短編
□いつまでも
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「近藤さん・・・」
「んー?何だ、トシ」
「・・・いや、やっぱいい」
にこやかに問い返され、俺は苦い顔をして会話を中断させる。
緑が生い茂り始めた春の暖かい風が、延ばしている自分の髪を微かに揺らした。
今俺達が並んで歩いている所はまだ成長していない稲が数え切れない程植えてある狭い田んぼ道。
近藤さんの道場の師範からお使いを頼まれ帰宅する途中だった。
だから俺達の肩にはでかい風呂敷が数個担がれている。
時刻はもう4時くらいだろうか?
延び始めた長い影が、俺達の後ろを着いて来ている。
「お、トシ、ありゃぁ何だ?」
不意に近藤さんは遠くにある、この村にしては裕福な方の家を指差した。
俺も視線だけそちらに向ける。
近藤さんの人差し指の先には、棒を支えにして高い位置にゆらゆらと浮かんでいる魚が3つ。
「近藤さん、ありゃぁ『こいのぼり』だよ。最近こどもの日にああいう魚をゆらゆら泳がすのが流行ってんだ」
「な、そうなのか?そういえば今日はこどもの日だったなぁ」
「帰りに総悟に何か買いに行くか?」と呟いている近藤さんに気付かれないように、小さく溜め息を吐く。
−ついでに俺の誕生日だよ、近藤さん。
そんな事は死んでも言える訳がなく。
俺はちらりとさっきのこいのぼりを再度見て、歩く足を速めた。
「あ、待ってくれよトシィイ」
「気持ち悪いんだよ近藤さん。さっさと帰ぇるぞ」
「ヒドッ!!勲軽く傷付きましたァ!!」
「勝手に言ってろ」
俺は道の端に生えていた草をおもむろにちぎり、口にくわえる。
口に青臭い様な、苦い様な味が広がった。
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