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□ラナンキュラス(一郎連載A)
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それから、あっけないというか、全く何事もなく過ごしていた。しっかり寝れば体調は戻り、いつも通り仕事に励んでいる。一郎くんは忙しいみたいで、遠方の依頼なども受けていると連絡はきたりしていて避けられてるわけではない。と、思いたい。

こうも変わらなければやっぱりあれは幻覚だったと言われても信じられる。頭にあの爽やかな太陽みたいな笑顔が浮かんで、会いたいなぁと呟いた。ほんと、重症。

土曜日で休みなのだが何もする気が起きずにだらだらとテレビを流して過ごしている。

ピロン、と電子音が通知が入ったことを知らせた。

[今日は休みっすか?]
[うん、家に居るよ。]
[良かった。ちょっと会えないっすか?]

突然届く頭の中を占める愛しの彼からのメッセージに飛び起きる。誰が見てるわけでもないのだが思わず正座して返事を打つ。少し前までは偶然出くわすことが多かったのだが最近めっきり顔を見ていない。それこそ最後に会ったのは私の体調不良の時に送ってもらったきりである。了承の返事を送ると、依頼が終わってから夕方ごろに家に来ると返事が来た。とりあえず、部屋着すっぴんをどうにかしなければ。慌てて身だしなみを整え出しながら会える喜びで頬が緩んでしまい、我ながら恋してんなぁとひとりでに照れてしまったのは別の話。




気持ちが落ち着かないまま、今向かっていると連絡がきた一郎くんを待っている。ああ、待ってる方ってこんな気持ちだったっけ?久々に会えるという楽しみとは反対に、勘違いしてすみませんでしたと謝る最悪の想定が頭に過る。良いこと悪いこと両方の意味でドキドキと心臓が騒がしい。

だーっ!もうっ!こんな風に待つのは私らしくなくて落ち着かない。家のキーだけを持って靴を履いて飛び出した。

「うおっ!」
『わぁ一郎くんごめん、大丈夫!?』

扉を開けたら、一郎くんがインターホンを押そうとしていたみたいで扉がぶつかりかけた。突然開いたので一郎くんも驚いた表情を浮かべている。

「大丈夫っす。どうかしたんすか?もしかして、急用ができたとか…?」
『あ、いや、なんか落ち着かなくて一郎くんを迎えにいこうと思っ…て、』
「はは、タイミングかっこつかねぇな。」

視界の端に色とりどりのものが入り、視線が奪われる。すると彼はバレちまったと眉を下げて困ったように、でも照れ臭そうに笑った。胸の前にそれを持ち上げて、改めて口を開く。

「こーいうの初めてで正直どうしたらいいか分かんねぇし、こんなんで合ってんのかも分からねぇんすけど…でも、ちゃんと伝えられたらって思って。」

彼が差し出す大きな花束に負けないぐらい見惚れる真剣な目で、まっすぐに。

「春さん、好きです。俺と付き合ってください。」

震える指先で花束に手を伸ばす。まだ、彼の言葉が処理しきれず夢なんじゃないかとにわかに信じられない。

『…ほんとに言ってる?』
「本気っす。冗談でこんな依頼以外で買ったこともない花なんて準備して言いに来ないっすよ。」

声も震えていたかもしれない。幾重にも重なる丸く可愛らしい花が集まった花束も眩む程の笑顔に目を細めた。ああ、眩しい。

『〜っ、わたしも、好き。』
「…、抱き締めてていっすか。」

はい。腕を広げて待つ彼の胸の中にに飛び込んだ。片方は花束を持っているので出来ないが、あいた手でその背中に腕を回した。早く大きい鼓動が伝わってくる。その鼓動が私のものなのか、彼のものなのか分からないぐらいぎゅうと抱き締め合う。

「春さんにとっちゃ頼りないガキかもしんねぇけど、ぜってぇ幸せにします。」
『頼りになってばっかりだよ。私こそ全然可愛らしくない女でオバサンだけど、少しでも君のよっかかれる場所になれたら嬉しいな。それが私の幸せになると思うから。』

ぎゅう、と一層ちからを込めて抱き締められる。

「今めっちゃ、幸せっす。」

頭上で噛み締めるような声が漏れでてきて、私もと返した。一郎くんの体温がこんなに近い。歓喜に震える心臓がぐんぐん私の体温も上げている。離れがたいも、彼の顔がみたい。腕のちからを抜くと、倣って一郎くんも弛めてくれてお互いの距離が少し開く。視線が合い、もうこの世界は二人っきりなのではないかと錯覚する。

「あの、ダメならいんすけど…」

キスしていっすか?そう控えめに言いながらも私の頬に手をそえてくる一郎くん。その指先が緊張なのか想いが通じあった歓喜でなのか震えていて、きゅんきゅん心臓をわし掴まれた。衝動のまま、太い首に腕を回し めいっぱい背伸びしてその唇を奪ってやる。真っ赤に顔を染める一郎くんはやっぱり可愛くて、つい笑ってしまった。笑う私にむっすりとぶすくれた一郎くんがもう一度、と今度こそ彼からの口付けを甘受する。

『よろしくね。』
「こちらこそ。」

太陽みたいな彼。その晴れやかな魅力にまんまとやられてしまった。少年のようで、大人みたいな青年。そんな一郎くんの側に立っていられるよう、その笑顔が翳らないよう、全力で愛を注いでいこう。片想いの、うじうじした私はもういない。か弱い女じゃなくて、いつも通りの私でいいって彼が教えてくれたから。私は強い女でありたい。


一郎くんが持ってきたラナンキュラスとかすみ草の花束を、花瓶に挿して彼に夕食を振る舞った。

食べ物を一郎くんに与えたいのは相変わらずなのです。




*完*
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