短編
□似ているからこそ、知りたくない事だってある
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この薄ら暗い場所は何処だったか。
俺はぼんやりと考える。
人が2人ぎりぎりすれ違える幅しかないこの道を一通り見れば、まるで人が通る事を想定していないかのように多々の物が散乱あるいは積み重なっていた。
それらは実に様々であり、雨やらでふやけてもはや使えなさそうにない段ボールや、錆び付いたドラムカン、つい最近運ばれたであろう厳重に鍵が閉められた大きな箱にエロ本やらジャンプやら本の山まで、よくまぁここまで汚せたなぁと賞賛すらしたくなる程散らかっていた。
今するつもりは毛頭ないが、多分、上を見上げれば俺を挟んでいるデカイビルが一対、延々と上に続いていているのを確認出来るだろう。
でも今は、そんな事関係ない。
此処が裏路地だろうが廃墟だろうが今の俺には無意味な話。
今すべき事は、元々散乱していた汚物が更に散らかっている前方にある。
そこには男がいた。
ガタガタと見苦しい程に震え、手探りでちまちまと後ろへ後退している1人の男。
腰を抜かしているのか立ち上がる事は出来ないらしい。
ただただ何かに対し怯えた様に、必死に手足をばたつかせている。
明らかにその対象は俺なのだが、俺はまるで第三者のような感覚でその痛々しい男を見下ろしていた。
俺の右手には愛刀である菊一文字RX-7が握られており、その剣先はアスファルトに向けている。
俺が刀を鞘から抜くのは攘夷志士を斬る時か土方を抹殺する時かチャイナと喧嘩する時だけ。
今はその三択のうち1番始めに上げた時なのだが、俺は何故かやる気が起きなかった。
斬らねばならない攘夷志士は明らかにこの中年の男1人だけだ。
その証拠に男の腰にはこの廃刀令のご時世にさしてはならない筈の刀の鞘がそこにはある。
では肝心の攘夷志士の魂、刀本体は何処にあるのか。
普通なら男の右手にそれが握られている筈なのだが、それがすっとこどっこい、何と鈍い銀色の光りを放つ日本刀は俺と腰を抜かしている男の間に捨て置いてある。
それはつい数分前に男が自ら投げ捨てたもので、主に見捨てられた侍の魂は、ただそこに存在するだけのゴミと同じ位なってしまっていた。
侍の命と同じ価値のものを、・・・いや、侍の命以上に大事なそれを、侍を名乗るこの男は自ら投げ出したのだ。
何と嘆かわしい事か。攘夷志士もここまで落ちぶれては同情すらしたくなる。
俺は盛大に溜め息をつき、再度冷めた目で男を見下ろす。
「ひっ・・・あ、く・・・ゆ・・・・・・て・・・お・・・かんけ、な・・・」
呂律が回らない程恐怖でおじ気づいている男は、さっきからずっと自分は悪くない、関係ないと必死に主張している。
・・・が、それは無意味な事。
この男は攘夷志士だと言い張る様にあらゆる店にいちゃもんをつけ、いらついている時はなりふり構わず一般人を斬り捨て、揚げ句は夜道を歩いている女を片っ端から強姦する始末だ。
それにご丁寧な事にそれらの行為を行う時の証拠写真まで存在するのだから、言い逃れは全くの皆無。
この男の始末を付けるのに俺が抜擢されたが、こうも素直に得物を捨てられ命乞いされると戦欲が失われるというものだ。
何がいけなかったんだろう。やはり俺が沖田総悟だと言ったのが悪かったか・・・・・・まぁ、どうでもいいか。
「すいやせんねぇ。俺はぶっちゃけて言うと、あんたが無実だろーが関係ないだろーが、興味ないんでさァ」
「・・・ハヒッ・・・ヒッ・・・」
「お前を殺す任に俺があてられて運が悪かったねィ。もっと同情心溢れる優男だったら、半殺し+拷問で済んだのに・・・」
「ヒッ!!・・・たす・・・け・・・」
−・・・さて、さっさと終わらせっか。録画した『渡る世間は鬼しかいねぇコンチクショー』も早く見てぇし・・・。
俺は下ろしていた刀の先をゆっくり男に向ける。
銀色の刃の先には名前も忘れた中年おやじ。
別にこいつに殺意はねぇし、こいつがどれほどの罪を重ねようが毛頭興味がない。
俺はただ上から下された命令を速やかに遂行するのみ。
「−−・・・じゃぁな」
「あ゙・・・ハヒッ・・・ヒィィィィィィイいいいいやだぁぁぁぁあぁああぁあ!!」
俺が冷たく別れの挨拶を与えると、男は遂に発狂し当たり障り色んな物を投げ付けて来た。
それらをひょいひょいとかわし、男は飛んでくる物の間から銀色の刃を男の左胸に向かって突く。
ふと男とはまた別の気配を感じたが、勢いづいた腕は止まる事を知らず。
ドスッ
愛刀は男の心臓を貫いた。
「?・・・っ・・・ぁ゙・・・」
男は、ようやく静かになり己の胸に突き刺さっている刀をまじまじと見つめていた。
が、数秒して次第に男は自分が置かれた状況を理解したのだろう。
口をぱくぱくさせながら目は虚ろになっていき、後ろに倒れ込んだ。
ドサッ
ブシャァァア!!
刀は俺が持ったままだから、男の屍が倒れたら刀はズルリッと男の体から抜けた。
その瞬間刀が刺さっていた場所からシャワーの様に紅い血が噴き出し、俺の頬に少しついた。
別に気にする必要もなかったから、俺は血がべっとりついている愛刀をピッと一振りし、静かに鞘へ収める。
カチンッ
金属があたる音は沈黙が生まれたこの暗い裏路地に妙によく響いた。
その後は勿論沈黙が支配するのだが、俺は身動き一つせずジッと血の水溜まりが出来ている奥の方を見つめる。
自然と口が開く。
「いつまでこそこそ隠れてるんでさァ、・・・チャイナ」
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