新選組史跡ガイド
□江戸(東京都内)
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沖田総司終焉の地(千駄ヶ谷)(新宿区内藤町)
沖田総司終焉の地付近
池尻橋跡付近
新選組一番隊組長・沖田総司が療養していたという植木屋は池尻橋の近くにあったと言われる。
JR千駄ヶ谷駅から歩いて5〜6分、住所表示でいうと大京町29番地辺りが新選組沖田総司終焉の地に当たる。石碑も案内表示も何も建っていないが、子母澤寛の『新選組始末期』に「池尻橋の際にあった植木屋平五郎というものの納屋」と記述されている。
今はかつての池尻橋の残骸らしきものが歩道脇に辛うじて残されている。
沖田総司の終焉の地については、今戸説と千駄ヶ谷説の二説があるが、どうやら今戸の松本良順邸で治療を受けていたが、慶應4年(1868)2月末に千駄ヶ谷に移ったというのが真相のようである(近藤勇五郎『聞き書き』より)
■住所:東京都新宿区内藤町
■交通:^JR「千駄ヶ谷」駅から。徒歩5〜6分