忍たま夢

□おもちゃにしないで
1ページ/1ページ

 痛い。辛い。ヒリヒリする。
 固形物もろくに食べられない。少しでも舌が歯に触れると鋭い痛みが広がってくる。きっと舌に何かできているのだろう。
 雑渡さんと昼食を食べ終えたわたしは、すぐに彼に相談した。
「あの、雑渡さん。舌に何かできていませんか」
 机に山のように置かれた書類といざ向き合う体制に入った人の邪魔をするのは申し訳ない。
 けど、雑渡さんは嫌な顔一つせずに、「見せてごらん」と言ってくれる。
 わたしは彼のそばへ行き、口の中を見せた。
「ん〜」
 口の中をじっくりと見られる。男の人に対して、口を無防備に開けて見せるという行為は、少なからず恥ずかしいというもの。早く痛みの原因を見つけてくれないかと心の中で急かしてしまう。
「あ、紫杏、もしかしたらこれでしょう?」
 弾んだ声が聞こえたと思えば、雑渡さんの手がいきなりわたしの口の中へ入ってきた。
「――!?」
 そして、あろうことか、舌を摘んでその出来物の部分に触れてきた。
 痛い、痛い、痛い! ぎゅっと力を入れて摘まれたり、出来物のところを捏ねるようにしたりして刺激される。とんでもない地獄だ……!
「口内炎だね。薬、持ってきてあげる」
 にっこりと笑って立ち上がる雑渡さんに、いろいろ言いたいことはあるけれど、さっきの刺激が強すぎて舌がうまく回らない。
「はい、紫杏。もう一回、お口開けてー」
 人差し指に薬を塗って戻って来た雑渡さんが、とても楽しそうな笑みを浮かべている。確実にこの人は今のわたしの状況を面白がっていた。人をおもちゃにしないでほしい。
「……お願いします」
 もう一度口を開き、雑渡さんによる治療を受け入れる。
 薬を塗った手とは違う手で、雑渡さんはわたしの舌をそっと掴んで固定してくる。次に、薬を塗った片手の人差し指で、炎症を起こしている部分に薬を塗ってくれた。
 ほっ。これで痛みも少しはましになるだろう。
「終わったよ」
 雑渡さんの手が口から離れた。彼の手を見てみると、透明な糸が。
 まるでわたしの口内が、離れていく雑渡さんの手を名残惜しんで残したみたいだった。
「ありがとうございます、雑渡さん」
「いいよ、これくらい。だけど、お礼はもらっちゃおうかな」
 さきほど薬を塗った雑渡さんの指には、まだ少量薬がついていた。彼は口布をずらし、露わになった口でそれをペロリと舐めとって、器用に舌先に集めた。
「雑渡さん……?」
「これも治療のうち、だからね」
 雑渡さんの顔が近づき、唇が触れる。
 それだけでない。ぬるりと、わたしの口内に彼の舌が侵入してきた。
「……!?」
 まるで何かの生き物のように動き、わたしの舌を絡めとってくる。怖くなって顔をそらそうとすれば、顎を掴まれて動けないようにされる。
 雑渡さんの舌先が、出来物に優しく触れてくる。自身の唾液で、塗ったばかりの薬が流れてしまわないようにしているのか、炎症している周りにだけくちゅくちゅと薬を塗りこまれた。
 痛い。気持ちいい。痛い、でもいい。
 痛覚も快楽も混じって、よくわからなくなる。
 雑渡さんからの治療が終わり、唇が離れると、わたしは思わず「ぷは」と空気を吐き出した。呼吸の仕方も忘れてしまって、少し苦しかった。
 きっと今のわたしの両目は突然の行為によって、潤んでいるに違いない。そんな目で雑渡さんを睨んでみても、効果なんかなくて、余計に彼を楽しませるだけだった。
「また薬、塗ってあげるね」
 口元を見せて浮かべた雑渡さんの笑みは、無邪気そのものを表しているようにとてもキレイなもので。
 包帯で隠しきれていない顔の火傷は痛々しいが、いろんな表情を見せてくれる雑渡さんを見ていると、口布も包帯も勿体無いように思えてしまった。変態なところはあるけれど、性格も見た目も、ありのままの雑渡さんがわたしは大好きなのだ。


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ