SS集
□SS-日常話
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目を覚ますと、鳥籠の中にいた。鳥を容れる籠ではなく、鳥でできた籠。
「……」
髪にかかる寝息と肩を一周する羽毛。身動ぎすればより締め付けられて変な声が出る。
「……ネウロ?」
小さく呼んでも返事はない。だから恐る恐るその天然魔界素材の蒲団を持ち上げて、そろりとベッドに下ろす。温もりの跡地を物足りなさが埋めて身震いひとつ。でも、いい加減学校をさぼってばかりじゃ本気でヤバい。
ふう、と溜め息を吐いて起き上がろうとした瞬間、
「ぐえっ」
もう片方の羽毛に襲われてベッドに倒れこむ。詰まった息を吐き出して顔を斜め上にあげれば、頭に刺さる鋭角な嘴。
「この……」
相変わらず返事はなく、代わりに例の布団にぐるぐる巻きにされる。息苦しいのは心臓の奥。適度な拘束の心地よさと言ったらなんたる誘惑。
もう一度目を閉じたくなるのを我慢して反転。巨大な嘴と対峙して、睨みあげる。くぴくぴと僅かに鼻孔を動かす様を見つめていたら毒気を抜かれてぶふっと吹き出してしまった。
もう一度顔を見ながら、極彩色の檻に手をかける。そろそろと体から離していけば、またもや違う手が首に絡み付いてきた。
「ネウロ!起きてるでしょ!!」
叫べばゆっくりと重たそうに開けられる巨鳥の緑色の眼。それはこちらを確認するとまた閉じていく。
「いやいやいや!」
いや、ほんと。気持ちは分かるけどそれはダメだ。肩口のベストの端を掴んで揺さぶる。
「起きてよ、私学校に遅刻しちゃう!これ以上休んだら本気でヤバ……」
語尾は暗闇に飲み込まれる。べたりと顔中に絡み付く粘液と這い回るホッキ貝。がしりと頭の上の硬質な生き物の細胞を掴んで引っこ抜く。
あんぐりと開けたままの口の奥に先程の食べられない大きな貝。涎まみれになった顔を肩で拭いて腹の底から声を出す。
「あのね……ぃだ!」
持ち上げてたはずの角質の塊が突進して額に刺さる。地味に痛くて泣きたくなる。取り敢えず呻きながら頭を押さえたら、ようやくその声が聞けた。
「なんだ、騒がしいな」
「学校、遅れちゃう」
「そうか」
「……それだけ!?」
また極彩色の鎖が延びてきて絡まる。今度は露出の多い広い胸板に縫い付けられて一気に熱量マックスの自家発電開始。朝からなんとも刺激が強すぎる。
カーテン越しの白。パジャマの間から感じるふわふわ。痛くて痛くない拘束具。
ああ、もう。
「留年しちゃうよ」
「留年探偵か」
「嫌だ!」
叫べど頭にぐりぐりと堅いものを押し付けられる。 まるでじゃれてる犬みたいで怒るに怒れない。皮肉も嫌味も朝日に霧散。
不服の顔を崩さず見上げる。戻る綺麗な人の顔。その目が糸みたいに細められてそのまま巨鳥に変化。手を伸ばしてそれに触れる。堅い。艶やか。冷たい。胸の底が甘くなる。
悔しくてたまらない。だから腹いせに鳥籠を作る。両腕を広げて首を捕まえる。鳥が笑う。そのまま目を閉じて、額にこつんと羽の感触。
温い布団が熱くなる。衣擦れ、羽音、そして咀嚼するような微かな水音。籠は投げたされてシーツの海に沈んでいく。小波大波軋んだリズムはやがては岸辺へ。
さて、捕まったのはどちら?
終わり