百鬼夜行
□第三幕
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私の知るあなたも
知らないあなたも
ひっくるめて全部
私の大切な友達
百鬼夜行 第三幕
「じゃあリクオ、私荷物置いて着替えたらまた来るね!」
「うん、待ってる」
非常に仲睦まじいやりとりをしながら、たがいに手を振りあって家の前で別れる少年少女がいた。
言わずもがな藤乃とリクオである。
リクオの家の前で言葉を交わし別れると、リクオはそのまま家へ入り、藤乃も一刻も早く家へ帰るべく駆け足で帰路についた。
そのあと、家に入るなりリクオが彼のおじいちゃん、つまりぬらりひょんとひと悶着やらかし、そして見覚えのない高級菓子に激昂したりしていたなどということは、藤乃にはあずかり知らぬことであった。
「さっさと帰って着替えよーっと。今日こそはカラスちゃんを抱っこさせてもらうんだー」
ちょっと到底叶いそうにない野望を嬉々として洩らしながら道を駆け抜ける藤乃。
自宅の鍵を手早く開けると勢いよく駆けこんだ。
「たっだいまー」
「あら、おかえり。早いわねー」
「うん、今からリクオんち行くからー」
間延びした声で藤乃を出迎えた母親に律儀に返事を返しながらも、さっさと荷物を置いて着替えるべく二階へと駆けのぼった。
そんな藤乃の背中をリビングから見送りながら、藤乃の母はホウ、とため息をつく。
彼女は、娘があんなにも生き生きしているのを見るのは初めてだった。
諸事情のせいで昔から転勤が多く、藤乃がこれほど仲のいい友達を作ったのは初めてである。
ここ数年はずっとこの浮世絵町に住んでいるが、自分の家の都合だったり主人の家の都合だったりで(色々な意味で)強く鍛えすぎたのか、娘は世間から少しばかり浮いた存在だった。
それがどうだ、最近は新しくできた友人「リクオくん」とやらの話を嬉々として自分や主人に聞かせてくれる。
喧嘩の回数も減り、家から帰るなりリクオくんと遊びに出かけることが多いし、心境の変化のせいか、家の手伝いをしてくれることも増えた。
そんな娘の良い変化を、佐々木家では最近夫婦揃ってほのぼのと見守っているのだ。
「うー、っと、こんなもんでいいか」
そしてよもや両親がそんな生ぬるい目で自分を見ているとは思いもよらない藤乃は、箪笥から適当に引っ張り出した服をこれまた適当に合わせて身に着け、鏡の前に立っていた。
動きやすさ重視のショートパンツにレギンス、そしてシャツ。さらに上からパーカーを羽織れば準備完了である。
以前の誕生日に父がくれたお気に入りの腕時計を付けながら、時刻を伺い見る。
帰ってきてからおよそ15分がたった。
ここから奴良家までは10分程かかるし、そろそろ家を出た方がよさそうだ。
そう算段を付けた藤乃は、脇に置いてあったショルダーバッグを肩にかけると、小気味よく階段を下りて行った。
「あら、もう行くの?」
「うん。あ、もしかしたら晩御飯頂いてくるかも」
ひょいと片手をあげ、声をかけててきた母親にそう答える。
そのままリビングの前を通り過ぎようとした藤乃に、母は思い出したように声をかけた。
「あ、藤乃、ちょっと待って」
「ん?」
早く行きたい気持ちもあったが母の声を無視するわけにもいかない。
首をかしげながら声をかけた本人の方を見れば、がさごそと棚をあさっている。
「……母さん、なにしてんの」
「うん? いや、昨日パパが取引先からなんか有名なお菓子もらったって持って帰って来たのよ」
「へえ」
「あなたいっつも奴良さんにお世話になってるでしょう? たまには手土産の一つでも持っていきなさい」
実にもっともな話である。
それに妖怪たちは存外おいしい食べ物やお酒に弱い。
……もしかしたらおいしいお菓子を持っていけばカラスちゃんももしかしたら抱っこを許してくれたりなんかして……。
そんな些か邪な考えを抱いてにんまりと笑っていると、漸くその菓子を見つけたのか母が藤乃にその菓子を差し出した。
「ほら」
「わっ、ありがとー母さん!」
嬉々としてその菓子折りを受け取ると、藤乃は今度こそ玄関に向かい、履きなれたスニーカーに足を突っ込む。
そして玄関先までわざわざ見送りに来た母に向き直りひらひらと手を振ると、母の浮かべていたやたらと生ぬるい視線に気づかないまま自宅を後にしたのだった。