1冊目

□トリップ!-3-
1ページ/3ページ


眠りから醒める人
解放しろ その鍵を





トリップ!3

(liberation)





ふわふわ、ほわり、ふわふわ、ゆらり

(――なんだろう……あたた、かい?)




瞼を差す柔らかい、けれども確かな存在感をもつ光と、体全体をそっと包み込むような優しい温かさに促されて、桃子はふと意識を取り戻した。




(――あれ、おかしいな。私、死んだんじゃなかったっけ?)

そんなことを思いつつも、その空間の心地よさには勝てず、瞳を閉じたままその空間に体を任せていると、次第に五感がはっきりしてくる。

まるで、眠りから醒める時のような、緩やかで、確かな感覚。徐々に世界が鮮明になってゆく。





そして体を起こせるほどまでに全身の感覚が戻ってきたため、桃子はひとまず体を起こし、堅く閉ざしていた瞳を開けた。

その瞳に移った景色は……




「――……ここ……どこ?」

上下左右、ついでに斜めも。どこもかしこも真っ白に染め上げられた、不可思議な世界だった。






「私、死んだんだよね……?」

え、それじゃあここが天国? うわあ味気ない。こんな天国嫌すぎる。

……そんな、なんとも論点のずれた独り言をぽつぽつと呟きながら、桃子はキョロキョロと辺りを見回した。


見れば見るほど、どこもかしこもとにかく白い。全てが真っ白な世界の中で、桃子だけが色をもっていた。




あまりに白いその世界は、桃子の感覚を狂わせる。

ここは広いのか狭いのか、はたまた地上なのか空中なのか、そんな当然の問いでさえ、今の桃子には難問である。



体を起こしたときから上半身を支えている手のひらには、確かに床(かどうかは不明だが)の感触がある。


しかし、手元に目をやってみれば、白の中にぽつんと浮かぶその手のひらは、宙に浮いているようにも見える。



「……え、何、どうすんの、この状況」

返事などないことは百も承知だが、吐き出さずにはいれなかった愚痴をポツリと溢す。



「(っていうか私死んだよね? 死んだんだよね? ここが死後の世界なわけ? っていうか死後の世界って本当にあったんだ。びっくりだよね。……って、違う違う、今私が言いたいのはそういうことじゃなくて、死んだなら死んだで、この後どうすればいいのかっていうマニュアルくらい用意しておけよって話で、一体全体この場所で私は何をどうすればいいわけ? 転生とか本当にあるのかな? っていうかここってそもそも本当に死後の世界なの?)」

とめどなく流れる思考に身を任せ、ただひたすら考えにふける桃子。



その時、桃子の背後で僅かに空間が揺らいだ。



《――…桃子》

「……え?」

突然背後から聞こえた声に驚き、桃子は慌てて振り向く。

だが、振り向いた先にあるのは相も変わらず真っ白な世界。




「(空耳……?)」

きっとこんなわけの分からない場所に来たせいで疲れているんだ、いや、寧ろアレだ、死んだりしたから疲れてるんだ。

……そう思うことにして、思考を切り替えようとすると、再び声が聞こえた。




《おかえり、桃子》

「……っ、誰、?」

まっさらで、自分以外の生物はいないはずの空間に突如響き渡る、自分の名前を呼ぶ声。

……なんともホラーな現象である。


もともとそんなに怖がりなわけではないが、このあまりに心細い状況での不可思議な現象に、桃子の緊張感は最高潮に達していた。



《怯えないで、桃子。私にあなたを傷つける意志はありません》

優しく、幼い子供に諭すように語りかけるその声からは、確かにこちらを傷つけようというような悪意は感じられない。

しかし、だからと言って、はいそうですかと信じられるわけもなく、桃子は身を固くしたまま、声の聞こえる方を睨みつける。



「……悪意がないって言うなら、まずは姿を見せるべきなんじゃない?」

《…………》

シンと静まり返る空間の中、相手方が小さく言葉を詰まらせるような雰囲気が感じ取れた。

いよいよもって怪しい、そう思った桃子が、更に言葉を続けようとしたその時、



《……仕方がありません、ね》

「……え、」

心底困ったような声と共にその場に現れたのは、身の丈に不釣り合いな大きな杖を持った、髪も肌も着衣も、何もかもが真っ白な、小さな子供だった。



「…………は? え、ちょ、ほんとに誰?」

《……》

間の抜けた声をあげた桃子に、その子供はただ小さく微笑んだだけだった。


次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ