忍たま夢

□一人とたった一人の人
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 今日は天気も良く、外に出たいと思うような日だった。温かい気温で、風も優しく、わたしを誘ってくるように鳥たちも鳴いている。
 雑渡さんが城から戻って来たら、おねだりしてみようか。彼の気分次第では、この小屋の近くを散歩させてもらえる。欲を言えば町にも出かけたいけど、それでは雑渡さんが目立ってしまう。変装しても包帯だらけの姿は仕方ないし、わたしは気にならないのだけど、忍び的にはよろしくないらしい。
 一人、小屋の中でまだか、まだかと待っていると、背中にぽんと手が置かれた感触が。
「雑渡さん、お帰りなさ……」
 勢いよく振り返ってみたが、そこには背中を叩いた人物はいなくて。
「紫杏、こっち、こっち」
 ハッとして元の方向へ向き直ると、今度こそ、大好きな人が。
「雑渡さん……! もー、からかわないでください!」
「はは、ごめん、ごめん。反応見たくて、つい」
 全く悪びれる様子はない。いつものことだ。組頭をしている36歳であるのに、どうしてこう、子供っぽい一面があるのか。
そこも含めてわたしは雑渡さんのことが大好きだから、何をされても笑顔になってしまう。
「こんなことばかりしてると、『カッコいい』より『可愛い』が勝っちゃいますよ?」
「えぇ〜。でも、カッコいいだけじゃないオジサンっていいと思わない?」
 そう言って、雑渡さんは自分にとって楽な態勢である横座りをして、ふぅと息を吐く。
「じゃあ、カッコいいし、可愛いし、『優しい』雑渡さん。わたし、お願いがあります」
 寛いでいる彼の前で、あえてハキハキとした調子で話し、わたしは正座をした。
「雑渡さんがゆっくりしてからで構いませんので、外を歩きたいです」
「まあ確かに今日はいい天気だしねぇ。紫杏がそう思うのもわかるよ」
「急ぎませんので、雑渡さんの好きなタイミングで、ぜひ!」
「そうだねぇ」
 雑渡さんは数秒考え込んだ後、柔らかい笑みを浮かべた。
「仕事の段取りどうしようかなぁと思ってたけど、紫杏との時間過ごしたいし、暗くならないうちに今から行こっか」

 そうして、わたしは雑渡さんと一緒に散歩に出かけることができた。
 監禁に近い生活だから、実際に外に出て感じる自然というものはとても気持ちよかった。草木の匂い、地面を歩く感触、体に受ける優しい風。忍者の雑渡さんは、任務のとき、どんな気持ちで自然を歩いているんだろう。きっと、生きるか死ぬかを考えて、気を張り詰めさせているから、足元に咲く花がどんな匂いかなんてどうでもいいに決まっている。
 だから、こうやって雑渡さんと散歩するのが楽しかった。今、この時くらいリラックスして、わたしと一緒に自然を感じてほしかった。
「幸せです、雑渡さん」
 隣を歩く彼を見てみると、いろんなところへ視線を向けているのがわかった。それは敵を探している鋭い目つきではなく、ただ単に、興味のあるものを見ているだけだった。
「うん、そうだね。私もだよ。紫杏にいつも癒してもらっているけれど、たまにはこういう息抜きの仕方もいいね」
「そんな風に言ってもらえると嬉しいです」
「もっと嬉しくなってくれていいよ。私、紫杏に感謝してるから」
 雑渡さんがふいに立ち止まる。わたしも歩みを止め、真っ直ぐに見つめてくる彼を見つめた。
「私のところにきてくれて、ありがとう」
 雑渡さんの大きな体がわたしを包む。ぎゅ、っと抱きしめられ、わたしは彼の胸板に顔を押し付けてしまう。とても立派な、大人の体。わたしを守ってくれる、強い体――。
「雑渡さんこそ、ありがとうございます。わたしの毎日を変えてくれて」
 わたしだって、感謝しきれないほど雑渡さんには感謝しているのだ。
 これからもこの先も、ずっと一緒にいたい。雑渡さんはわたしの『全て』になってしまうほど、大好きで、離したくないし離れたくない人だ。
 わたしたちは抱きしめ合い、口づけを交わした。


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