短編

□静かな朝
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「幾松さんお勘定ー」

常連の銀さんのけだる気な声が聞こえて、私は慌てて厨房を出る。


他に客はいない。


「あ、はいはい。また来てね銀さん」

「おぅ、パチンコで大勝ちしたらなっ」

「それじゃぁ1ヶ月くらい先になっちゃうかもねぇ。フフッ」

「ひでぇや」


いつもの様に他愛もない会話をして笑っていると、銀さんがふと何かに気付いた様な表情をした。


「それより幾松さん、あんた今日か明日良い事でもあんの?」

「?なんでだい?」

「だってあんた、今すっげぇ幸せそうな顔してる」

「・・・え」


一瞬、顔が熱くなった。


私が言葉を濁していると銀さんは意地悪く笑って小指を立てて「幾松さんのこれか?」と言ってきた。


私は「やあね、違うわよ」と平然を作る。


「ただの友達だよ。・・・いや、友達なのか分からないけど、とにかく知り合い。明日そいつの誕生日なのさ」

「へー、残念。・・・そういや明日俺の知り合いも誕生日だったな・・・」

「そうなのかい?ちゃんと祝ってやんなよ」


私が腰に手をあててそう言うと、銀さんは少し嫌そうに眉を寄せた。


「いや、まぁ・・・あいつが俺にパフェ奢ったらな」

「それじゃぁ意味がないだろう」

「だって友達じゃねぇもん。ただ俺が行く所行く所にあいつがいるだけだもんね」


子供っぽく拗ねる銀さんに私は少し吹く。


さすがに怒るかなと思ったけど、銀さんは怒らないで微かに笑みを見せだけだった。


「・・・ホントに旦那さん、作る気ないのか?」

「・・・・・・」

「あんたみたいな別品さんは早く誰か隣にいてくれる人見つけなくちゃ、人生そんだぜ」


言う言葉が見付からない。


微かに、微かにあの黒髪の長髪が頭を過ぎったけど、私はそれを振り払う。


「やぁね、私はもうおばさんだよ。それに私がいい人作ったら、他界した旦那が可哀相だろう?」


精一杯笑顔を作る。


そんな作り笑い、この銀髪の青年には通じないと分かってるけど。


「けど、気になる奴はいるんだろ?」

「・・・っいないよ、私には旦那だけだから」


−そう、そんな奴いない。ううん、いてはいけない。だってそんな事したら旦那の存在がなくなってしまうから。


「・・・そ。ならいいや。んじゃま、俺は行くわ」


掴み所のない笑顔で店を出ようとする銀さんに、私は「また来てね」と言う。


銀さんは振り向かないで手をヒラヒラさせて、店を出た。


ガラララ ピシャ


扉を閉める音を境に、店が一気にシンと静まり返った。


私は暫くただずんで、それから両頬をピシャッと叩く。


「さ、早く準備しなきゃねぇ」


今日は早めに店じまいしようか、と独り言を呟いて、厨房に戻る。


明日、6月26日に此処に来るのは、指名手配される爆弾魔攘夷志士


狂乱の貴公子、桂小太郎・・・。


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