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□カランコエ(一郎連載@)
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今日は一郎と約束したデートの日。映画前に腹ごしらえだ、とムクドナルドで昼食というムードもないデートだがそれが私たちらしく繕わないでいられる心地よい時間なのです。



─66,空が高鳴った─




目の前にあるバーガーの山は一瞬で向かいに座る一郎の腹の中に消えていく。大きな手に対して小さくみえるバーガーはそれまた大きな口でかぶりつかれ、1つがものの3口で無くなった。手品か何かか。

『相変わらず一口が大きいね』
「ほうか?」

豪快な食べっぷりは男らしく格好いいのだが、頬を膨らまして咀嚼する彼に可愛さまでプラスされて私の心臓が悲鳴をあげる。彼氏、もとい推しが今日も最高です。

「春は食わねーの?」
『食べるよ。』

一郎が食べているのを見ているとなんだかお腹一杯な錯覚に陥るが、映画館でお腹が鳴るのは避けたいので私もバーガーにかぷりとかじりつく。うん、これ3口は絶対無理。

「ちっせぇ1口だな。」
『一郎が大きすぎるんだよ。』

案の定指摘され、一郎のほうがおかしいんだぞと目を向けると眩しい笑顔。え、スマイル0円?金払わせてくれ、まじで。一郎のスマイルならいくらでも注文するから。マージン山田家に支払ってもらえればおっけーです。

『…お腹いっぱいになってきた。一郎、ポテト手伝って〜』
「もう腹いっぱい?少食じゃねぇか?」
『いやいや、フツーです。』
「もっと食っとけ。」
『えっ…!?』

ムリムリムリムリ。
一郎がポテトを摘まんで私の口元に持ってくる。これはあーんですか。こんな公共の場で!?恥ずかしいけど推しに差し出されたもの断ることができますか、いや、できない。出来るわけがない。ぱくりとポテトの端を咥えれば指が離れ、もぐもぐと口のなかに納めていく。

「はは!顔赤ぇぞ」
『もう!一郎も手伝ってってば。』

耳まで真っ赤であろう私をからかう一郎に、仕返しと私もポテトを差し出す。これだけじゃちょっと足りないか、と思ってあーんのボイス付きでやってみると、その声の後に口を開くのはやっぱり羞恥心が強まったみたい。

「あーんて、お前…」
『一郎も真っ赤じゃん』

したり顔で笑えば、ぐしゃぐしゃと頭を撫で付けられる。多分端から見たらバカップルでありリア充爆発しろと呪いをかけられていそうだ。そんな呪いを跳ね返してくれそうな山田一郎が居るから大丈夫だろう。
恥ずかしすぎるからとお互いに反省して、各々で自分の口にポテトを運び、ほとんど一郎に食べてもらってちゃんと完食する。

時間が余ったので本屋に寄り、目当てのものも手に入ったことでホクホクと満足している。まだ時間はあるが早めに着いてポップコーンを買っておこうと映画館に向かって歩いていく。あれだけのバーガーを詰め込んだのにまだ入るのかと一郎の胃の心配をする私を他所に、本人はキャラメルか塩かで悩んでいる様子。ハーフもあるだろうと提案しているとぽつり、と頬に小さな衝撃が。

ぽつ、ぽつ、ぽつぽつぽつ……

『え、雨…』
「春、走るぞ!」

空から次々と落ちてくる滴は次第に増えてきて、一郎が私の手を取って走り出す。近くにあったお店の軒先にお邪魔して雨宿りさせてもらうことにした。シャッターは閉じているので迷惑までは掛けないと思う。


「『本は無事(か)!?』」


ばっとそれぞれビニール袋の中身を開けて確認する二人。全く同じタイミングで同じ動きをした私たちは顔を見合わせる。

『ぷ、っ…!』
「くっ、…ははっ!」

どうしようもないオタクの性に、吹き出して笑い合う。ああ、おかしい。
たったこれだけのことなのに、どれだけ小さくても私の幸せだ。

「よかった、中身は濡れて無さそうだぜ。」
『私の鞄、まだ余裕あるし入れる?』
「ん。さんきゅ。」

お互いの頭や肩にのっかった水滴と共にビニール袋についたそれをハンカチで拭いとり、鞄に入れる。
止むかな、と2人で空を見上げたが太陽を遮る雲は分厚そうだ。


「さっきまで晴れてたし、雲が流れたら止みそうだけどな。」
『映画、間に合うかな。』
「あっちは晴れてるっぽいし大丈夫だろ。」


一郎が指を指した方角は雲が切れている。少し風も強く、雨雲が立ち退くのも時間の問題か。雨足が弱くなれば、走って向かえば間に合いそうだ。
時間潰しに、ぽつりぽつりと会話を始める。

『転ムラ、今日の19時に重大発表だって。』
「なんだろな…」
『あれ、あれじゃん。二期。』
「ん?二期の発表、前になかったっけか?」
『まって強めの幻覚すぎない?』

[転生したら最強村人で天下とっちゃった]の話をすると、私の知らない情報が出てきて混乱する。一郎もハテナマークを浮かべて記憶を捻り出そうと頑張っている。

「いやマジでどっかで聞いたって!来年春に。」
『うそ、私の見逃しかな、』

具体的な時期を口にするので私のほうが把握ミスの可能性が高まってきた。スマホで検索をかけると、一期の放送後、勝手に二期やるってよ!とSNSで盛り上がっている投稿がちらほら。うん、公式での情報はやっぱり誰かの幻覚が事実としてインプットされてたみたいだ。

『みんな幻覚見えてるんだけど』
「まじか、発表された画まで出てきてたわ。」
『オタクの脳みそこわ…』
「供給がなければ自分で補填する能力が高いんだよなぁ。」
『あ、』

雨が止む。ほらな、すぐ止んだ。と一歩先に踏み出して得意気に笑った一郎がこちらに手を差し出した。

「春、行こうぜ!」

一郎の背中の向こうで、虹がかかる。キラキラと太陽の光で大気中の水滴が輝き、一郎が一層煌めいて目を奪われる。きっと空も一郎の笑顔をみて輝きたくなって虹をかけたのではないだろうか。

ああ、なんて美しいんだろう。

あまりの視界いっぱいの美しさに思わず息を飲むと、雨が空気中の塵を地面に落としたアスファルトの匂いが鼻腔を通る。

差し出された手に自分のそれを重ねるときゅっと握られた手が温かい。彼の笑顔と体温、これから見る映画への楽しみに、ドキドキと胸は高鳴った。







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