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□ラナンキュラス(一郎連載A)
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左腕のギブスは取れぬまま、事故から1週間経とうとしていた。一郎くんと偶然の出会いをしてから、いつもと何ら変わりない日常を過ごしている。と、言いたいところだが実はそうでもない。私は郵便受けから取り出した手紙をテーブルの上に並べて腕組をしながら唸った。


『ううーん…』


一見なんの変哲もない封筒と便箋なのだが、それには切符や消印はなく宛先の私の名前だけが記されており、便箋に書かれた内容も気持ち悪いと言っていい物なのだ。


【今日も仕事お疲れ様。】
【腕の怪我は大丈夫?何かあったら僕に頼ってね。】
【今日の髪型は1つにくくらずハーフアップだったね。それも似合ってる。】
【いつも見てるよ】

一郎くんと会って自宅に帰ってから、それが郵便受けに入り出したのに気がついた。気持ち悪い、とは思うものの実害はないためゴミ箱に投げ入れ放置していた。が、流石に連日投函される手紙を気にせずにはいられなかった。

神経は図太いと自負しているが、この手紙がきだしてから周りの視線が少し気になるようになった。まぁそれぐらいで生活していれば忘れて過ごしていることが多いので図太いのは図太いんだろう。

このまま相手が飽きてくれればいいんだけどなぁ。一応何かあったときのために、その手紙は束にして置いておくことにして棚の引き出しと頭の片隅の奥にしまいこむ。



そして、それとは別に困ったことが起こった。なにが困ったって、家のエアコンが故障したのだ。それに加えて、これからの時期エアコンは必須でありカスタマーセンターに連絡するも同様の依頼で予約はパンパンだとのこと。


『嘘でしょ〜…』

げんなりと項垂れる私に、ふと一郎君の頼って下さいという言葉がリフレインした。ああ、困った時は彼らにお任せ!である。

がばりと起き上がってダイヤルを押し、数コールの後に数日前に聞いた声が。


[はい、萬屋ヤマダです]
『あ、依頼をお願いしたいのですが…』
[はい、依頼内容をお伺いしても?]
『エアコンの修理なんですけど、大丈夫ですか?』
[大丈夫っすよ!]


電話でも一郎くんの声は好青年らしくハキハキしていて気持ちがいい。話を進めていくと私だと気づいたみたいで、早めの対応が出来る日程を組んでくれた。ありがたい…カスタマーセンターの予定日より大分早くエアコンの修理ができるみたいで無事に冬を迎えられそうだ。





「春さん、こんにちは」
『一郎くん、いらっしゃい。』


そして数日後一郎くんがやってきた。部屋に上がってもらうとのことで事前に部屋は片付けて置いたので大丈夫だったのだが彼はキョロキョロする様子はなく問題のエアコンに向かい合う。こういったプライバシー保護の観念も素敵すぎるし有能なんだなぁと実感した。

「ちょっと工具広げるんで下にビニール敷かしてもらうっすね」
『うんうん、お任せします。』


お願いします、とぺこりと頭を下げて取りかかった一郎くんの背中を見つめる簡単なお仕事を私はこなす。手際よく解体されていくエアコンを見て何でも出来るんだなぁと更に感動する。


低めの脚立に跨がって作業を進める横顔にちょっとくらりとするぐらいは許して欲しい。一郎くんの顔が良すぎるから悪い。と責任転嫁したのは秘密。


こんな男前と自分だけの二人きりという状況に気づいたが、それで浮き足立たないのはこんなおばさんと一郎くんでは釣り合いがとれないことやそんな感情が向こうにあるわけがないという現実をみれているからだ。弁えてますよ、ええ。


「事前に機種聞いてたんで、持ってきたパーツでなんとかなりそうです。」
『ほんと?良かったー!』


ばんざーい、と大袈裟に喜びを表すと彼も良かったっすと明るい笑顔を見せてくれる。直るという安堵から、その場を離れてキッチンへ。もうすぐお昼時になるし、と一郎くんにご飯食べていきなよと声をかける。エアコンに向けていた視線がこちらに向いた。


「え、そんな気使わないでくださいよ」
『気つかってないよ、私のついでにどうかなって。』

大したものは作れないし。
どうせボッチ飯だし。


「なんか春さんには飯もらってばっかな気がすんな…」
『あ、ホントだ。そうかも。』


口止め料から、報酬のおまけ、そしてボッチ飯に付き合えと食事ばかり誘っていることに気づく。なんだか食べさせたくなるんだよなぁ。そして結局私に負けて一郎くんがご飯を食べて帰ることに決まる。一郎くんはエアコンを元通りに戻している間に私はご飯を作るのに取りかかった。



暫くして作業が終わったので食卓を二人で囲む。いただきます、と私が率先して言えば彼も遅れて手を合わせた。炊いたご飯と、簡単なささみの照り焼き、ポテトサラダがあっという間に胃袋の中に吸い込まれて空になったお皿になんだか爽快感を覚える。


そんな楽しい食事の一時を遮るように、ピンポーンとインターホンが鳴った。

『ちょっとごめんね。』
「大丈夫っすよ。シンクに下げときます。」
『え、置いといていいよ〜』


気を遣う一郎くんに背を向けてインターホンモニターに返事をするも応答はなく、ドアスコープの向こうも誰もいない。ドアを開けると、ごとりと何かが当たった。

『紙袋…?』


可愛らしいピンクの紙袋がぽつりと置かれており、リボンの持ち手を掴んで中を覗き込む。紙切れが一枚、封筒が一通、こぢんまりとした包みが入っている。取り敢えず辺りを見回すが人影はなく、一歩玄関に戻って扉を閉めてから中身を確認する。


『ひっ…!』
「?春さん…?」

悲鳴のようなひきつった声をあげた私を心配して、どうかしましたかと奥から顔を覗かせる一郎くん。思わず床に散らばった写真をかき集めて見ないで、と制止した。


封筒の中身は、私の脱衣場だろう場所であられもない姿を晒している写真と、メッセージ。

【ああ、早く春のこの綺麗な身体に触れたい。】
【プレゼントを用意したよ。気に入ってくれるといいな。】
【しなやかなスタイルの君にぴったりだと思うんだ。】



そして封筒の外にあったのは中身とはうって変わって乱雑に書き殴られた言葉。


【折角二人で休みだから会いに行ったのに男を連れこんでるなんて!僕と言うものがありながら!許さない!!!】


「なんすか、これ…」
『あ……』


写真だけは私の手の中だが、こぼれ落ちた乱雑に書かれた紙切れを拾って目を通した一郎くんが眉を寄せた。

「もしかして、これストーカーじゃないっすか?」
『あー、多分?』
「多分じゃねぇよ、何時から?」


ちょっと怒りの感情を言葉に乗せ語気を強める一郎くん。ピリついた空気により身を竦める。

『1週間ちょっと前、ぐらいかな…?』
「前に俺と会った時ぐらいっすね…。その手の中のは?」
『うーんと、あの、盗撮?みたいな。……お風呂場の。』


最後に付け足せば、その写っているであろう姿が理解出来たのだろう。ぎゅっと大きな一郎くんの拳が力一杯握られたのが分かる。


「…風呂場、どこっすか?」
『…こっちです。』


ちょっと見ますよ、と声をかけられて私が頷いたのを確認し脱衣場に入っていく。下着とか入っている棚もあるが仕方ないと諦めた。お目汚しかも、ごめん。

暫くして出てきた一郎くんの手には小型のカメラが握られていた。


「今すぐぶっ壊したいけど、証拠品になると思うから置いときましょう。」
『………』

予想は出来ていたものの、実際にでてくるとやっぱり恐怖心がわき上がってきて私は言葉を失う。そんな様子に、一郎くんが眉尻を下げて背中を擦ってくれた。


「大丈夫……じゃないっすよね」
『、真っ正面から来られたら、殴ってやれるのに…!』
「春さん、そうじゃないっす。」
『だって!こんな陰湿なのどう対処したらいいか…!』


そう、面と向かって気持ち悪いことをされたら腕っぷしに自身のある私は何が何だろうとボッコボコに出来る。でも、不法侵入や盗撮など陰でコソコソとされるとどうしようもないし、気持ち悪さに拍車がかかる。


「警察に連絡しますか?」
『警察……そんな大事にするのも…』
「春さん。れっきとした犯罪っすよ、これ。」
『そ、っか。そうだよね…』


警察沙汰となると急に尻込む私を一郎くんが叱咤する。悩む私に、一郎くんが別の案を提示した。


「もしくは…
萬屋ヤマダ、使ってみねぇっすか?」


ああ、なんて頼もしいんだ。
少しニヒルに笑う一郎くんに目が眩んだ。





title by 溺れる覚悟


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