短編

□欠伸の隙のキス
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キーンコーンカーンコーン・・・


夕方5時を指す学校のチャイムが何かを書く音しか響かない教室に静かに染み渡った。


ポツリポツリと校庭から門へと下校していく生徒の背中を見下ろしながら、俺は溜め息をつく。


それぞれ自分の家に帰路する生徒(や時々先生)の後ろには長い影が出来ていて、主とくっついて動くそれを見ていると、酷く変な気分にさせられた。


と、不意にすぐ目の前から書く音がしなくなった。


頬杖をしていた左手を顔から離し、ゆっくりと前方の方に視線を移す。


俺が座っている机は教壇の反対側を向いて後ろの机にピッタリくっついている。

別にそれは意味もなくやっているわけではなく、2人で勉強をやる時はこっちの方が都合が良いからだ。


そう、2人。つまり俺が座っている机とくっついているもう1つのそれには俺の他にもう1人いる。


俺は無表情でそいつを見据える。


そいつはさっきまで動かしていた手を止めて、ついでに思考も止めたらしく固まったままジトッと机の上に置かれている紙を見下ろしていた。


俺はまた溜め息をつきシャーペンを持つ。


「どこが解んないんでィ、神楽」


目の前にいる奴は、神楽は、眉を寄せて暫く俺を見て、それから渋々と言った様にこいつの敵・・・プリントを指差した。


「ここ、この証明のところ」

「これはー・・・」


仕方なしに教えてやる。

その証明は中学生がやるくらいの基礎中の基礎だったから、頭の悪い俺でも容易に分かった。

イコールこの女はものっそく頭が悪いという事だ。
・・・まぁ、一生懸命解こうとはするから馬鹿ではないけど。


「ー・・・だからこの角はその角と同じだって言えるんでさァ」

「ふーん?」


一通り教えた後、うーんと唸りながら書き始めたピンク色の髪の少女を尻目に、俺はそいつが書いているプリントを眺める。


神楽の字は何と言うか、しっちゃかめっちゃかだ。

漢字は本当に高校生なのかと思えるくらい上手いのに、逆に平仮名は小学低学年並だ。
まぁ、中国人なのだからしょうがない事なのだが。

そんなアンバランスな文章だからなのか、こいつの書いたものを読めるのは銀八と俺くらい。

テストの時も国語以外の教科の教師は皆神楽の字は解読不可能で、銀八に助けを求めるらしい(銀八はその度にパフェを奢らせているみたいだ)

俺だって理解するのに1ヶ月半掛かった。

神楽の担任である銀八はやはり自然と解っていったみたいだが、週数回の授業しか付き合いのない教師にはそれは不可能に近い。

それに教師の全てが生徒のテストを懸命に読もうとする奴とは限らない。

中には神楽の解答用紙を読めずに零点を付ける野郎もいるのだ。

今神楽が格闘している数学なんていい例。

この前数学の抜き打ち大テストがあって、点数が高く文を書かなくてはいけない証明で神楽が丸を貰えるわけがなく、他の問題もグダグタ。

1週間の居残りをくらわされるのは無理もない。


−・・・何でそれに俺も付き合わされなきゃ・・・。


『沖田君も今回の数学のテスト、ギリギリだったんしょ?お前も課題やりながら神楽の勉強教えてやってくんねぇ?いいじゃーん別に。剣道部だって夏で引退したし、沖田君神楽の世話係なんだから』


・・・彼氏だっつーの。
有無を言わさず押し付けた銀八のたるそうな言葉にそう突っ込む。

だがあの時そのツッコミを口にしていたら間違いなく「尚更じゃん」としてやったりという笑みを向けられていた。

かといって俺に銀八の頼み(いや、押し付けだ)を上手くかわせる芸当は生憎持ち合わせていない。

どっちにしろ、俺は神楽の居残りを1週間付き合わなくてはいけない運命だったのだ。


−畜生、今晩土方と一緒に銀八の藁人形も呪ってやらぁ。


俺は窓の外に見えるオレンジ色の空をちらりと見て、机の上に置かれていた両腕の間にボスッと顔を埋めた。


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