Lyrics
□「イチゴちゃん」
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某月某日、天気の良い昼下がり。
小さな窓を開け、横浜の街並みを見下ろしながら吐いた煙は風に煽られ、勢い良く顔に戻りぶつかった。
「ぶわっ!くっさ!!」
「逆風で煙草吸うんじゃねえよ、こっちまで煙来て臭えんだけど」
元から吊り上がっている眉を更に上向きにして、思い切り睨んでくる少年を一瞥した簓は、大きな溜息と共に頭を振った。
「煙草くらいええやんか、俺ら捨てられたんやで?」
「キショイ言い方すんなクソ」
たまには俺の事務所で飯でも食おうと左馬刻から二人に連絡が来たのは三時間前。
たまにはも何もそんな誘いは初めてだった。
断る理由も無いので出向き、意外と手先が器用な左馬刻のもてなし料理を楽しみ、くだらない話も尽きてきた頃。
『俺とコイツ、付き合うことになったから』
左馬刻が親指で指した先を見たのは、簓と空劫同時だった。
そして酒を吹き出したのも同時だった。
「…アイツらおっせえな」
「ヨロ乳首しとるんやろか」
「はあ!?キッッモ!!
今までのクソさみいギャグの中でダントツで一番クソきめえ!」
「二回もクソとキモ言わんでもええやん…」
簓と空劫からの反対や賛成、そんなものは元から求めていない左馬刻と一郎は、ただの報告として伝えた。
二人もそれを分かっているからただ頷くことしか出来なかった。
つい最近知り合ったばかりなのに、あまりにあっさり交際を始めた二人に、何も言葉が出て来なかったというのが本音でもある。
そして、足りなくなった酒を買って来ると言って事務所を出て行った左馬刻の後ろを、まるで犬の様に急いで一郎が追いかけて行き、今に至る。
「なあ、珈琲飲むか?」
いつの間にか、事務所に備え付けられている簡易的なキッチンに立っている空劫が、二つのグラスを持ち上げながら言った。
「丁度ええ、吸った後は珈琲飲みたくなんねん。いただくわ」
「勝手にグラス出していいんかな」
「構へん構へん」
「牛乳入れる派?」
「いらん」
「砂糖は?」
「いらん」
いちいち確認して来る空劫の後ろ姿を見て、意外だと糸目を更に細めた。
一郎や左馬刻より血の気が多くて戦うのが好きな子供の癖に、意外と気が利く。
「…お坊さんってそんなもんなんやろか」
「あ?何か言った?」
「空劫はんが入れてくれる珈琲は何色なんやろって」
「はあ?ンだそれ。
牛乳入ってない珈琲は黒色に決まってんだろ」
真顔でそう言いながら珈琲をヒタヒタに注いだグラスを両手に持ち、中身を零さないよう忍び足で歩く様子に簓は声を上げて笑った。
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