忍たま夢

□正しい出会い方などない
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 少し肌寒い夜。崩れそうなくらい高く積み上げられた書類に目を通し、寝る間も無く仕事をしている雑渡さんの背に、わたしはしばらく体を預けていた。
 小屋は、必要な明かりだけ灯り、薄暗い。微かな明かりの中、雑渡さんと、雑渡さんの背に隠れるあたしの影が一つになって壁に映されている。二人だけの静かな時間。
「紫杏、寝なくて大丈夫?」
 筆を止めることなく、雑渡さんが聞いてくる。休まず、手を動かしている様子がわたしの背中に長い時間伝わってきている。彼こそ、寝なくて大丈夫なのだろうか。
「わたしは平気ですよ。寒くて目もさえちゃってますし。雑渡さんはどうなんですか?」
「私も全然、余裕だよ。こういう職業だと、寝ないことなんてよくあるから。体が慣れてる」
「慣れていても、無理はしないでくださいね。わたしも手伝えたらいいんですけど。……ここで仕事をするのって効率いいですか?」
「うん。部下に押し付けられなくて残念だけど、ここには紫杏がいるから」
 そんな返事が返ってくるとは思っていなかった。急に顔が熱くなる。雑渡さんに顔を見られるわけでもないのに、隠すように膝にくっつけてしまう。
「出会いって、不思議だよね」
 雑渡さんはしみじみと呟く。
「今の紫杏だから出会えたんだよ、私達。これで紫杏がどこかのお姫様だったりくノ一だったり……誰かと恋仲だったり、すでに孕んでいたりしたら――この出会いは、この生活は、無かったかもしれない」
「難しいことを言いますね」
 でも考えてみたらその通りだ。正しい出会い方なんてないけれど、少しでも私の『何か』が違っていたら、例え雑渡さんと出会えていたとしても、今の生活を喜べただろうか。望んでいただろうか。
 わからない。
 だから、怖い。だからこそ、今が嬉しい。
「ねえ、雑渡さん」
「うん?」
「わたしがもしお姫様だったら、どうしますか」
「そうだねぇ。こっそり会いに行って、愛を囁いて、城の者たちと奪い合うかもね」
「ふふ。うまいことを言いますね。じゃあ、わたしがくノ一だったらどうします?」
「強引にでも私の物にしちゃうかなぁ。私無しじゃ生きられないようにして、ついでにうちに転職させて、みっちり調教して、殿と私のためだけに尽くしてもらおうかなぁ」
「……だ、誰かと恋仲でしたら?」
「恋仲で、お腹に赤ちゃんもいたら、その恋人は無事では済まないねぇ。赤ちゃんも、産ませてあげるけどその後どうしようかぁ。私より先に紫杏の体が他の男に――」
「もう大丈夫です、ありがとうございます!!」
「あら、そう?」
 内容が恐ろしいものになってきて、わたしは聞いていられなくなった。雑渡さんがいかにわたしを想ってくれているかは十分に伝わってきた。いや、伝わりすぎて、少し怖かった。
「まあ、何にしても。私は、どんな形でも紫杏と出会っていたら、自分の傍に置いているに違いないよ」
「雑渡さん……」
 後ろから抱き着く。愛しい人の温もりをいっぱい感じる。わたしの温もりも雑渡さんに感じてもらいたくて、甘えるようにすり寄った。
「こらこら。字が歪んじゃう」
 そう言いながらもわたしを引き離したりしない雑渡さんは、内心、喜んでくれているのだろう。
 あなたに出会う事が、わたしの正しい生き方なんだ。それだけで生きてよかったと思える。この出会いは、誰が何と言おうと。正しい。


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