想夜沙羅魔様 遊郭パロ



ここは数ある遊郭の一つ、華舍―はなやど―。
毎夜男達が仕事の疲れを癒すためにやってくる。
華舍で働く者は男女問わず、なんらかの理由で売られるか店主に拾われるかした者達だ。
そこで働く『桜』という源氏名の少年、綱吉は幼い頃に両親を亡くして行き倒れていたところを店主に拾われた。
綱吉は自分を拾ってくれた店主に感謝し、ただ恩を返すためだけに、初めて顔を合わせる客に身体を開いた。
だがいつまで経っても行為に慣れることはなく、綱吉は苦痛を覚えていた。
それに比例するように綱吉は食を細くしていき、見るからに痩せていった。
綱吉をまるで弟のように思う周りの者は心配し、特に仲の良い『桔梗』という源氏名の少年、骸はただ一人心を開いている異国人の客、ディーノに相談した。
ディーノは花魁である骸を指名しているため綱吉と直接言葉を交わしたことはないのだが、それでも毎回一度は聞かされる綱吉のことを気にかけていた。
そんな時、ディーノが仕事場の部下だという青年を連れてきた。
遊郭に興味を示さず、一度も行ったことがないという彼を、ディーノは綱吉と強引に会わせた。
しかも遊郭については噂程度にしか知らない彼に、話をするだけでも構わないのだと嘘をついていた。
そんなことで綱吉が元気になるとは到底思えない骸だったが、今はこれに賭けるしかなく、ただ綱吉の身を案じた…。


綱吉はただ目の前に胡座をかいて自分を見る客に戸惑っていた。
大概の客は言葉を交わす間もなく行為に及ぶのだが、この男はどうだろうか。
行為に及ぶどころではない。言葉すら交わさない。
言葉を交わそうとすれば目で射殺されそうで、綱吉は内心どうしようかと思い悩んだ時、客が口を開いた。

「遊郭って…話すだけでもいいって本当なの?」
「…は?」

綱吉は客の質問がよくわからなかった。
そこの遊郭によっても違うのだろうが、ここ華舍では主に客の性的欲求を満たすところで、客と仲良く話すとはあまり耳にしたことがない。
そのことを説明すると、客の顔色がみるみる変わっていき、いきなり勢いよく立ち上がったと思えば、叫んだ。

「あんの馬鹿馬…僕を謀ったね…!」
「………ふっ」

いきなりのことに綱吉は目を丸くし、思わず吹き出してしまった。
笑いを堪えることができずにクスクスと笑っていると、僅かに頬を紅くした彼がふいと顔を反らして再び腰を落ち着けた。
それから少しして綱吉へと顔を向け直すと、そっと頬に触れる。それはまるで、壊れ物でも扱うように…。
綱吉は笑うのをやめ、静かに彼を見つめ返した。

「あ、の…?」
「君…もう少しちゃんと食べた方がいいよ」
「…え?」
「僕は雲雀恭弥。明日また来るよ」

雲雀はすっと静かに立ち上がると、そのまま踵を返して部屋を去って行った。
彼に触れられた頬に手を当てながらほんのりと頬を紅く染めた綱吉を置いて。


それからというもの、雲雀は毎夜華舍へ足を向けていた。
指名するのは決まって綱吉だけ。だが雲雀は綱吉を一度も抱いていない。
手に触れるなどはするが、性行為に及ぶようなことは一切してこない。
何故かと問えば「興味がないから」と返されるだけ。
話すだけでも楽しいから構わないのだと彼は言う。
綱吉は最初こそ他の客と違うことに戸惑いを覚えていたものの、次第に彼に惹かれていった。
そして彼に触れられた場所はいつまで経っても熱を保ち、頬を熱くさせる。
彼と出会ってから口にするようになった食事も、彼のことばかりを考えるようになり、再び喉を通らなくなってしまった。
それがどういう感情なのか綱吉には全くわからず、彼と引き合わせた骸に相談することにした。

「で、もうどうしたらいいかわからなくなって…」
(せっかく食べられるようになったのにまた食べなくなったと思えば…)

顔を紅くして俯く綱吉を見つめる骸は心の中でため息をついた。
何も食さなくなった綱吉のためを思って雲雀と会わせたわけだが、今度はその雲雀のせいで食事が喉を通らなくなったのだ。
これでは本末転倒だと骸は思った。
骸は綱吉の抱く感情の“名前”を知っている。
それは自分がディーノに抱いている感情と同じものだからだ。綱吉のように綺麗で可愛いものでは決してないのだが。
骸はふっとやわらかな笑みを浮かべて綱吉に近づき、そっと顎に手を添えて上げさせた。

「貴方の気持ちを直接あの方に言えばいいのですよ」
「気持ち…?」
「ええ、貴方があの方をどう想っているのか、素直に言えばいいのです」

顎に添えた手を綱吉の胸の中心に移し、そっと額と額を合わせた。

「むく、ろ?」

親しい彼等は本名で呼び合う。
綱吉は骸の行動にきょとんとした表情を浮かべていた。

「綱吉君が幸せになってくれれば、僕も幸せなんです」
「…骸、」
「ほら、今夜も来てくださるんでしょう?」
「う、うん…」

何か言いかけた綱吉の言葉を遮り、骸は綱吉を送り出すように額を離した。
にっこりと笑みを浮かべる骸に綱吉は言葉を続けることができず、襖を開けてちらりと骸を見ながら部屋を出た。
長い着物の裾を引きずりながら、ふと夜空に輝く満月を見上げた。


「桜、どうかしたの?」
「へっ?あ、いえ、申し訳ありません…」
(そうだ、今はヒバリ様とお話し中だった…)

綱吉は失敗したと眉尻を下げて俯いた。
骸の言葉を気にしてか、どうも落ち着かない。
素直に告げて、変な子だと思われたくはない。
この楽しい時間を、奪ってほしくない。もし奪われるようなことにでもなれば、きっと生きてはいけない。
ならばいっそこのままでもいいのではないだろうか。
二度と会えなくなってしまうならば、いっそ…。
そう思えば思う程綱吉は胸が苦しくなり、知らず涙を流していた。
頬を伝ってぽたりと着物に滴を落としていく。
それに気付いた雲雀は目を見開き、驚き、心配そうに尋ねた。

「どこか痛い?今日はもうやめにしようか」
「っ…」

気遣ってくれる雲雀の気持ちを嬉しく思いながら、綱吉は首を横に振る。
きゅ、と弱く雲雀の着物の袖を掴み、小さい声で呟くように告げた。

「オ、オレ…もう、わかんなっ…」
「何がわからないの?」

雲雀は指で綱吉の涙を拭いながら優しい声色で尋ねた。

「ヒバリ様のことが、ずっと気になって…食べ物も、喉を通らなくなってしまって、」
「うん」
「触れられたら、そこがずっと熱くて、今みたいな時間が、ずっと続けばいいってっ…」
「そっか…それで、桜はどうしたい?」
「え…?」

雲雀に質問され、綱吉は涙に濡れた顔を上げて雲雀を見つめた。
彼はただ優しい笑みを浮かべて綱吉を見るだけ。
綱吉は一度口を結んだ後、彼の着物を掴んでいた手を放し、彼の手にそっと触れた。

「ずっと、オレだけを見ていてください。ずっと、オレだけに触れていてください。ずっと、ずっと…オレだけを、」

これが“恋”なのだと、綱吉は気付く。
彼が愛しい。
だから、こんなにも欲しているのだ。
だから、こんなにも胸が苦しく切ないのだ。

「ねえ、僕はもう桜に魅入っているんだよ?君の心を手放す気なんて、これから先ずっと、永遠にないよ」

ゆっくりと雲雀の顔が近づく。
引き寄せられるように綱吉は目を閉じ、二人は唇を重ねた。
一瞬触れた後、雲雀の方から離れ、くすりと笑みを零す。

「しょっぱいね」
「…はい」

綱吉も笑みを浮かべると、再び唇を重ねる。
今度は深く、深く…。



END.

※書いてる途中でぃのむく編も書きたいなあと何度も思いました。(笑)
特に裏指定がなかったので裏無しにしてみましたが、やはり遊郭なら裏あったほうがよかったですかね?(苦笑)
ただ一つ心残りがあるとしたら綱吉が雲雀さんに名前教えていないということ…い、いずれっ!(←)
想夜沙羅魔様に捧げます!

2009.06.29.

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