虚しい関係

□戻らない関係
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「僕、思い出しました」


ベッドに半身を起こしたキラは、あっさりとそう言った。
そこにいる全ての人間が、一斉にキラに注目する(いや、元々見てはいたが)。安定剤の影響がないかバイタルを取りつつ「気分は悪くないか」「息苦しいとか痛むところは?」と問診していたジョイスに至っては、職業柄あまり感情を出さないよう訓練されているはずの表情筋が、まるで役割を放棄しかのようにポカンと口を開けていた。
因みにアスランはといえば、最早完全にフリーズ状態である。呼吸すら忘れているのではないだろうか。軍人にはあるまじき体たらくを曝している。


「え、と。思い出したって…、何をだ?」
一番復活が早かったカズが、何故かおそるおそる訊いた途端、ジョイスが咎めるような視線を向けた。急ぎ過ぎだと言いたかったのだろう。
しかしキラは凍り付いた空気にも特に気負った様子はなく、寧ろそぐわないほど邪気のない笑顔を見せた。


「何がって、全部ですよ?」




◆◆◆◆


「………………」


多少フラつく足取りながらキラがリビングの椅子に座っても、相変わらず息詰まる静寂は継続している。場所を移したものの、誰もが口を開かない。というか開けない。何を言っていいのか分からないのだ。
無理もないか、とキラは少しでも空気を変えようと、アスランにお茶を淹れるよう頼んだ。他人の家だが、アスランはどこかほっとした顔をして、そそくさと立ち上がった。後ろ姿に「分からなかったら言って」と声をかけ、キラはカズとジョイスに向き直った。
「まずはカズさん、ジョイス医師。すっかりお世話になっちゃって有難うございました。本当に助かりました」
深々と頭を下げたキラに、人の好いカズが慌てて腰を浮かす。
「あー!いやいや!よそうぜ、そういうの!俺だって家のことを色々やってもらって助かったし、飯は…俺が作ってたけど、一人分作るのも二人分作るのもそんな変わらねーし。金にしても結局は自分の食い扶持は稼いでたじゃないか!」
「でもそれだってジョイス医師の厚意に甘えてのものでしたし」
「俺は助かったよ。なんせあの前世紀の遺物みたいな端末を、最大限に使い易くカスタマイズしてもらったしね。他にも細々と手伝ってくれたじゃないか。労働に対価を払うのは当前のことだろ?」
そもそもどこの馬の骨とも知れない人間を置いてくれたと言うだけで、信じ難いお人好し二人なのだと思うが、それで助かったのも事実だから、今更その辺りには言及しなかった。

「なあ。思い出したって言うなら、訊いてもいいか?」

今度はジョイスもカズを止めなかった。パニックを起こして強制的に眠らされたのがまるで嘘のように、キラが落ち着いていたからだ。
「アスランくんが言ったことは本当なのか?」
質問の意図を汲み取れなかったのか、キラは小さく首を傾けた。
「あ!勿論、彼を疑うとかじゃなくって、だな」
「いえ、解りますよ。突然現れた俺よりも、記憶がなかったとはいえ、共に暮らしたキラの言葉を信用したいのは当たり前です。寧ろそこまでキラに信頼を寄せるほど大事に思ってくれてたんだなって受け取れて安心します」
ティーカップを乗せたトレイを手に戻って来たアスランは、笑みさえ浮かべる余裕を見せていた。少しは平常心を取り戻したらしい。
「きみって割りと人見知りだしね。僕のこととなると、周りが見えなくなっちゃうし」
キラがクスクスと笑うと、アスランはぶつりと黙り込んだ。対外的な愛想笑いを消し、僅かに唇を曲げた拗ねた時の彼独特の表情だ。
アスランは基本ポーカーフェイスだから、細かい感情を読み取るなんて芸当は、キラにしか不可能だった。他の誰にも出来ないことが自分には出来る。
これまでそんなくだらない優越感に浸って来た。
彼の“特別”な気がして。

所詮はただの幼馴染みでしかなかったのに。



(―――いけない)

哀しみに浸る時間は後でいくらでもあると、キラは込み上げる忸怩たる思いに、無理矢理蓋をした。アスランとの間にあったことで悲嘆に暮れるのは一先ず後回しだ。

キラは自分に言い聞かせて頭を切り替えると、カズとジョイスを交互に見た。全てを話すべきだと思った。それが彼らの厚意に対する最低限の礼儀だ。
何よりこの人たちに嘘は吐きたくない。

流石にアスランとの本当の関係までは無理だけれど。





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