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□ラナンキュラス(一郎連載A)
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改めて、萬屋ヤマダに依頼という形でストーカーの特定を頼んだ。

[今日、ちょっと見張りしてます]

今朝、登録した連絡先からそう一言メッセージが送られてきた。送り主は一郎くんであり、了解のスタンプを送って返事をする。犯人から気付かれないように遠くから私を見守るとのことで、視線を感じるかもしれないよという主旨の私に対する配慮の連絡でもある。

依頼から1週間ちょっと経ち、その連絡は今回で三度目。もちろんその1週間の間、郵便受けに入る手紙は相変わらず続いていた。そして今日は火曜日で午前に半休をもらい、左手首の診察のため病院に行く予定が入っている。あらかじめ一郎くんにも伝達済みだ。



受診後昼食をとって直接職場へ迎えるよう、スーツを着て家を出る。骨折の診断をもらったのは大きな病院だったが長期で診てもらうために紹介状を書いてもらい近くの整形を取り扱った近所のクリニックに通うこととなった。

「いやぁ、若いってすごいねぇ…」
『あ、はは…』

レントゲンを撮った結果、ヒビが入っていた骨は順調にくっついているみたいだ。しかし私の驚異的な回復に 普通は4週間ぐらいはギブスつけてるんだけど、と医者は笑う。
2週間ちょっとでかなり回復していたみたいでギブスに専用の刃を入れて切り取られた。すっきりしたが、洗えてないため臭いが気になる…。とりあえず手のひらだけでも洗おう。診察室出たらすぐ洗おう。


「治ってるからって無理しちゃダメだよ。暫くはギブスの代わりにお風呂以外は基本的にサポーターをつけてね。あと、少しずつリハビリを進めていきましょう。」
『わかりました。ありがとうございます。』
「はい、お大事に〜」


正直、ヒビなんて可愛いもんで昔はあちこち骨折してきた。昔から怪我は治りやすいタイプなのである。ぐーぱーぐーぱーと手を動かして 気力ですぐ治そ、と心の中で呟いた。


次はリハビリの予約をとり病院を後にした。待ち時間もありあっという間にいい時間になってしまったので近くのカフェで軽く食事を済ませて会社に向かう。


『半休ありがとうございました〜!』
「桧原さん、ギブスとれたんですね」
『はい、まだ無理はだめだと釘をさされちゃいましたけど。』
「桧原はいつもしっかり働いてくれてるし、こんな時ぐらいは周りに任せていいんだよ」
『ありがとうございます。』


昼休憩も終わりかけに出社すると、物々しいギブスから軽そうなサポーターを巻いた腕の私に優しく声をかけてくれる先輩後輩たち。早く直して、フォローしてもらった分を返さなきゃ。そう思って休んでいた分の仕事をできるだけ終わらそうとデスクに向かった。





ギブスが外れた反動で頑張りすぎてしまった。出来なかった仕事をもう少し、と粘っていつもより少し遅い時間に退勤する。寒くなり、日が暮れるのが早く18時にはすっかり暗くなってしまっている。

自分の歩くのと一緒にヒールが地面を叩く音がなる。家に近づくにつれ、人通りはもちろん減り足音も減ってきて自分のそれが一際分かった。


『………』


駅からではないが、誰かが近くにいるのが分かる。いつから、といえば少し前のコンビニの前を過ぎた辺りか。一郎くんかも、と気にしないように家までそのまま向かい、いつも通り郵便受けを開けてげんなりする。もはや見慣れてしまった封筒が3通入っている。一通にまとめろや。


持ち帰り、家の中のコンセントプラグを確認して封筒の中身をみる。コンセントプラグは新たな盗聴機や盗撮機がないかチェックするように一郎くんから言われていた。本当は、封筒の内容は見ない方が精神安寧上いいのだろうけど、私の精神はそんなやわではないし犯人の今の感情などにエスカレートがないかチェックするため。


『ぅげろ〜……』


相変わらずの甘ったるく気持ち悪い文章に胸焼けした。どうしたら接点のない相手にこんな文章が書けるのか、想像も理解もできない。


1通目
【昨日は雨だったね。春の笑顔が僕の太陽だから、僕の心の天気はいつだって晴れてるよ。】
【今度こそ次の休みはデートしたいなぁ。春の好きなイタリアンの店を予約しておくから楽しみにしておいて。】
【カメラが壊れちゃったのか、画面が真っ暗なんだ。また新しく買ってくるからね。るかの色んな表情を撮りたいな。思い出を沢山つくっていこう。】
【怪我の調子はどうかな?お風呂とか大変だろう。僕が一緒に入って洗ってあげるのに。】

2通目
通勤中の私の盗撮写真が数枚。


私の笑顔が太陽なら、それをテメェが曇らせてるから常に台風だし私はイタリアンなんかよりそこらの居酒屋で飲んだくれるのが好きだ。カメラも壊れてるんじゃなくて布にくるんで萬屋さんに預けてるからだよバーカ。つか不法侵入を事前連絡してくんな。風呂は一人で入れてるわ糞が…っとお口が悪くなってしまったわ。危ない危ない。


3通目
【ああ、やっぱり何度考えても納得できない。】
【なんで春は僕以外の男を家に呼んだりしたの?】
【春はそんな尻軽な女じゃないよね?】
【まさか触れられたりしてないよね。そんなことがあったら許さないから。】
【言い訳でも考えておきなよ、しっかりお仕置きして躾直してあげるからね。】



はぁ、とため息が漏れた。前々から思っていたがストーカー野郎は過剰な幻想を私に抱いて自分の理想を押し付けているみたいだ。現実の私と、文面の私ではギャップが大きすぎる。きっとプライベートではなく外面を作っている時に接点のある人物なのだろう。つーかなんだよ躾なおすって。逆に躾なおしてやりたいぐらいだっつーの。


気持ち悪い、というよりもイライラしてしまい寝室に吊るしてあるサンドバッグを右手だけでボッコボコに殴ってストレス発散した。不法侵入したから私の家に簡易のサンドバッグがあるのは気付かれているのだがフィットネスボクシングをして自分磨きをしていると勘違いしているらしい。(手紙に書いてあった)
脳ミソお花畑かっつーの!

最後にサンドバッグがもう一度ボスッと鈍い音をたてた。





お風呂に入り、久々に左腕がスッキリした。鼻唄を歌いながら髪を乾かしているとピコン、と一郎くんからメッセージが届く。犯人特定したっぽい。それで直接話せるかという内容に、空いてる日程を返事した。そろそろ気持ち悪いうじうじヤローとはオサラバだね。また鼻唄の続きを奏でて髪を乾かしはじめた。




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