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□ラナンキュラス(一郎連載A)
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がさり、と手に持った袋が音をたてる。俺はその音に弟達は喜んでくれるだろうなと心を踊らせた。今日はクリスマス。依頼が長引いてしまい夜遅くになっちまったのできっと先に寝ているだろう弟たちの枕元に置くのが今日の最終ミッションだ。電気の消えたビルを見上げ、気合いをいれてこっそりドアノブを回す。

暗闇の室内はシーンと静まり帰って、いつもの賑やかさは息を潜めている。何か、おかしい。何がと言うわけではないがざわざわとえも言えぬ焦燥感が俺を襲う。そうか、ここには、誰もいない──。


ぶわり、と耳の奥で幼い声での罵声が木霊する。

──あんなヤツ、兄ちゃんなんかじゃねぇ!
──僕は、着いていけません…!

そうだ、俺は、

ふとくしゃりと額に手を当て前髪を握るといつもより短く感じる。革のブレスレットが手首で揺れている。顔を上げれば、目の前に大きな鏡が立っていた。そこに写ったのは、懐かしい学生服を身に纏った──



「───っ!!!」


がばりと身を起こした。自分の荒い息と、じっとりと汗ばんで張り付くシャツ。そこは見慣れた自分の部屋のベッドの上だった。時計をみると、まだ5時にもなっておらずカーテンから覗く空はまだ暗い。


「……夢、か。」


強張っていた身体の力が抜ける。ぐっと喉元に何かつっかえたような気持ち悪くて泣きたくなるような感情が俺を襲う。とりあえず、シャワーでも浴びるか…。気持ちを切り替えるためにそのままベッドから抜け出した。







こんな日に限って今日は珍しく依頼は入っていないためオフだ。アニメを見てもやラノベを読んでも、なんだか集中出来なかった。どうしようもなく気が晴れなくて街に繰り出すことにする。


『あれっ!一郎くん?』
「春さんじゃねぇっすか。」
『こんにちは。今日は仕事?』
「ちはっす。いや、休みでぶらついてたんすよ。」


声をかけてきたこの人は、桧原 春さん。犬の散歩でお得意先の桧原さんの娘さんだ。出会いから、今まで彼女には衝撃ばかり受けてる気がする。
普段はおしとやかで柔らかく微笑んでおり、最初の出会いでのズボラさが逆に嘘なんじゃねぇかと思ったぐらいだ。初対面で、頭を撫でられた時はびっくりしたが…弟の頭を撫でることはあるものの、頭を撫でられたのはいつぶりだっただろうか。なんだか照れ臭かったのを覚えてる。


次に出会ったのは、暴漢に襲われかけていた春さん。助けようとしたら、すっげぇ身のこなしでアッパーからの膝蹴りを披露してあのキレイな顔と真反対の罵声が吐き出されて驚いた。俺の出る幕なんてなくて、素直にすげぇ、と見入っちまったぜ、あれは。そっから口止め料としてコーラ奢ってもらったんだっけな。そん時にちゃんと話して仲良くなったと思う。


その次はデパートで偶々出会って、飛び込みの依頼で彼女の服を選んだ。合コンっつー言葉は自分と縁のないイベントで、なんだか戸惑ってしまった気がする。女の買い物は長ぇって聞いてたけど、春さんはパパっと選んじまってそんなに時間はかかんなかったんだよな。好き嫌いがハッキリしてるのか、あんまり優柔不断では無さそうだ。二郎はメニューや服を選ぶのに時間がかかるんだよなぁ。三郎はすぐ決めるんだけど意外と限定メニューとか選ぶ。


次に見たときの春さんはギブスを腕に巻いて首から下げており、痛々しい姿にまた驚かされる。しっかりしてそうで適当なのか呑気なのか楽観的な春さんにちょっと呆れた。おいおい大丈夫なのか?と心配になったぐらいだ。そんでエアコンの修理で春さんの家に行ったんだけど、頼ってくれっつー言葉を思い出してくれたんだなと少し嬉しかったんだよなぁ。またこの時も飯一緒に食ってけって言葉に甘える。兄弟以外と飯食うのが新鮮で、しかも女性の家で二人っつーちょっと意識しちまったのは仕方ねぇと思う。

そしたらストーカーされてるっつーことが分かって、なんでほったらかしてんだって犯人は勿論だが自分を蔑ろにしてる感じがして春さんにもちょっと怒りを覚えた。そのままだとまた放置しそうだったんで、余計なお節介だったかもしれねぇが少しでも力になれたらって思って首つっこんで、犯人を特定して、あれよあれよと犯人と対峙。守るはずが、守られちまった。恋人の振りをした時、あまりの距離の近さに冷静を装うのに必死だったことは春さんにはバレてなかった、と思う。家に帰ってから抱き寄せた肩の華奢さを思い出して頭抱えたのは秘密だな。に、しても…


『一郎くん?』
「あれは鮮やかな上段回し蹴りだったなぁ」
『ちょっと!そこ掘り返す!?』
「ははは、いやぁ…まじで目に焼き付いてるっすよ。啖呵切ったのもカッコよすぎっしょ。」


ぼんやり彼女のことを思い返していると、きょとりと俺の顔を覗き込む春さん。笑っていると、忘れてくれと眉尻を下げる。さすがにあれは忘れることはできねぇな。あまりに俺が笑っていると、流石にむっとしてもー、と文句をたれている。


『うーん…』
「?なんすか?」
『なんか、一郎くん元気ない?』
「え…そっすか?」


内心ドキリとした。フツーにしてるつもりだったんだけどな。真っ直ぐに覗き込んでくる栗色の瞳にたじろぐ。否定も肯定もしてない俺に、春さんが今日はオフなんだよね?と確認してくるので頷いて返した。


『じゃあちょっとだけ付き合って!』


そう言われ着いていった先は水族館だった。自分の住む街にあるものの、近すぎてあまり行くことは少ない。先々進んでいく春さんがチケット代を払うため、慌てて俺も財布を出すもいらないとはね除けられる。春さん、こういう時 譲ってくれねぇんだよな。


「久々に来たな…」
『私も!近くに住んでるのにね。あ、ほら見て!』
「ちょ、…」


手を取られ引っ張られ水槽に近づいた。はしゃいでるのは春さんなのに、すごいねぇと水槽からこちらを振り返って俺に同意を得ようとする表情はなんだか子どもを見るように優しくて落ち着かない。


薄暗い館内で大きな水槽が浮き上がって思わず見入る。無言のまま順路に沿って進んでいく。二郎だったらはしゃいでいるだろうな。三郎は魚の説明文を読み込んで、先々すすんでいく二郎に文句を言いそうだ。


ぼんやり、そんなことを考えて自由に、それでも狭い世界で泳ぐ魚を眺めているとそういや春さんが隣にいたんだったと思い出して視線を彼女に向ける。水槽から漏れでた光がその横顔を照らしているのを見て とくりと心臓が穏やかに鳴ったのは何だろうか。


『お腹空いてきた…』
「は?…ふっ、はは!まじかよ、春さん水族館でそれはねぇって!」
『え、あそこ泳いでるのアジだよね?アジ食べたくない?』
「…多分そっすね。なんかつられてアジフライ食いたくなってきました。」
『アジフライいいねぇ〜。でも、新鮮ならやっぱ刺身かなぁ〜』


思いがけない発言に笑っちまった。飼育員に怒られちまうな。そっからまた館内を見て周り、水族館を後にする。ああ、また兄弟でどっか釣りとか出かけるのもありかもしれねぇな。


また弟たちのことを考えていたことに気づく。彼女の買い物の時間からあいつらならこうとか、水族館にあいつらを連れてきてたならどうだろうなとか、ふとした時に浮かぶのは弟二人の顔。どうしたってあいつらは俺の中心で、大切なんだ。


朝見た夢を思い返す。あいつらに俺は、必要とされてるんだろうか。胸を張って、チームを引っ張っていけてるんだろうか。結局支えられているのは、俺なんじゃないか。


『一郎くん、』
「あ…」
『気晴らしに、と思ったんだけど役に立てなかったね。』
「いや、久々でめっちゃ楽しかったっすよ!」
『ならよかった。…んー、でも流石にそんな顔してる一郎くんをこのままほっとけないかなぁ。』
「、どんな顔っすか」


名前を呼ばれてはっとする。笑っているが眉を下げて言う春さんに慌ててそんなことないと否定する。水族館では自然と笑顔になっていたし決してつまらなかった事はない。それでも納得しない春さんが言う俺の顔はどんな表情なのか。


『うちにおいで。ちょっと遅くなったけど、お昼も食べよう。』
「ぇ、」
『ほら行くよ。』


突然の提案に驚いている俺の手を引いて既に歩き出す春さん。振り払おうと思えば振り払えるが、強く握られた手に少しだけ握り返した。それと ホイホイ1人暮らしの家に連れていくって、春さん俺の事男だって思ってねぇよな…。




スーパーに寄っていき、時間がこれ以上遅くなるのは晩ごはんに影響するといって 惣菜コーナーでサラダといくつかの惣菜を。鮮魚コーナーで衣がすでに付けられたアジフライを購入した。春さんの家に着くなり春さんはアジフライを揚げ、惣菜らを皿に移し変えてご飯が盛られた。


『アジフライがあって良かった。もうアジフライの口でしかなかったからね。』
「有言実行が早いっすよ。」
『ほら、あったかい内に食べよう。』
「、いただきます。」
『いただきまーす。』


不思議なもので気分が落ちていようと腹は空く。ぺろりと平らげると、血糖値が上がったのか体温が上がったようにも思う。


『落ちてる時は、ちゃんと食べて寝るのが大事だよ。身体を満たせば、ちょっとは気分も上がるから。』


そうテーブルを挟んで向かい合った春さんがにこりと笑う。その柔らかい笑みでぶわりとなにかが俺の中に沸き上がってきて、今の顔を見られたくなくて、俯いた。

「俺っ…俺、は…っ」
『うん』

言葉を詰まらせる俺に、喋らなくてもいいよと言うように優しい声色の頷きが返ってくる。すると、項垂れた頭にぽんぽんと重みを感じた。撫でられてるんだろう。


「だっせぇ…、」
『ばかね。生きてるみんなダサくて もがきながらも生きてんのよ。』
「…そんなもんっすか?」
『もちろん。私も含めて。』
「…あざす。」


ぐずったその声を笑わずに春さんはまた俺の頭を優しく撫で付けた。


ああ、大人ってこんなだっけ。




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