉がガン!っと大きな音を立てて開いた。
わあお、刺激が強いです。ばっと両手で顔を隠したら一郎もわりぃとそっとドアを閉める。

「浮気なんてするわけねーだろ」
『そんなの、わかんないじゃん。』
「春だけだって。」
『私より若くて可愛いこにいつも囲まれてるし映画だって行ってるし』
「あー、悪かった。最初は違う依頼内容で、行っちまったら帰るとも言えなくてよ。…ああくそ、言い訳にしかなんねぇよな。」
『ううん、別にいいの。』
「よくねーよ。」

タオル取ってくれ、と扉の向こうから腕が伸びてくる。しぶしぶその手にバスタオルを渡すと中で拭いて腰にそれを巻いた一郎が出てきた。

「自分の彼女を不安にさせていいわけねぇだろ。」
『…っ…、負けました…』

降参。と両手を挙げると勝ち負けの話じゃねぇと怒られる。違ったっけ?…違うか。

「どうしたら許してくれる?」
『許すも許さないも…別に浮気してないのに、怒ってないよ。』
「……はぁ、」

大きくため息をついてがしがしと濡れた髪をかく一郎。一緒に水滴が滴った。

「じゃあ、次の休みは映画行こうぜ。」

来週からあれ映画公開だろ、とお互いの推しアニメの劇場版の話をする。

『行く!公開初日は休み取ってて、入場者特典が第3段まであるから第2段か第3段一緒に行こう!モチロン初日に休みがかぶれば是非!!!』

「ん。予定見てみるわ。」
『………お邪魔しました。』

はた、と風呂場に突撃して一郎の裸体を前にしている事実に気付き、興奮が一気に覚めて冷静になり脱衣所をあとにした。
その後髪も乾かして出てきた一郎とスケジュールを見合わせて予定を立てるワクワクに私のモヤモヤは姿を潜め、ホラー映画の内容も忘れる一郎だった。

少し女子との距離感が気にはなったけど、意外と怖がりな一郎も可愛かったなと帰宅後思い出して口角を緩めたのは一郎に秘密だ。





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