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□ラナンキュラス(一郎連載A)
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「春さん!」


振り返ると、駆け寄ってくる一郎くんの姿が見えた。

『あれ〜いちろーくん?』
「あれだけ危機感持ってくださいって言ってんのに…」
『ごめーん。一郎くんが守ってくれるって思ったら安心しちゃってさ。』
「…はぁ。」


やっぱり叱られてしまい、予想通り過ぎて思わず口角が上がってしまったのが少し恥ずかしくて口元を隠した。あら、大きなため息。暗がりでちょっと見えづらいけど、これは照れてるのか?そっぽむいた一郎くんを覗き込めば、送りますよ。と先を行ってしまった。それが可愛くて、またふふっと笑ってその背中を追いかける。


「楽しかったっすか?」
『うん!やっぱり持つべきものは親友だなぁって思った。』
「そっすね。」


はぁ、と一郎くんが同意して自分が吐いた息を見つめた。質問に答えただけなのだが、なんだか触れてはいけなかったのかと一瞬壁を感じる。


『寒いね。』
「っす。急に寒くなって俺ん家も暖房器具出しましたよ」
『それがいいよ〜。てか、夜中にごめんね。弟くんたちは?』
「気にしないでください。ちゃんとメシ一緒に食ってきたんで。アイツらは明日休みだし好きに過ごしてるっすよ。」


話を変えると空気が和らぐ。それでも未成年をこんな夜中に連れ回すのはいい大人に怒られちゃうかも。今日だけは悪い大人になります。…今日に限ったことじゃないか。


近くのコンビニを過ぎて、自宅までもう少し。
沈黙が続くも、特に居心地の悪さは感じなかった。


「春さん、」
『うん。』


こそっと一郎くんが身を屈めて私に耳打ちをしてくる。後ろの気配に、こくりと私も頷いた。


「春!」
『…どなたでしょう?』
「な、何言ってるんだ!?ボクという恋人がいながら、他の男とイチャイチャして…!」


ついに、初めて直接声をかけられた。二人で足を止めて振り返ると一郎くんが調べあげていた犯人と同一人物が拳を握りしめて震えている。わぉ、さすが萬屋ヤマダ。お仕事が正確だわ。


冷静に返事をする私に声を荒げる男は、耳打ちをイチャイチャカップルの囁き合いだと勘違いしている様子。うーん、なら。


「え、っ」
『前にお食事会でお会いした方ですよね?』


隣に立って事の運びを観察していた一郎くんの腕にきゅっと絡み付き抱きついた。驚いた声を小さくあげる一郎くんにこっそり目配せをすると何か悟ってくれたみたい。うん、やっぱりこの子は聡い子だ。


「おい、お前…!ボクの春に気安く近づくな!」
「それはこっちのセリフだ。」


組んでいた腕をほどき、代わりにその腕で私の肩を抱き寄せた一郎くんが鋭い眼光を男に向ける。相手を騙す程度に腕を組むぐらいのスキンシップ予定だったので一枚上手の一郎くんの演技にドキッと私の胸が高まってしまった。


「春に、何か用か?」


突然敬称を外して名前を呼ばれ、さらに心臓はドコドコと暴れだす。え、あなた19歳だよね!?19歳で演技でこんな彼氏力強いとかどういうことなの!とピリついた状況と相反して1人盛り上がってしまっているのはやっぱり私の可愛げないところ。…いやそれどころの話ではない、正真正銘の能天気バカだ。


「お前たちはどんな関係なんだ!?おい春、答えるんだ!」
『…見て分かりますよね?』

これ見よがしにきゅ、と抱き寄せられたまま一郎くんの腰に両腕を回して抱きつき、常良に返答する。オマケに、一言。


『それに、一度食事会でご一緒しただけのあなたには関係ありません。』


だけ、を強調したのはご愛嬌。これで自分の勘違いを気づいたり恋人がいるなら、と諦めてくれたらいいのにな。


「そ、そんな…」
「そういうことだ。もう春に近づくんじゃねぇぞ。」


萎れた男の様子に、諦めたのかと思ってその場を去ろうとしたその瞬間。


「嘘だ嘘だ嘘だ!春は騙されてる!そんなチャラついた男が春に相応しいわけがない!」


うわ まじか。願いとは裏腹に逆上系男子の常良に露骨に顔に出てしまった。つーかなんだよ、逆だろ逆。私が一郎くんに釣り合わないんだ、訂正しろ。


「なぁ、アンタ。自分がやってることが良くない事だって分かってんだろ?もう迷惑かけるのは止めろよ。」
「迷惑!?迷惑なのはお前だろ!俺と春の間を引き裂いて!純情な春を汚すんじゃない…!」


じゅ、じゅんじょう…?ジュンジョウって…あの純情?
なんとか男を宥めようと落ち着いた様子で一郎くんが諭すが、火に油を注いだようで常良の妄想が膨らんで暴発している。あまりの妄想に私の目は点である。


「春にはボクしか居ないし、ボクにも春しか居ないんだ…!」
『あの、すみません。何を勘違いしてるのか分かりませんが、私は貴方とほぼ初対面と言える程度で貴方と恋人のような関係になった覚えはありません。もうこれ以上私達に関わってくるのであれば、通報しますよ。』
「春…!なんでそんな酷いことを言うんだ…!」


話し合いで済ませようとする優しい一郎くんの慈悲も彼には届かず収集がつかないため、私からキッパリと突き放す。本当に、これでダメなら警察に相談かな。すぐに動いてくれないかもしれないからまた長く戦う必要がありそうだ。はぁ、とため息をついて一郎くんの腕を引っ張って踵を返す。

『行こ、一郎くん』
「いいのか?」
『ストーカーなんてほっとこ。』
「ストーカーなんてって…アンタなぁ…」


ストーカーとこれまた強調してやった。これが逆上系にはやってはいけないことだった。


「お前が…お前が居るせいで…!!」


バタバタと迫ってくる声に振り向くと、視線の端にキラリと街頭で反射したものが入り込む。男が刃物を握りしめて向かって来たのを一郎くんは避けたものの少し刃先が当たったのか身を庇った手の甲から血が滲んでいる。流石に私の琴線に触れた。プッツン来た。

また懲りずに一郎くんに向かって刃物を振り上げた男に私が立ちはだかる。


「春さん!?!!」

勢いを殺せない男の腕を左腕で叩き上げ、右拳を男の鳩尾にめり込ませる。息の吸えない程の痛みに見回れた常良の手の力は緩み、その隙を逃さずに上段回し蹴りで腕を狙い、刃物が宙を舞った。丸腰になった男の胸ぐらをつかみ、怒鳴り付ける。


『てめぇ、誰に手ぇ上げやがってんだ、ああ!?!!?』
「ひぃ…!?」
『私に何したって構わねぇ!でもな!周りの大切な人に手出したら容赦しねぇからな!』


どんっと胸を押すと、尻餅をつく男が絶望の表情を浮かべ私を見上げる。


「ボクの春がこんな暴言を吐くなんてありえない…!」
『有り得るんだよ、バーカ。勝手に自分の理想像押し付けて妄想膨らましてオナってんなよクソが。』


冷ややかな視線で中指をたててやれば、こんな女は願い下げだ!とバタバタ去っていく。知るか。しかも何で私が振られたみたいになってんだよ。


情けないその後ろ姿に舌打ちしたら、後ろから名前を呼ばれる。あ、これは一郎くんが怒った時の声だ。ストーカー被害がバレた時とおんなじ声色。


『一郎くん、怒ってる?』
「ちゃんと自覚はしてるんすね」
『いやぁ、左腕はそんなに使わなかったよ。』
「それもそうだけどっ、そう言うことじゃねぇって!危ねぇだろ!」
『だって、身体が勝手に動いちゃってさ…』


ごめん。そう一言謝ればまたふかーい溜め息が溢される。


「別に責めてる訳じゃねぇんだ。」
『うん、心配してくれてるんだよね。』
「わかってんなら、いいっすよ。」
『ありがとう。』


また家の方向に歩き出す一郎くんの横に並ぶ。しばらくすると、ふふ、と突然笑い声を溢す一郎くん。


『何笑ってんの?』
「いや、何か後から笑けてきちまって…」
『?』
「やっぱスゲーかっけぇっすわ、春さん。」
『なにそれ、褒めてる?』
「褒めてますって。」


嘘だぁ、と返していればもう家に到着してしまった。


「んじゃ、寒いんで風邪ひかねぇよう気をつけてくださいっす」
『あ、待って!手の傷の手当てしなきゃ!』
「いや、もう遅いんで春さんはゆっくり休んでください。それにかすった位なんで舐めときゃ治りますよ。」
『ええ〜…』


ちょっぴり、離れがたいなんて、そんな気持ちが私の中にあったのかもしれない。けれど一郎くんも言うとおり日付が変わりそうなぐらい遅い時間に未成年を引き留めるのも気が引ける。去ろうとする一郎の背中に声をかけた。


『気を付けてね!』
「男なんで大丈夫っすよ」


ありがとう!ともう一度伝えると、また手を上げて返事をする一郎くん。ああ、なんだこの気持ちは。もう離れてしばらく経つのに、抱き寄せられた肩が熱い。


自分の中で消化できない想いが生まれた、午前0時。





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