短編
□今宵どうか、
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立っていたその場に座り込むと感じる少し湿った草の感触。
耳を澄ますと聞こえるただただ静かな静寂。
太陽が活動を停止した事によって幾分か涼しくなったそよ風。
前方に映るのは暗闇に抵抗する様に照らされている歌舞伎町の町の風景。
「綺麗ね」
「・・・あぁ」
そして横を見れば下町のライトアップよりも綺麗な笑顔を持つ女が俺を見つめてくれている。
あぁこれが幸せなのかと柄にもなく思った事は墓場まで持って行ってやる。
「久しぶりね、此処に来るの。何年くらい前かしら」
「ガキの頃なんか覚えてねぇよ」
「フフッそうね」
この、俺達が座っている場所は昔からある歌舞伎町が一望出来る小高い丘。
丘のてっぺんに大きな木があって、俺達が小学生くらいの時まで遊び場にしていた所だった。
その他に何かあるかと聞かれれば全くなくて、本当に生い茂る草と1本の木しかなく、滑り台もブランコも鉄棒もない、ガキの遊び場にしてはつまらないこの上ない場所。
それでも俺達は現代の子供にしては創意工夫して木登りやらチャンバラやらで毎日夕方まで泥だらけになりながら遊んだ。
そんな取り留めもない遊びのおかげで俺と近藤さんと総悟は今や剣道で全国まで昇りつめているのだから、全くガキのする事は馬鹿に出来ない。
まぁ今はそんな過去話思い出すだけ無駄なのだが。
とにかく、その思い出がある丘に、俺と総悟の姉ミツバが数年ぶりに来た、そういう事だ。
「本当に久しぶり。よく私とそーちゃんと十四郎さんと近藤さんで学校帰りに此処に来て、夜遅くまで皆で遊んで、親に怒られて、やっと許してもらったかと思ったら今度は服の汚れで怒られて・・・」
「お前なんて制服だったからな、1番叱られたんじゃないか?」
「そうよ?皆の中で1番汚れてなかったのに、1番怒られたの。『貴女もう中学生でしょ?身体も弱いんだし、もう少し控えなさい』って」
今は亡き母親の真似をしているのか、わざと俺を睨み付ける様に見上げ両手を腰に付けてきた。
そんな顔しても恐くねぇよと言いながら人差し指で額を小突くと、ミツバは無邪気に笑った。
吊られる様に緩む俺の口元。
「そういや仕事、どうなんだよ」
「まずまずよ。上司の人が優しいから、少しずつだけどデスクワークも出来る様になったわ」
「そうか」
「十四郎さんは?剣道、頑張ってるんでしょう?」
「あぁ、もうすぐ大会があって、それが終わったら部活は引退だ」
「そう・・・」
それより先が会話が続かなくて、俺は暫く暗黒の夜空を見入る。
空には数個しか見えない星がぽつぽつと散らばっていて。
お世辞にも、あまり綺麗な夜景ではなかった。
「あーぁ、そーちゃん達、今頃キャンプ場で満天の星空でも見てるのかしら」
いいなーと呟くミツバの頭に、俺は手をそえる。
言葉は発しない。こいつが背負っているものは、言葉では慰められないものだから。
「・・・私、何時になったら病気治るかなぁ?」
「・・・・・・」
「こんな身体だから、まともにはしゃげないし、何処にも遊びに行けない」
「・・・・・・」
「このままじゃ、結婚してくれる人だって現れな・・・」
ミツバが言いかけた所で、俺はミツバの頭を自らの胸に押し込んだ。
「・・・・・・」
「・・・と、しろ・・・さ」
「・・・いるじゃねぇか」
「・・・え」
「ここに」
押し付ける手の力を強める。
頬が少し熱い。
「待ってやるから。どんなに皺くちゃになろうと、待ってやるから。だから、焦らねぇで、ゆっくり治してけ」
「・・・っ」
「治ったら、その時は、こんな汚ねぇ空なんかじゃなくて、ちゃんとした夜空を見ようぜ」
な?と言い聞かせ下を見ると、顔は見えないけど泣いているのかミツバは肩を震わせていた。
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