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□ラナンキュラス(一郎連載A)
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明日は久々に桧原さんからのご依頼が入っていた。つまり春さんのお母さんだな。内容はいつも通り愛犬の散歩とエサをあげること。明日はエリーと散歩だと春さんに連絡を入れると、電話がかかってきた。通話ボタンを押すせば、電話口の向こうから何故かちょっと恨みがましそうな声が聞こえる。


[ええええ!いいないいな!私もエリーに会いたい〜!]
[春さんは実家なんだからいつでもいけるじゃないっすか]
[最近バタバタしてたし、中々行けてないんだもん。ああ、一郎くんがエリーの話するから急激にもふりたさに襲われてる〜]
[俺のせいっすか?]


バタバタ、は確かにしてたな。怪我してたりストーカー被害だったりで春さんはトラブルに巻き込まれていたので仕事とそれらで確かに時間が無かったのかもしれない。桧原さんちの愛犬こと柴犬エリーを思いだし、確かにあのもふもふはたまんねぇよなぁと笑う。


[ていうか、明日なら私が仕事終わってからエリーの散歩とご飯ぐらいするのに。お母さんってば、萬屋ヤマダの三人に会いたいだけじゃない?]
[はは、ご贔屓にしてもらってありがたいっすけどね。]


エリーの散歩の依頼は俺だけじゃなくてその時にあいている兄弟の誰かが行くこともあった。桧原さんと会う時には弟たちが果物やらお菓子をもらってくることもあったし俺も饅頭もらったっけ。もしかして食べ物を与えてくるのは家系なのか?


[思い立った!やっぱり明日は金曜日だし仕事おわりに行く!一郎くんたちは忙しかったら私が代わりにやっとくよ。]
[え?いや、それはダメっすよ。]
[そうか、折角の収入源を奪っちゃダメだよね。]
[そうじゃなくて…春さん、まだ腕も本調子じゃないだろ?無理して悪化してもダメっすから。]
[ええ〜過保護だなぁ]
[よく言われるっす]


変わった勘違いをされて否定するともう治りかけだし大袈裟だと笑われた。けど最近の春さんみてるとなんかトラブルに巻き込まれるかもって思うと受け入れがたかった。

[ん〜それなら、]
[一緒に散歩します?]
[えっ…いいの?]


きっと、それならお願いします。と返事が続いたのだろう。でも、なんか会える機会があるならと誘ってしまった俺はズルいだろうか。それでもやったぁ、楽しみだと明るく帰ってくる声に安堵した。この感情が、一体なんなのか。明日春さんに直接あえば、わかるだろうか。





依頼の合間に3人分の夕飯を作り、先に食って寝てろよと家族のグループに投げて今日最後の依頼に向かう。車に乗り込み、春さんの会社近くで待機する。あれから、仕事終わりから電車は大変だろうと車を出す提案をした。運転できるんだすごい!と褒めちぎられて居たたまれなくなったのは別の話。


『ごめん、待った?』
「いや、5分も待ってないっすよ。お疲れ様です。」
『ありがと〜。』
「女性を乗せるような車じゃなくてわりぃけど」
『なにそれ。良いじゃん軽バン。仕事で使ってるんでしょ?』
「そうなんすよ、工具とか積んだりもするんでごちゃついてるし。」
『いやいやそんなことないよ。車に、さらに言えば助手席に座らせてもらってるだけありがたい。』


カッコいい車じゃなくて機能性重視の軽バンに女性を乗せる罪悪感を口にすればなにそれ、と笑う彼女に男のスペックを見る女じゃねぇことが伝わってくる。ちょっと照れ臭くなって出しますよ、とサイドブレーキを解除してアクセルを踏んだ。


『にしても車の免許持ってるのいいなぁ〜』
「18で取れるし別に珍しくないっすよ。春さんは免許持ってないんすか?」
『あ〜…通うのがめんどくさくて。』
「合宿とかならすぐっすよ。俺も合宿でぱぱっと取ったし。」
『え!一緒に合宿期間過ごした人たち最高じゃない?』
「?…なんでっすか?」


前に集中しながら会話が進んでいく。早くも遅くもない会話のテンポが心地いい。春さんの発言の意味がよく分からなくて素直に聞けば、自分鏡見たことある?って質問に質問で返された。


『免許合宿って出会いの場とか言われるじゃん。大層モテたんじゃない?』
「あー、確かになんか連絡先交換は言われたような気がする…。でも大学生とかが多くてあんまり喋らなくて断ったっすけど。」
『そうなんだ。一郎くんって断ったりするんだね』
「俺をなんだと思ってるんすか」


過去の記憶を辿るとうっすら蘇ってくる。正直あの頃の俺は不良でまだトゲついてて愛想もなかったし寄ってきたのは最初だけであとは避けられてた気もする。意外そうに言った彼女に笑って返した。この人の中で俺ってどんなイメージなんだ?


『優しいから、なんでも引き受けちゃいそう。コミュ力強そうだし。』
「あん時は…そうでもなかったし、引き受けるのはちゃんと自分が受け入れてもいいって思ったもんしかしねぇから、ちゃんと選んでるっす。」
『そうだよね、ごめんごめん。あまりにも私が優しくされちゃってたから心配になっちゃった。うん、思い返せば一郎くんはちゃんと芯をもってるの分かるはずなのにね。』


俺ってそんな流されやすそうかと少し傷ついたが、謝る春さんがそうじゃなかったと分かってくれている事を確認できて安心した。ちょっと空気が気まずくて話を変える。


「春さんなら、車ぶんまわして乗ってそうなのに意外っすね。」
『ちょっとどういう意味?』
「はは、意外と運転荒らそうっす」
『ぐ、素の私を知ってる人はみんなそれ言う…でも否定できない…』
「ははは!」
『笑わないでよ!バイクの時はスピード狂とは言われてたけど下手とは言われなかったし』
「バイクの免許は持ってるんすか?」
『え!あ、いや!ノッテナイシ、モッテナイデス』
「ぜってー嘘!」


春さんの素を知っている、という特権か春さんがポロポロとボロを溢すのでつついてみれば無理のある返事が帰って来て馬鹿みたいに笑った。これはあの喧嘩の強さといい、昔はだいぶヤンチャしてたっぽいな。


それから弟の話や春さんの腕のリハビリの様子の話をしているとすぐに桧原さんちに着いた。桧原さんは車で出掛けているとのことでそこに停めさせてもらう。車から降りると人の気配がしたのか家の中から犬の鳴き声がする。立派な番犬だ。いつものポストに入っている鍵は使わずに春さんが自分の鍵を使って鍵を開けた。

『エリー!ただいま〜っ!!!』

玄関に入ってしゃがみこむ春さんにエリーが飛びかかって喜びを示す。それに春さんが答えるようにもみくちゃになで回す様子が微笑ましい。

「エリー、久しぶりだな。」

俺も挨拶をすれば元気よくワン!と返事をくれたのでお礼に春さんの顔の横から覗く頭を撫でたくった。

『運転で疲れてるだろうし休憩してから散歩行く?』
「どっちでもいいっすけど…あんまり遅くなると冷え込んでくるし先行きましょうか。」
『おっけ。リード取って来るね。』


それから目的である散歩にライトを持って出発する。前回とは違って暗く、冷えた空気に息が白んだ。前回、といえば春さんとの初対面の時だ。今になって思うが、二郎や三郎じゃなくて良かった…ん?いやそれじゃ俺なら良いって語弊があるな。でもあいつらじゃきっと処理しきれなかったと思う。


夜だからあまり遊ばずに帰宅しエリーのご飯をだす。その間に春さんがお茶を淹れてくれた。


『ごめんね、コーラ置いてないや』
「いや、温まるっす」
『帰ってご飯?遅くなるし食べてく?』
「一応家に準備はしてきました。春さんはこのまま実家に泊まるんすか?」
『…なんにも考えてなかった。ううーん、そうだね、最近親に顔だしてなかったし明日お母さん帰ってくるまでいようかな。』
「じゃあこれ飲んだら帰りますよ。実家でゆっくりしてください。」


エリーとも久々だっつってたしな。俺に気を遣って早々に帰すのも悪い。

『そう?寂しいな〜』

何気なく、返した言葉だって分かるが思わずドキリとした。なんだ、まだ俺が男だって思ってねぇのか?危機感が無さすぎる…。誤魔化すように、じゃあゆっくり飲みます、と返せば笑って優しいねとソファーに座っている俺の頭を撫でた。確定じゃねぇか。

「あ、の」
『ん?』
「こないだは、スミマセンでした。」
『こないだ?』

ガキ扱いすんなよ。と思ったが、前に慰めてもらったことが頭に過る。こてりと首を捻る春さんは思い当たる様子がないみたいだ。

「慰めてもらって、情けないとこ見せちまったなって」
『情けない姿なんてみたことないけど。』

あっけらかんと言い放つ春さん。それでも。

「もっと、俺がしっかりしねぇとって喝入りましたよ。」
『ええ?なに、もう十分だよ。一郎くんはしっかりしすぎ。』
「いやくそダセェ…もっと頑張らないと」
『あのねぇ…』


はぁ、と息をついて春さんが俺の横にぼすりと座る。そしてずいっと俺の目を見上げて言葉が紡がれた。


『一郎くんは十分頑張ってる。自分の努力を認めてあげないと自分が可哀想。一郎くんが一郎くんの味方じゃなくてどうするのさ。今のままでいいよ、それ以上頑張らなくて。今のまま…っていうより、むしろもうちょっと気を抜いても良いんじゃないかな。もっと周り見てみたら、意外と頼りになる人が居るはずだよ。』
「……、いいんすかね?」
『もちろん!私じゃ頼りないかもだけど私も一郎くんの味方の1人だし、頼ってくれてもいいよ〜』

春さんの笑顔と言葉に、コトリと自分の中で音がする。そしてワン!とエリーが鳴いた。

『ほら、エリーもこう言ってるし。』
「…あざっす。」



ああ、いつの間にかこの感情はもう無視できないぐらいの大きさに膨れ上がってたんだな。


春さんが、好きだ。




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